作品タイトル不明
七十五話 太古の破壊者メビウス⑤
メビウスへとバビロン8000を直進させる。
腕は四本剥がされたが、まだ二本残っている。
どうにかバビロン8000のパワーを軸に戦いたいところだが、これ以上バビロン8000を破損させられれば、戦闘の継続自体が困難に陥る。
他のオーテムでの牽制を挟みながらバビロンで攻撃し、隙を突いてヒディム・マギメタルで拘束するしかない。
「別に我は、お前のオーテムがなくなるまでやってやっても構わんのじゃがな」
メビウスの振るった、赤い魔力結晶にコーティングされた腕が、容易く二体のオーテムを粉砕した。
逆側に回り込ませていたオーテムに体当たりを仕掛けさせるが、メビウスは素早く宙で身体を反転させて蹴りを放った。
オーテムは砕けはしなかったが、床にめり込んでいた。
宙で体勢が崩れた。
ここを叩く。
オーテムが別のオーテムを蹴り上げ、メビウスの背後へと飛ばした。
だが、それもメビウスは宙で身体の上下を入れ替えながら円を描くように右手を振るい、魔力結晶のグローブで殴り壊した。
……しかし、そこまでは読めていた。
バビロン8000が、宙にいるメビウスの両腕をがっしりと掴んだ。
「むっ……!」
俺は杖を振るう。
俺の盾となっていたヒディム・マギメタルの一部が宙を舞い、メビウスの身体を覆った。
バビロン8000は、巻き込まれないように直前でメビウスを突き飛ばしながら後退させた。
メビウスの身体が、完全にヒディム・マギメタルに取り込まれた。
「よし……行けた!」
俺はちらりと、遠くから静観しているシェイムへと視線を移す。
無表情でこちらを窺っている。
特に取り乱した様子は見えない。
やはり、この程度ではメビウスの動きを止めきれないらしい。
俺は前に駆けてメビウスとの距離を詰めながら、魔法陣を紡ぐ。
メビウスに向かわせなかった残ったヒディム・マギメタルは、依然俺の盾として残している。
俺はメビウスの牽制に前に出していたオーテムの一体を片手で抱え上げた。
「 ভাঙা(破壊の) গরূৎ(翼) 」
メビウスが呪文を詠唱する声が響く。
彼女を覆っているヒディム・マギメタルが、急激に膨張を始めた。
「 মুক্তি(解放) 」
ヒディム・マギメタルを突き破り、黒い翼が現れた。
……前回と同じ、黒い魔力結晶による絶対防御と、強力な範囲攻撃だ。
「少々驚かされたぞ。この我を、一瞬と言えども拘束することに成功するとは!」
魔力結晶の破片が俺へと飛来してくる。
だが、ここまでは読めていた。
そのために、距離を詰めておいたのだ。
ヒディム・マギメタルの盾が、魔力結晶を辛うじて防ぐ。
俺は紡いでいた魔法陣を完成させ、メビウスを杖先に捉えた。
「む……お前、今の間にそこまで近くへ……!」
ヒディム・マギメタルに纏わりつかれていたメビウスには、外の様子を確認することが一切できなかったはずだ。
それに……先程俺は、メビウスが黒い翼を爆発させて魔力結晶を飛ばした際に、攻撃前後に本体があからさまに隙だらけになっていたのを確認していた。
あの黒い魔力結晶の制御に気を取られて、他に意識が回らなくなるのだろう。
距離を詰めて、飛来してくる魔力結晶さえ防げば、メビウスの隙を突くことができる。
……もっとも、意識を向けられればそれだけで隙を突くことは困難になるので、二度目が通用することはないだろう。
「 পিশাচ(悪魔よ) শান্তি(安らかに) !」
杖先から出た光球が、メビウスの胸部に直撃した。
「がはっ!」
メビウスが仰け反り、膝を突く。
マーレン族は元々、シャーマンの側面の強い魔術部族だ。
集落の中で手に入る専門的な書物は、精霊との交信や、悪魔の精霊体の崩し方などが記されたものが大半であった。
今のは、物や生命に寄生した悪魔を叩き出すための魔術を、俺が応用して調整したものだ。
悪魔の元である精霊体、精霊については諸説あるが、マーレン族の内部においては精霊とは人やもの、場所に込められた思念の断片であると言い伝えられており、死者の霊魂も精霊になるとされている。
そして俺は、独自の研究や魔女アルタミアとの対話で、恐らくはその説が正しいのだろうということを実証しつつあった。
つまり、メビウスによるメアの身体の乗っ取りは、イーベル・バウンのような悪魔による物への憑依と相違ない。
人間の霊魂が他者の身体を奪う魔術など聞いたことはないが、悪魔の撃退に用いられている魔術の魔法陣を書き換えれば、対メビウス用の魔術としても応用できると考えたのだ。
これが通るのならば、メアを傷つけずとも、メビウスだけを叩き出すことができる。
メビウスが、頭を押さえてよろめく。
「う、うう……頭、痛い……」
表情が、いつもの丸いものへと戻っていた。
俺は違和感を覚えたが、すぐに押し殺すことにした。
「メ、メア、戻ったのか?」
「ア、アベル……? こ、ここ、どこですか? いったい、何が……?」
メアが狼狽えながら、俺へと歩いて来る。
俺も杖を降ろし、メアへと向かう。
「よかった、メア……」
「……と、思ったか! 腹芸の方は利かんと見える!」
直後、メアが……いや、メビウスが、足元のオーテムの残骸を蹴り上げた。
ヒディム・マギメタルが俺のガードに出るが、中央に亀裂が残ったままであった。
メビウスの『破壊の翼』によるダメージを修復しきれていなかったのだ。
オーテムの残骸が亀裂を突き抜けた。
俺は咄嗟に身体を捻じったが、横っ腹に直撃した
「うぐっ!」
身体に凄まじい衝撃を受けて弾き飛ばされた。
服が裂け、激痛が走った。
「フフ……純粋じゃのう、愛い奴じゃ。今ので我を追い出せたと、本気で考えておったのか? 生憎じゃが、我にとって五百年振りの地上……暴力と欲を存分に堪能させてもらうまでは、手放すつもりはないのでな」
メビウスが笑う。
引っかけにきやがった。
今のは、ただの演技だったのだ。
俺は屈みながらメビウスを睨んだ。
「確かに悪くはなかった。いや、驚かされたわい。しかし、この程度の出力の魔術で我を追い出せると思ったのか? 百倍は魔力を込めねば、無意味じゃろうな」
……いや、違う。
この出力が限界なのだ。
これ以上魔術の出力を引き上げれば……魔術の余波で、メアの身体を攻撃してしまう。
メビウスの影響で強化はされているのだろうが、それでも仮にメビウスの言う様に今の魔術の出力を百倍に引き上げれば、メアの身体の方を蒸発させてしまいかねない。
「もっとも、我を追い出せたとしても大した意味はないのじゃがな」
メビウスは口が滑ったというように、口許を手で隠す。
やはり、霊魂自体をメアの身体から叩き出しても、 月(ディン) に霊魂を回収されてまた戻ってくるかもしれないという仮説は正しいのかもしれない。
「おっと……これを話してしまうのは、フフ、酷であったか? 悪いの、我はサディストなのでな。そんな顔をされれば、もっとからかってやりたくなってしまうではないか」
「メアの身体で喋るな、ゲスヤロウが」
「万策尽きたという顔をしておる割には、随分と強気じゃな。よいぞ……その虚勢、じっくり弄んで剥がしてやろうではないか」