作品タイトル不明
六十九話 空統べる耳長の軍勢⑤
オルヴィガは魔術を止めてから硬直し、動かなくなった。
ただただ俺の乗っている木偶竜を見上げている。
『妖精王の矢』では結界を突破するには効率が悪いと気が付いたのだろうかと考えたが、それにしても次の手を打って来ない。
そういえば……伝承レベルの話ではあるが、かつて 天空の国(アルフヘイム) で魔術の腕を見込まれ、受け入れられたノークスの老人がいたという話を書物で読んだことがあった。
ハイエルフは基本的に他種族を見下しているが、中には相手の種族で判断せずに能力に基づいて敬意を払う者もいるのだと、俺はその書物を目にしたときに驚かされたものだった。
特に一万年生きたハイエルフの王オルヴィガであれば、他のハイエルフよりも広い価値観を持っているのかもしれない。
元より俺はメアを取り戻しに来ただけであり、ハイエルフと抗争を行う理由はない。
話を聞いてくれるのであればそれに越したことはない。
オルヴィガが聡明なハイエルフであってくれてよかった。
「もしかして、認めてくれ……」
オルヴィガの口許から一筋の血が流れた。
唇を噛み切ったようであった。血走ったオルヴィガの相貌が俺を見上げる。
『余に……この余に、民の前で恥を掻かせてくれたなマーレン!』
オルヴィガの怒声が、ペガサスの思念波を経て届いて来る。
聡明で温厚なタイプのハイエルフかと思ったが、そんなことはなかった。
どいつもこいつもプライドの塊で人の話をまるで聞かない。
エベルハイドもハイエルフが大嫌いだったはずだ。
『よかろう! その奇怪な木偶砦の防護結界によほど自信があるようだが、神にも等しき余の前では無意味であると教えてくれよう! 永久に消えぬ絶望を刻んで朽ち果てよ! 格の違いを知るがよい!』
オルヴィガが魔法陣を掲げると、周囲に魔法陣が浮かぶ。
あの術式は、重力操作か……?
俺も初めて見る。かなり規模の大きいものだ。
「な、なんだあれは……」
「妖精王の矢以上の魔術など、ないはずだが……」
他のハイエルフ達も初めて目にするらしく、困惑しているようだった。
「な、なりませぬオルヴィガ様! それだけはなりませぬ! その魔術だけは!」
オルヴィガへと、一人の皺だらけのハイエルフの老人が狼狽えながら近づいていく。
オルヴィガの大杖が老人の顔を撃ち抜いた。
老人は背を激しく地に打ち付け、身体を痙攣させた。
『黙れ、賢者ゴーグル。世界の王たるハイエルフが、地上の民に舐められるわけにはいかぬのだ。かの者の下賤なる魂に、シルフェイム様に変わって絶対支配者の高尚な恐怖を刻んでやらねばならぬ。それこそがハイエルフの役目なのだ』
「いけませぬ……その魔術をここで使えば、多くの者が死にます! 考え直してくだされ……五千年前、大地の地形を変えた貴方様だからこそ、その魔術の凄惨さを、この私などよりもよほどご存知のはず!」
ハイエルフの老人ゴーグルは地を這いながら、必死にオルヴィガへと訴える。
『ならぬ。奴らはハイエルフの身でありながら……この余の力を疑った。それが過ちであることを、大きな死を以て知る必要があるのだ。二度と余に疑いを向ける者が現れぬように、な。それもまた、ハイエルフの王の務めだ』
オルヴィガが、思念波の出力を引き上げてそう言った。
周囲のハイエルフ達が凍り付いた。
オルヴィガは……ハイエルフ達に警告を出すために、敢えて今の言葉を大きく響かせたのだ。
「オルヴィガ様……?」
「う、嘘ですよね!? 私達はそんな、オルヴィガ様を疑うようなことは……!」
オルヴィガが杖を掲げる。
『星羅をも自在に操る、空の神の力を知るがいい! উল্কা(星よ) আ(我が) উত্স(許へ) !』
魔法陣が一気に広がり、魔力波が飛び交うのを感じる。
同時に、オルヴィガの大杖が灰となって崩れ去った。
『愛用していた杖だが……仕方あるまい。さらばだ、余の半身、『 空神の逆鱗(シルフェイムスタッフ) 』よ……』
恐らく、オルヴィガ自身で用意しきれなかった魔力を、杖に用いられている魔石や魔法樹の魔力で賄ったのだ。
これまで様子見をしていただけだったにしては、えらく代償を払ってきた。
名の示す通りにシルフェイム絡みの品だとすれば、何千億ゴールドなんて額では済まない宝具のはずだ。
……しかし、妙な流れだ。
まさか、この魔術は……!
俺は空を見上げる。
遥か彼方より、巨大な隕石が落下してくるのが目に見えた。
『驚いたか! 月(ディン) を空へ浮かべた、シルフェイム様の魔術だ! かつて余はこの魔術で、地上の大陸の形を変えたのだ!』
「う、嘘だろ……?」
隕石は都市一つ余裕で覆い尽せてしまいそうな大きさだった。
天空の国(アルフヘイム) 全土の五分の一程度はある。
あんなものが落下してきたら、この地も無事では済まない。
オルヴィガ本人は転移魔術で逃げるつもりかもしれないが、国は間違いなく滅茶苦茶になる。
「な、何を考えているんだお前は!」
はっきりいって、木偶竜の結界でもアレはどうにもならない。
木偶竜の速度ならば逃げ切ることは不可能ではないだろうが……あんな範囲攻撃が来れば、メアの安否も怪しくなる。
天空の国(アルフヘイム) 自体も滅茶苦茶になってしまう。
『防げるものなら防いでみよ! もっとも、そんなことができるはずもないがなぁ! 地上の主要都市への一撃とするはずだったが……感謝しろマーレン! 貴様のその玩具を叩き壊すためだけに、余は、この大魔術を行使してやったぞ! 思い知るがいい、地上の民とハイエルフの、絶対に覆りはしない力の差を!』
「馬鹿王め! 長生きし過ぎて脳みそが腐ったらしいな!」
俺は木偶竜を操り、滞空から飛行状態へと切り替える。
オルヴィガから大空の隕石へと向きを変え、垂直に真上へと飛び込んでいく。
『血迷ったな! そのまま圧倒的質量に呑まれて朽ち果てて行くがいい、下等生物よ!』
「照準!」
俺は杖を振りながら叫ぶ。
木偶竜ケツァルコアトルの先端にある竜の頭が動き、大きく口を開いた。
自動で竜の口の周辺に魔法陣が展開されていく。
『何をしようと無駄だ! 潔く地獄に呑まれて消えて行け!』
「神火球、発射ァ!」
竜の口から、白く輝く球が連続的に発射される。
十を超える光球が隕石に吸い込まれるように飛んでいく。
衝突と同時に、 天空の国(アルフヘイム) 全土が白い輝きに呑まれていく。
輝きが収まったとき……隕石は、跡形もなく消し飛んでいた。
地上のハイエルフ達は、皆呆然と俺を見上げて固まっていた。
……上手く行ってよかった。
木偶竜ケツァルコアトルのとっておき、神火球である。
アベル球と同じ原理で極限まで圧縮した熱エネルギーの塊を高速で準備し、連続的に吐き出すことができる。
木偶竜ケツァルコアトルは、いざというときにクゥドルを倒すために用意した兵器の一つだ。
隕石くらいは消し飛ばせなければ話にならない。