作品タイトル不明
六十六話 空統べる耳長の軍勢②(side:オルヴィガ)
天空の国(アルフヘイム) は空の遥か彼方に存在する浮上大陸である。
常人では訪れることさえ叶わない。
ハイエルフは、空神シルフェイムによって造られた種族であるとされていた。
空神シルフェイムは世界を支配するために、種族として明確に人間の上に立つ人間を作ろうとしたのである。
それがハイエルフである。
ハイエルフの寿命は最大で千年にもなり、人の身では敵わない膨大な魔力と魔術素養を有していた。
だが、ハイエルフは強大な種族特性の代償として、 月(ディン) の魔力を帯びた光を受けなければその力が失われていくという欠陥を抱えていた。
おまけに四大創造神が滅んだ後、何故か空神シルフェイムが創ったとされている 月(ディン) は大きく地上より離れてしまったのだ。
ハイエルフ達が 天空の国(アルフヘイム) を降りないのは、 月(ディン) の魔力の光を少しでも強く受けるためなのである。
地上に追放されたエルフは満足に 月(ディン) の魔力の光を受けることができず、代を経ることに種族としての寿命と魔力、そして生殖能力が失われていく。
そのためハイエルフは好んで地上に降りることをしない。
地上に無関心なわけではない。自身らの力が失われることを恐れているのだ。
空神シルフェイム存命の戦時中は、ノークス(地上の一般的な民)を狩ったり、言語を用いるペットとして飼い殺したりすることは珍しくなかった。
彼らにとって、自身らより遥かに寿命に劣るノークスは、獣や虫と変わらぬ存在なのだ。
空の国に閉じこもりながら、いずれ空神シルフェイムが蘇り、今度こそ世界の全てを手にすることを待ち続けているのである。
――アベルがメアと共にファージ領を脱したのと同時期、 天空の国(アルフヘイム) の奥地の彼らの王城では、国内の重鎮が王の間へと集められていた。
王座には、薄い青の髪を持つハイエルフが座っていた。
大人びた顔立ちをしているが皺はなくつるりとしており、絹のような美しい髪をしている。
王座の両側には、ハイエルフの美女を複数人侍らせていた。
彼はエルフの王オルヴィガであった。
オルヴィガは王座に肘を突き、集まったものを見回していた。
オルヴィガよりもむしろ集まったハイエルフ達の方が歳上の外見をしていたのだが、この場の中で……いや、あらゆる人間種の中で、彼は最も長命の存在であった。
ハイエルフの王であるオルヴィガは魔法樹アルべリュートの雫より造られるアムリタを呑み続け、一万年以上の時を生きていた。
ハイエルフの中でも唯一空神シルフェイムを直接目にしたことのある人物である。
オルヴィガはハイエルフ達にとって神に等しい存在であった。
「顔を上げずに聞くがよい。余は美女以外の面は見たくないのでな」
オルヴィガの傲慢な言葉に誰も異を唱えない。
頭を垂れたまま聞いていた。
「シルフェイム様より余へ神託が下った。近い内に人の姿を借りた精霊が、メビウスの依り代を連れて魔法樹アルべリュートへ向かう。それを妨げるな……とのことだ。そしてそれ以外に、決して外の者を……特に、薄汚いマーレンを近づけるなという話だ」
オルヴィガは手をひらひらと振りながら語る。
神話時代が終わりを告げた後も、ハイエルフの神職や王族の中に、夢の中で空神シルフェイムより指示や予知を受ける者が時折現れていた。
それをハイエルフ達は神託と称していた。
ただの悪魔の仕業か、個人のでまかせではないかと疑う者達もいたが、長い争いの末、神託否定派は全て 天空の国(アルフヘイム) より追放されていた。
「そしてその後……我らが一万年待ち望んだ、終わりなき 月祭(ディンメイ) が始まる。 月(ディン) は限りなく地上に近づき、昼夜問わずにこの世界を照らし続けるだろう。余らの真の時代が始まるのだ。再び始まるのだよ、血の宴……世界戦争がな! 空神シルフェイム様はそのときに再び身体を取り戻して再臨し、全世界の神となられる。そしてこの余は、世界の王となるのだ!」
オルヴィガの口許には邪悪な笑みがあった。
これまで沈黙を守っていたハイエルフ達の口からも、おお、と感嘆の声が漏れる。
「奴らにわからせてやらねばならぬ……我らハイエルフが、最も優れた人種であることをな。手始めに……地上の豚共を、半分ほど間引いてやろうではないか。慈悲などいらぬ、所詮三百年と生きられぬ劣等種共よ! 存分に弄んでやろうではないか!」
ハイエルフ達が静かに拍手を行う。
手を叩く音が静まってから、一人のハイエルフが声を上げた。
「オルヴィガ様よ、発言をお許しください……」
オルヴィガとは対照に、皺だらけの外見をしていた。
彼は千百歳で、ハイエルフとしても脅威の長寿を誇っていた。
「……賢者ゴーグルか、短く済ませよ」
「はっ、そのシルフェイム様が警戒を促したマーレンへの警戒は、どういたしましょうか?」
「不要であろう。何人で来るのかは知らぬが、マーレン如きを警戒するのはハイエルフの恥であるからな」
ゴーグルの顔が引き攣る。
「し、しかし、それは神託に背くことには……」
「しつこいぞゴーグル。……随分と、偉くなったつもりらしいな。この余に忠告とは」
「そ、そのようなつもりはありませぬ!」
ゴーグルが床に頭を擦りつけて許しを乞う。
オルヴィガは舌打ちをし、「次はないと思え」と言った。
「常より浮上大陸全土に張っている感知結界がある。悪魔であろうとも、この天の地への侵入を隠すことは不可能だ。特別な警戒などする必要はない。仮に数万の兵が押し寄せてくるような異常事態があるならば、この余が直々に出向いてやればいいだけのこと」
「オ、オルヴィガ様の手を煩わせるわけには……」
ゴーグルが慌てふためく。
オルヴィガはその様子を見て、くっくと笑った。
「構わぬ。久々にやりたくなったのだ、人間狩りという奴を。無論、奴らの汚い血でこの神聖な地を穢すことには抵抗があるのだがな」