作品タイトル不明
六十四話 火の国からの来訪者⑭(side:ジーム)
ジームは精霊崩壊によって紫に発光する自身の身体に目をやり、フンと鼻を鳴らした。
「まさかこの私が、存在の消滅を賭してまで戦わねばならんことになるとはの。クゥドル相手以外にそこまでせねばならぬ時が来るなど、まったく想像しておらぬかった。認めてやろうアベル・ベレーク、お前は強い」
ジームには『クゥドルを倒して高位精霊の支配する世界を取り戻す』という目的があった。
だが、その目的より、自身のプライドが今、上回っていた。
目的を第一に考えれば、安全な勝ち筋の既に途絶えたアベルとの戦いなどとっとと放棄し、逃げる策を立てるべきであった。
ジームは現状、マハラウン王国を支配下においており、世界各国の命運を握っていた。
ジュレム伯爵達にとっても、ジームは今後重要な存在となる。
ジーム不在となれば、ディンラート王国を中心に世界戦争を引き起こして、国の守護神であるクゥドルの魔力消耗を狙う策が、大幅な延期となってしまうのだ。
百年、短く済んでも数十年は遅れてしまう。
そうなれば、ジュレム伯爵達にとって万全なタイミングでクゥドルに世界各国の戦力をぶつけることができなくなってしまう。
だが、ジームの『世界の主権を高位精霊が握る』という目的は『人間よりも高位精霊の方が遥かに優れている』という思想に基づいたものであった。
魔力温存のために身を引くだけならいざ知らず、一度全力を出すと決めた以上、格下と見下し続けて来た人間相手の敗北は決して許容できるものではなかった。
自身の根幹にも関わる問題である。
ジームは地面を蹴り、近くの大木へと飛び移る。
大地が抉れ、土煙が上がった。
直後に大木の幹を殴りつけて前進する。
殴られた大木が容易くへし折れる。
速度も膂力も、今までのジームとは段違いであった。
その様子を警戒し、さすがのアベルも全ての金属球を防御のために引き戻した。
「魔術狂アベル! お前は、このジームが殺してやるぞ!」
アベルへと迫るジームの姿が三つに分かれた。
瞬間的な分霊を用いた絶技『鏡花水月』……ではなかった。
三人になったジームの各々が更に三つに分かれ、ジームの身体は九つへと増えた。
要領は『鏡花水月』と同じだが、その意味は大きく異なる。
ジームは分霊を武術へと昇華することに成功したが、それでも特異現象である分霊を完全に制御できているわけではない。
分霊を自身の完全な支配下に置き続けるには三人が限界であった。
身体を同時に九体へなどと分けてしまえば、もう元の一体に戻ることはできない。
精霊体を切り離して己を弱体化させる分霊は、強さこそ全てであると考えるジームにとって、本来は到底受け入れがたいものであった。
その覚悟を背負った上で、それでもなおアベルを倒すことを選択したのだ。
「まだまだだ! これが私の最後の奥の手、『狂乱万華鏡』!」
続けて九体のジームは二十七へ、八十一へ、そして二百四十三へと増えた。
アベルを全方位より大きな円で、二百四十三体のジームが囲む。
ジームは完全に、自身の力の全てを捨て去るつもりでいた。
増えた己の分霊は魔力の許容量が大きく低下している。
この戦いが終われば、過剰強化による精霊崩壊で分霊が使い物にならなくなることもわかっていた。
「たった八つの金属球で、その貧弱な本体を守れるものなら、守ってみせよ!」
紫に発光するジーム達が怒声を上げる。
金属球は一斉にアベルへと覆い重なり、アベルを完全に覆い隠した。
先頭に辿り着いたジーム達が腕を振るった。
「無駄だアベル! お前も……そして私も、ここで終わりだ! 証明してみせようではないか! 我々より強いニンゲンなど、決して存在しないことを!」
ジームの放つ拳の波に、金属球の鎧は体表を削られていく。
すぐに金属球が破壊されることは明らかであった。
ジームの一体が続けて二撃目を放とうと拳を振り上げたとき、頭上より注いだ眩い光に目を瞑った。
目をやれば、黒く輝く、アベル球に似た球体が浮上していた。
だが、アベル球よりも二回り以上は大きい。
人間の全長程度の直径を有していた。
「なんだ、これは……?」
「アベルボム!」
金属球の奥より篭った声が響く。
轟音と共に黒い輝きが炸裂した。
その場にいた二百を超える数のジームが爆炎に包まれる。
巻き込まれたジーム達は、光の中で精霊体が焼き切られて身体の断片が飛び交い、そして燃え尽きていく。
黒い光の中、ジームの群れの慟哭が響いていた。
木々も焼け焦げ、炭となり、塵となって消えていった。
アベル球の変異種であった。
アベルボムはアベル球に比べて威力は大きく劣る反面、爆炎の範囲は広い。
本人も巻き込む上に地形への被害も大きいため、アベルが自重して封印していた魔術であった。
ジームの『狂乱万華鏡』は、二百以上に分裂する代償に、一体一体の精霊体の密度を大きく下げることになる。
精霊崩壊が生じるまで過剰強化を施すことでどうにか個々の身体能力の低下を抑えていたが、各個体の耐久力を大幅に下げる結果となっていた。
本来のジームであればアベルボムの爆炎を受けても耐えられたかもしれないが、精霊体の分散した今のジームでは成す術もなかった。
範囲内において宙に唯一残った金属球が、支えを失って落下していく。
「 বায়ু(風よ) বহন(運べ) !」
吹き荒れた風に持ち上げられ、金属球がふわりと地面へ着地する。
だが、地面もアベルボムによって球形に抉られていたため斜面になっており、球形の要塞はその場で派手に転がった。
一通り右へ左へと動いて静止してからやや時間が空き、金属球が果実の皮が剥かれるように展開された。
「ひ、酷い目に遭った。咄嗟だったから、そこまで考えてなかった……。せめて、棘を出してスパイクを造るべきだったか」
中より、足腰を打ち付けたアベルがよろめきながら這い出て来た。
予想外の急斜面を目にし、顔を強張らせた。
魔術なしで這い上がれる自信がなかった。
「それより、あの精霊は……!」
アベルは周囲へと目をやる。
ジームの生首や足、そして夥しい数の腕と、黒焦げになった無数の身体の断片が散らばっていた。
だが、元が精霊体であるため、すぐに形を留められなくなり、蒸発するように消えていく。
しばらくアベルは周囲を見回し、生首の一つが辛うじて生存していることに気が付いた。
「生かして捕らえるのは無理かと思ったが、どうにかなったか……!」
アベルはジームの生首へと近付く。
「ヒホ、ホホホホ……やはり私に敵うニンゲンなど、いなかっ、た……」
幻覚でも見えているのか、ジームの生首は満足げであった。
その言葉を最後に、光に包まれて消滅していった。