作品タイトル不明
六十三話 火の国からの来訪者⑬(side:ジーム)
ジームは少しの間、アベルと睨み合っていた。
「認めよう……アベル、お前は私が考えていたよりも、ずっと危険な男だったらしい」
ジームの身体が痙攣し、身体中に張った筋がより深くなり、筋肉が隆起する。
植物の根のように全身に張った筋の合間に、無数の目玉が開いていく。
新たに大きな腕が六本伸びる。
収集家と対峙した際の姿よりも腕が二本多く、身体に浮かぶ目玉の数も多く、より異形の姿となっていた。
ジームはニンゲン如きに異形の姿を晒すのは、収集家を最後にするつもりであった。
だが、さすがに一瞬にして『龍流し』を無力化された今、出し惜しみの通る相手ではないことに気が付いていた。
「仏像みたいだな。それにしては品がないけど」
アベルが軽口を叩いて挑発する。
「全力で行くぞ、アベル・ベレーク。 月祭(ディンメイ) の日も、もうすぐそこまで迫っておる。お前は、ここで確実に叩いておく」
ジームは屈んだ姿勢から、腕で地面を押し、大木の枝に立つアベルへと直進した。
アベルの周囲を浮遊する、巨大な八つの金属球が動き出した。
ジームは自身へ襲い来る金属球の初球を、身体を反らして宙で回る様に動いて回避する。
だが、続く二球目はジームの前で唐突に静止し、フェイントを掛けた。
「ぬっ……」
ジームは八つの腕を前に回して、金属球をガードする。
本来あらゆる衝撃を制御する『龍流し』を持つジームは物理打撃を防ぐ必要はないのだが、アベルのヒディム・マギメタルは、ジーム対策で造られた特注品である。
金属の発する微弱な魔力によってジームの精霊体に干渉し、繊細な制御を要所要所で狂わせ、『龍流し』を綺麗に無効化する力がある。
故に、『龍流し』を捨てて素直に防御に出る他になかった。
金属球がジームを真横に弾く。
その先に回り込んでいた三球目が更に別の方位へと弾き、その先で待ち構えていた四球目がまた別の方位へと弾く。
複数回の殴打を経て、引き千切れたジームの腕の一本が宙を舞った。
「さすがに頑丈だな……重量で殴るだけじゃ、きりがないか」
アベルが杖を構える。
「 শিখা(炎よ) এই হাত(球を象れ) 」
アベルの前に豪炎が浮かび、それがすぐに、見えない壁に押さえ付けられるかのように圧縮されていく。
再び膨張したかと思えば、またすぐさま押さえ込まれて行った。
「アベル球!」
杖先より、眩い光を放つ炎球が放たれてジームを追った。
ジームは金属球に弾かれながらも、その炎の動きを視認していた。
(あれは、まずい……!)
上に打ち上げられていたジームを、金属球の追撃が地面へと叩き落した。
ジームは地面と衝突したかに見えたが、奇妙な軌道で真横へと跳んだ。
『龍流し』により、叩きつけられた衝撃を横への移動に利用したのである。
金属球の体当たりによる衝撃を返すことはできないが、地面と衝突した衝撃は受け流すことができる。
アベル球はジームが叩き落された位置へと移動した後、空中で動きを止めて軌道を変え、ジームを追いかける。
「追尾の術式まで仕込んだか!」
ジームは地面を蹴って逃げるも、その後をほぼ同じ速度でアベル球が追跡していく。
ジームは大木の幹に七本の腕を回し、引き抜いて持ち上げ、アベル球目掛けて蹴り飛ばした。
大木とアベル球が衝突する。
爆風が巻き起こり、ジームの身体が吹き飛ばされた。
「ぐふっ!」
ジームは地面の上を高速で転がり、受け身を取った。
爆風を防ぐのに用いた左側の四本の腕が黒く焦げていた。
アベルは浮かせていた金属球の一つを丸みを帯びた盾の様に展開し、爆風を遮っていた。
ジームの顔が一層険しさを増した。
ジームは八つの金属球を突破してアベルに攻撃を加えられる手順を模索していたのだが、爆風に対しても一瞬で対応する様子を見せつけられ、考えていた策が全て無に還っていた。
ジームの黒く焦げた腕が地面へと落ち、新しい腕が生えていく。
金属球に弾かれた際に落ちた腕も元通りになっていた。
「やっぱり魔弾だと、ちょっと遅いか。小さくて動き回る相手には当てづらいな」
飛び交っていた八つの金属球がアベルの周囲へと飛来し、最初の配置に戻った。
ジームから見て、アベルの様子に疲労は見えなかった。
対してジームは、現在の身体を維持すべく精霊体を活性化させるために魔力の消耗を強いられ続けており、既に息が上がっていた。
「こんな、馬鹿な……まるで勝ち筋が見えぬ。こんなことが、あってたまるものか。私は、私は……ニンゲンがまともな文明を持たぬ遥か古来より生き続けて来た、この世界の真なる支配者、最高位精霊であるぞ……。ニンゲンの世界を完全に掌握し、クゥドルへの対抗策をようやく用意できたところだというのに、こんなところで……!」
ジームの最大の強みであった『龍流し』を容易く潰し、世界最強の生物であるドラゴンの突進に等しい運動量を誇るあの八つの金属球の並行操作も、アベルにはさした消耗にはなっていないのだ。
既に、ジームの勝機はほぼ失われていた。
ジームの異形の身体が痙攣し、その場から一歩退いた。
退いた後に、ジームは自身の足へと目を落とし、自分で驚いていた。
彼が意図することなく、自然に足が退いていたのである。
「なぜ、なぜ私の足が今退いた……?」
「ここまで来て、逃げられると思うなよ!」
アベルが杖を振るうと、八つの金属球の配置が変わった。
「逃げるだと……? 私は既に、魔力の温存を諦めて全力を晒したのだぞ。その上でこの私が、ニンゲン如き相手に逃げる理由がなかろう? ヒホホホホ、ヒホホホホホホ! いや、面白い!」
ジームはアベルの言葉に笑い始めた。
かと思えば、鬼のような表情へと一変し、アベルを睨みつけた。
「思い上がるなよニンゲン如きが!」
ジームの筋肉が膨張し、腕の数が更に二本増して十へと変わった。
老獪な三日月の目の面影は既になく、獰猛な魔獣のものになっていた。
ジームの体表が紫に発光し、ビキビキと奇妙な音が鳴っていた。
活性化させるために送り込まれた膨大な魔力に一部の精霊体が耐えきれず、精霊崩壊を起こし始めていた。
今の姿は、長くは続かない。
しかし、そんなことはジームも承知の上であった。