作品タイトル不明
五十八話 火の国からの来訪者⑧(side:収集家)
ジームは六つへ増やした腕を動かし、各関節を鳴らす。
身体に張る根の狭間に、目玉が開いていく。
身体中が眼塗れとなっていく。
破れた外套の合間から、腹部にひと際大きな目玉が浮かび上がり、収集家を睨んだ。
「フン、醜い姿だな。マハラウン王国が、こんなケッタイな珍獣を飼っていたとは」
収集家がジームの異形の姿を笑う。
だが、強がりであることは隠せていなかった。
「剣の方が限界を迎えたか。フム、ニンゲン如きに過剰反応し過ぎたらしいな」
ジームが腕を振り上げ、収集家へと飛び掛かる。
収集家は身体を逸らして初撃を回避し、続けて背後へ跳びながら宙返りして二撃目を避ける。
余裕のなくなった収集家は、ジームが三撃目を放つよりも、先に手刀を彼の肘へと放ち、攻撃を止めようとする。
だが、収集家の伸ばした指は、ジームの肘に触れた瞬間にへし折られた。
収集家が鬱陶し気に目を細める。
当然、今の姿でもジームの万能カウンター『龍返し』は生きている。
「ヒホホホホ! 万策尽きたか!」
ジームは笑いながら、別の手で追撃を仕掛ける。
収集家はすぐさま腕を戻し、ジームの四撃目を、自身の腕を伝わせるように受け流す。
普通に腕で攻撃を防いでは、ジームの攻撃を受け止めるための力が『龍返し』によってジームの手刀に乗るため、力技でガードを突き崩されてしまう。
受け流すことしかできない。
行動を狭められていては、選択肢がなくなり、動きを読まれていくようになる。
速さでも劣っている収集家は、一手ごとに確実に窮地へ追い込まれていくのを感じていた。
収集家の態勢が崩れたとき、それを待っていたとばかりにジームが宙へと飛び上がり、彼の頭部を鷲掴みにした。
「ほれ、これで詰み。ヒホホホホ!」
ジームは自身の跳び上がる力で収集家を持ち上げ、残る五手で手刀の突きの連打を胴体へと放った。
身体に穴が開き、血と肉片が舞う。
トドメとばかりに宙で一回転し、収集家を地面へと凄まじい剛力で叩きつける。
収集家の身体が、だらりと地面の上に倒れる。
身体中の肉が掻き混ぜられ、ボロ雑巾の様な姿になっていた。
「ホッ! 魔力を無駄にしたの、ここまで力を発揮する意味はなかったか」
ジームが着地し、異形の笑い声を上げる。
「ニンゲンにしては、上出来といったところか。これほど頑丈だとは思わぬかった。ヒホホホホ! さて、できればあの魔女、アルタミアに塔の解析を手伝わせたいところだが……」
ジームはそこで、独り言を区切った。
目前の収集家の身体が、僅かに動いた気がしたのだ。
だが、そんなはずはない。
人間の限界をとうに超えているのは明らかであったし、先程の攻撃で確実に人体の急所も複数箇所貫いていた。
ジームが一歩近づいたそのとき、収集家が素早く起き上がる。
収集家はジームへと肉薄し、胸部に爪を宛がって引き裂こうとした。
だが、『龍返し』を突破できず、収集家の腕の爪が剝がれ、指から血が吹き出す。
収集家は強引にジームを押し、反動を利用して間合いから逃れる。
「ハ、これしきの不意打ちでは無意味か!」
収集家が血塗れの腕を鳴らし、構えを取る。
「お前……ニンゲンではないのか? なぜ、生きている? いや、そもそも、支障なく動けるはずがない」
「教えてやろう。貴様の突きが軟弱だったからだ、木っ端精霊めが!」
ジームの身体中の眼球が収集家を睨み、白目を充血させる。
「確かに私が甘かったらしい。まだ減らず口を叩けるとは思いもよらんかった。いいだろう、貴様の身体を引き裂き、千切り、噛み砕き、一片の肉片も残さず磨り潰してやろう」
ジームが対応する手の指を絡めて組み合わせて三組のハンマーを作り、頭上へ掲げる。
地面を蹴って跳び上がり、収集家目掛けてそれを振り下ろした。
「地の果てまで叩き落してくれるわ! 『三連煉獄槌』!」
地面が砕け、円塔ほど高い三段の土の飛沫が上がった。
辛うじて宙へ避けていた収集家を、ジームの無数の目の一つが捉える。
ジームは手を三組に組んだまま彼へと跳び上がった。
「そうれ、もう一度同じものを放つぞ!」
収集家はジームの二振り目の『煉獄槌』を蹴り、宙へ跳ぶ。
「雑な動きだな! どうした珍獣? 正に興奮した魔獣のようではないか!」
そして三振り目が終わったのを見届け、頭部へ回し蹴りを叩き込む。
『龍返し』に蹴りの衝撃を脚へ返され、収集家の身体が地面へと頭から叩き落される。
ジームが土煙の中に突っ切り、追撃の手刀を放った。
その一つが、収集家の左肩を突いた。
ジームは指を曲げ、そのまま関節を確実に握り潰す。
骨の拉げる音が響く。
収集家は身体を捩り、地面を蹴って背後へ逃れる。
ジームの六つの手が開閉する。
「逃げるのだけは得意らしいの。だが、もう捕らえた。次は脚を潰し、逃げられぬ様にする」
収集家はそっと、自身の潰された左肩へと手を触れる。
さすがの彼も、満身創痍寸前まで来ていた。
全てを懸けた『 王神竜の咆哮(バハムートロア) 』も大したダメージにはならず、ジームは戦えば戦うほどに素早くなっていく。
更にここに至るまで、彼の『龍流し』を突破できたのはあのときだけなのだ。
「なぜここまで粘る? 百年以上生きて来たお前にとって、ファージ領など幾つも訪れた地の一つでしかあるまい。不合理な生き物よ」
ジームが収集家へ問う。
「知れたことよ。その長い年月の間に忘れたものを、思い出させてくれたのでな」
「不合理な生き物よ」
「確かに凡夫の目には不合理と映ろう! だが、貴様の様なカスではなく、この我が得た安寧であるからこそ価値があるのだ!」
ジームは再び収集家へと近付こうとし、動きを止めた。
宙から、濃紺色に輝く謎の金属塊が投げ込まれてきたのだ。
それは収集家のすぐ横へと飛来し、地面に突き刺さった。
収集家は目線を移す。
それは一本の剣であった。
溢れんばかりの魔力を肌に感じる。
数々の秘宝を目にして来た収集家だからこそ、この価値はひと目でわかった。
剣としては異例なほどに強大なオーラを放っている。
柄の精巧なレリーフの中央には、オーテムを模した紋章が刻まれた。
収集家は右手で剣を引き抜き、金属塊が投げ込まれた方角を睨む。
息を切らしたアルタミアが浮かんでいた。
「魔女よ、なんだこれは!」
「あの馬鹿が私を扱き使って協力させて作った挙句、持て余して倉庫で腐らせていた 真幻銅の剣(オレイカルコス・ソード) よ! 魔力を吸い取り、掻き乱すこの刃なら、あの精霊にも通るはずだわ!」