作品タイトル不明
五十五話 火の国からの来訪者⑤(side:収集家)
収集家はエーラに続き、酒場の外の騒動へと目を向ける。
見れば、二人の白い外套を纏った男が村を駆け、建物へと火を放っていた。
村に住む、戦い慣れした冒険者が彼らを止めようと掛かっていくが、容易く蹴り飛ばされている。
「な、何、あれ……」
エーラが呆然と零す。
収集家は目を細め、二人を観察する。
明らかに武芸や、魔力による身体能力の底上げにも精通している。
野盗の類とは思えなかった。
とすれば、こんな村で敢えて姿を晒し、火を放つ目的は限られてくる。
「陽動か。暗殺であれば目立つ理由はないであろうし、あのバカが残していった余計な物のせいであろうな」
「そんなこと、落ち着いて考察してる場合じゃありませんよ!」
エーラは身体を伏せ、窓から自身の姿が見えない様にする。
「ど、どうにか、ラルク様の私兵団に連絡しないと……!」
「連中では、どうにもならんであろう。魔女はおらんのか? 役に立たぬ奴だ」
収集家は少し、窓から外を眺めながら固まっていた。
エーラが身振り手振りで、収集家に伏せる様に伝える。
「ふむ……潮時か。我ともあろうものが、少しこの地に留まり過ぎたか」
収集家は静かに席を立ち、通路へと出た。
「シュ、シュウさん、今出るのは危険です!」
収集家は応えず、出口の扉へと手を掛ける。
駆け寄ってくる彼女を無視し、店の外へと出た。
「……全く、これほど長く居着くつもりではなかったのだがな」
収集家は一人、そう零す。
元より、彼自身はもっと早くに再起するつもりであったのだ。
ただ、収集家は宝の数々を失った傷がようやく和らいだ頃、このファージ領の辺境村で、顔見知りが増えすぎていた。
気がつけば彼は、伝説の冒険者ではなく、ただの変わり者の青年としてこの地に定着してしまっていた。
それを捨てるのが、なんとなく惜しくなってしまったのだ。
誰にも恐れられることなく、ごく普通の村でほどほどに暮らすことがこれほど心地よいことだと、収集家にとっては百年近く忘れていたことであった。
しかし、それも終わりを迎えるときが来たのだ。
収集家は自身の過ぎた力が、平穏を許さないことを知っていた。
収集家は煙を上げる建物を横切り、狼藉を働く二人組の許へと駆ける。
二人組は収集家に気が付くと、外套奥に隠れた眼光を彼へと向ける。
近くに何人もの冒険者が倒れていた。
その中には、先程『小人の隠れ家』にて、収集家に荒絡みして来た二人組の姿もあった。
腹部を蹴られたらしく、口の周囲が血で汚れている。
「な、何しに来た? お前じゃ、どうにもならねえよヒモ野郎! 早く、逃げろ! 錬金術師団のアルタさんを捜せ!」
「フン、三流如きが、格好つけおって。別に、逃げてもいいのだが……我も、少々ここには長居しすぎたのでな」
収集家は彼の忠告を鼻で笑い、剣を抜いた。
女商人のイリスより与えられた剣であった。
振るうのは、これが初めてになる。
「さすがに鈍っておるな。少しばかり休息が長すぎたか、肩慣らしが必要だな。おい、貴様ら、二人掛かりで掛かってこい。物足りないが、それで我慢してやる」
二人の男は目を合わせ、片側が収集家へと跳んだ。
男は目前まで躍り出た後、外套に隠した鉤爪で収集家の腹部を裂こうとする。
「馬鹿が、力量差もわからんか」
収集家は男の腕を自身の肘で弾き、頭部をそのまま鷲掴みにする。
すかさず逆の腕に持っていた剣を豪快に振るい、一気に腹部を両断した。
収集家はなお掴んだままの上半身を、雑に地面へと投げ捨てる。
「だから、二人で来いと言ってやったのだ。もっとも、結果は変わらんかっただろうがな。貴様らは不快だ、容赦して欲しいなどと、ガキの様な泣き言を漏らすなよ?」
襲撃者の片割れは、身を翻し、傍の建物を垂直に駆け上がっていく。
敵わないと見て、この場から逃げることを選んだのだ。
「バカめが!」
収集家はすぐに建物の傍まで駆け寄り、大きく垂直に跳び上がり、宙で壁を蹴って強引に自身を高くへと追いやる。
一瞬にして、壁を上がって逃げる男の先に回った。
身を翻して下へと逃げようとする男の背に、両腕で振った剣の一撃をぶちかます。
骨が砕ける音が響いた。
上下に分かたれた男の身体が、地面へと真っ直ぐに叩き落されていく。
収集家は死体の上へと着地した。
頭部と身体が、彼の重量に押し潰される。
「ハッ、逃げられると思ったか」
収集家は血溜まりへと唾を吐き、剣を鞘へと戻した。
普段彼を馬鹿にしていた冒険者達は、目前の光景に理解が及ばなかった。
遅れてやってきたラルクの私兵団も、何が起こっているのかわからず、離れた位置から呆然と収集家の様子を観察していた。
「シュ、シュウさん……?」
彼の身を案じて酒場を飛び出して来たエーラも、声を強張らせて彼へと尋ねる。
エーラも自然と、既に仕舞われた剣の間合いの外側に立っていた。
「エーラよ、我はこの地を去るつもりだ。だが、いつか必ず、ツケの分くらいは返しに戻ってこよう。お前には一応感謝しているつもりなのでな」
「きゃあっ!」
収集家がエーラへと一歩近寄って手を伸ばしたとき、エーラは短い悲鳴を上げて一歩退いた。
収集家は動きを止め、少し寂し気な顔を浮かべ、腕を引いた。
「あ……ち、違うんです、シュウさん……」
エーラはたどたどしく、自分の言動を弁解しようとする。
だが、脅えていることは明らかであった。
「……長く世話になったな、エーラ」
収集家はそれだけ言い残し、村を去った。
人が集まってきていたが、彼が走る先は人が避け、自然と道が開いた。
(我ともあろうものが、随分とお人好しになったものだ)
そのまま収集家は、村外れの、名物と化している不気味な円塔の許へと向かっていた。
敵の目的が攪乱であり、真の狙いがアベルの残した兵器であることに収集家は気が付いていた。
アルタミアの姿が見えなかったことから、彼女が固執していると村内で噂の謎の円塔であることも推測できていた。
「やはり、ここであったか」
村外れに聳える円塔の前では、奇妙な醜い老人が、アルタミアを地面へと押さえつけていた。