軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三十六話 ジゼル襲撃⑦

「この……!」

ジゼルは素早く前に出て回り込む様に動き、オーテムを抱えるのとは逆の手でメアへと掌底を放つ。

メアの護衛用オーテムがまたしても動き、ジゼルの攻撃を受ける。

「きゃっ!」

腰を抜かしたメアが背後へと倒れた。

「お、おい、止めろジゼル!」

俺はジゼルを止めたが、聞き入れてくれる様子がなかった。

ジゼルは素早くオーテムをメアの背後へと投げる。

「 বহন(運べ) !」

またジゼルの姿が、オーテムを抱えたままメアの背後上空へと瞬間移動する。

空から体重を掛けた肘打ちを放つが、再度護衛用オーテムに弾かれて大きく宙を舞い、一回転してから着地する。

「なっ、何をするんですか急に!」

「……邪魔ですから、少し眠っておいてほしかったのですけれどね」

ジゼルが冷たい目でメアを睨む。

……凄まじい速さの連撃だった。

完全に『木偶棒』を用いた武術をものにしている。

元々俺の魔術鍛錬に付き合うことも多く、表には出さないが大人顔負けの魔術の腕を持ってはいたが、魔術の精度や速さも、俺が集落にいたときから数段は成長していた。

武術や魔術修行に付き合った人間がいたとしか思えないが……短期間でできるものではない。

集落から出ていないようだし、族長ではないとしたら、やはりあの魔導書の悪魔、シムか。

魔導書は、一人でにページをぱらぱらと風に靡かせながら宙に浮かんでいる。

ふわふわとジゼルの背後を移動しながら静観しているようだが、どうにも不気味だ。

隙を見て何か仕掛けてくるつもりか?

「お、落ち着けジゼル! 魔術勝負なら、先制攻撃で失敗した時点で俺に敵わないのはわかっているだろう? 街中だし大技は撃てないが、その気になれば、俺も近場に保管している十以上のオーテムをすぐさま手許に戻すことだってできる」

「だったら、とっととそうなさったらどうですか! さぁ早く、私に杖を向けて、魔術でもなんでも撃って来てください! そうして私からシムさんを取り上げて、そっちの角女と逃げればいいじゃないですか!」

だ、駄目だ……完全に頭に血が上っている。

俺はジゼルに杖先を向けるが……つい、照準を逸らしてしまった。

「……ジ、ジゼル」

まず問題ないとは思うが……長引けば、何かの拍子にメアに危害が及ぶことも考えられる。

こんな調子では駄目だとわかっているのだが、ジゼルを攻撃する気にはなれない。

「い、いたっ! アベルちゃん!」

声に目を向ければ、路地裏の入り口にシェイムが立っていた。

「えっとう……ど、どうしてアベルちゃん、杖を構えてるの?」

状況を見たシェイムが困惑を露にする。

「ちょ、ちょっと兄妹喧嘩みたいなもので……」

「メアちゃん危ないからこっちに来て! アベルちゃんの喧嘩なんかに巻き込まれたら一溜まりもないって! アベルちゃんが二人いる様なものなんだから!」

シェイムが声を張り上げてメアへと言う。

そのとき、メアへと放たれたジゼルの空中蹴りを、またもや護衛用オーテムが防いだところであった。

「い、いや、メアも俺から離れたら危ないから、下手に動けないんだ! シェイムはとりあえずどこかに逃げておいてくれ! 俺がどうにかするから!」

「ええ……なんでそうなっちゃったの……」

シェイムが眉根を寄せ、困った様に言う。

「私だって、シムさんから魔術や魔力の高め方も教わってきたんです! そう一方的に受けていたら、いくら兄様でも怪我をするかもしれませんよ!」

ジゼルはメアから横に立つ俺へと目線を移し、オーテムを投げ付けて来た。

「 ঘুম(眠りの) খুদ(粉よ) 」

ジゼルの詠唱と共に、俺に迫ってくるオーテムを中心に魔法陣が広がっていく。

一度、俺を眠らせることで完全に無力化しようという考えらしい。

「 শখ(炎よ) এই হত(球を象れ) 」

俺は杖先から炎の球を放ち、ジゼルのオーテムを捉える。

オーテムは炎を上げながら地に落ち、黒い炭の塊へと変わった。

「これ以上は無意味だ、わかってくれ。俺も逃げだして悪かった。……だが、その悪魔は、処分させてもらう。本当に危険な奴なんだよ。ジゼル、お前の傍に、そんな奴を野放しにしていたくはないんだ」

「…………」

「そろそろ人も集まってくる。もう、こんな真似は止めてくれ」

「嫌です! 人が集まってきたって、関係ありません!」

ジゼルはその場に泣き崩れてしまった。

「だって兄様は、このまま私が手を引いたら、そのまま国外へと行ってしまわれるのでしょう? そんなの、絶対に嫌です! お願いです兄様、せめて、せめて部族に帰って来てください! 兄様が私と向き合ってしっかり話してくれて、その上で駄目だというのなら、私もそれ以上は婚姻の儀については何ももう言いません! 帰って来てくださるのなら、それ以上はもう望みませんから!」

「……ジゼル」

俺が杖を降ろした、そのときだった。

『やはり、妹には甘いらしい。苦労して取り入った甲斐があった』

おぞましい思念が俺の頭へと流れて来た。

俺が呆気に取られたその瞬間、魔導書から黒い光が漏れ出し、ジゼルの身体を覆った。

「ジゼルッ!」

『おっと、下手に手を出さない方がいい。彼女の身体の方が、持たないんじゃないかな?』

ジゼルの全身が黒い靄に包まれる。

靄の表面、ジゼルの顔の中央と腹部の辺りに、不均一な大きさの瞳が開いた。

『もう少し穏便に事を進めたかったが……計画がここまで進んだのだから、他の悪魔やクゥドルの目を必要以上に警戒する必要もないだろう。そもそもの話……実は、ジレメイムがガルシャード王国でキミのコピーを造る研究を始めているから、もう用済みなんだよね。そろそろ結果が出る頃だからさ』

……ジレメイムは、五百年以上前の人物であり、史上最も優れた頭脳を持つ魔術師と称されていた天才の名だ。

俺の扱う魔法陣や魔術式、アレイ文字も、ジレメイムの影響を受けている節が大きい。

「な、なんだお前は……?」

『キミが集落を出てからこれまでの旅路、間接的ではあったけど、ずっと観察させてもらっていたよ』

ふと、俺の頭の中に引っ掛かった言葉があった。

ジゼルはあの魔導書をシムと呼んでいた。

その名前を最近俺は別のところで聞いた覚えがある。

リムド五大老の脅威度序列のリストに神話に名を残す様な悪魔達と名を並べていた大精霊シムだ。

序列では第四位に位置しており、王族を傀儡にして小国を幾つも滅ぼした邪悪な存在と称され、『歴史を屠るモノ』の異名を持っていた。

第四位ではあるが、一位はクゥドルで、二位は世界の調停者を自称する巨大組織『 刻の天秤(バランサー) 』のボスとされる悪魔ディオムズ、三位が火神マハルボは神話時代の終わりにクゥドルへの対応策として造った悪魔『百業の王』だ。

シムも、世界に残る中で最高位の悪魔と考えて間違いない。

『集落を出たときのことも、ロマーヌの街を訪れたときのことも知っているよ。浮上要塞を壊したり、馬鹿な冒険者を祀り上げて遊んだりしているところもね。まさかメドを倒してしまうのは予想外だったが、あの無能を対価にキミの危険さを測れたのだから、むしろプラスだった。どの道あいつは、近い内に我々に楯突くつもりのようだったし……』

背筋がぞっと冷たくなった。

偽リーヴァイの主であり、俺をずっと監視していた様な奴となると、一人しか考えられない。

「お前、ジュレム伯爵の仲間か……!」

この王国にいる限りいつかは接触しに来ると思っていたが、大間違いだった。

ジュレムはクゥドルの復活が解けるよりもずっと前から俺に目をつけていたのだ。

『どんな気持ちだ? 抗って、色々考えているつもりで、最初から最後まで掌の上にいたっていうのは? 無様だな、私に利用された人間は、真相を知ったときにいつもそんな顔をするんだよ。そう、最期の死ぬ前の顔だ。フフ……いや、石になって、永遠に嘆き続けることもあるかな』

シムは、ジゼルを包んだまま球形へと変化していく。

黒色と緑が混じった様な色をしており、瞳が枝分かれし、その数を増やしていく。

大小様々な瞳が表面に点在する、不気味な姿へと変わる。

『 月祭(ディンメイ) は既に明後日となった。もうキミの役目は既に終わっているんだよね。だから、キミにはもう少し生きておいてもらって、別の手で処分するつもりだったが……今のやり取りを見ていて確信したよ。キミは臆病だから、自分の妹ごと私を攻撃する様な手には出られないのだろう?』

シムから不気味な笑い声が漏れる。

俺は歯を食いしばり、シムを睨んだ。

『おお、怖い怖い、クゥドルと撃ち合った様な奴とまともにぶつかったら、この私でも無事ではいられないかもしれないからね。キミがそこまでだったとは、最初に見た時には見抜けなかったよ。お姫様の護衛としては充分に働いてくれたけど、まさかこの私やクゥドルにまで楯突けるような危険人物だったなんて、誰が予測できる?』

「お姫様……?」

この物言い……やはり、狙いはメアの回収にあったらしい。

俺は杖を構える。だが、今下手に魔術を放てば、その余波で取り込まれているジゼルの方が死んでしまう。

『ああ、なるべく抵抗しないでくれると助かる。できれば、ほうら、クゥドルや他の悪魔に嗅ぎつけられたくはない。事が済んでからキミの妹を生かして解放するかどうかにも拘ってくるから、気を付けてくれたまえ』