作品タイトル不明
三十四話 ジゼル襲撃⑤
ジゼルは俺へと手を伸ばし、俺の目をじっと見つめながらゆっくりと距離を詰めて来る。
「……い、いや、その」
メアが俺の肩のあたりへとばっと抱き着いて来た。
「メ、メア?」
「アベル、メアのこと好きって言ってくれましたもん! 妹のことは、可哀想だけど恋愛対象として見れなかったって、前々から言っていました!」
ジゼルが足を止める。
メアを見ると嫌悪する様に顔を顰めたが、すぐに平静を繕う様に無表情へと変わる。
「メア様ですね。以前に立ち寄った村でも、噂は聞いていました。旅の道中、兄様が随分とお世話になったようですね。妹として、礼を言わせていただきます。ありがとうございました」
ジゼルがメアへと頭を下げる。
「え……? え、えっと、い、いえ、そんな……」
予想外のジゼルの対応に、メアが意表を突かれてあたふたとする。
「ですが、これはマーレン族の問題ですから首を突っ込まないでください。あなたは関係ありません。私が今、兄様と話をしているのです」
「かっ、関係ないことありません! だって、アベルは……!」
「私の兄様が婚姻の儀を結ぶのも、集落のしきたりで定められていたことです。あなたは知らないでしょうが、ただでさえ兄様は部族の掟を破って外に出て、立場を悪くされているのです。その上にまた掟破りを重ねれば、兄様がもうずっと故郷の地を踏むことができなくなってしまうかもしれないのです。あなたは、そこまで分かった上で言っているのですか?」
メアがジゼルの剣幕に押され、言いかけていた言葉を区切る。
しょ、正直、俺もそこまで考えていなかった。
い、いや、そこまで大事に考えなくても、いいと思うんだけどな……だ、ダメなのか?
「か、関係ないこと……ないです。だって、アベルは……」
「何もわかっていないから、関係ないと言っているのです! 部族外のあなたには何もわからないでしょうが! 私達は、血の濃さを尊んでいます。だから部族外婚姻の前例はありません! 兄様には、父様も母様も、御友人も、恩人も集落の中にいるのです! どうしてそう勝手なことが言えるのですか?」
「ち、違います、メア、そんなつもりじゃ……」
「ああ! 私、わかってしまいました! 関係がないからですね? 兄様のことなんて知ったことではないから、そんなことが言えるのではないのですか?」
メアが弱気になったところを見て、ジゼルが一気に畳みかける様に口にする。
や、やっぱりジゼルは怒っている。
メアが俺にくっ付いてもさして反応を示さなかったため、さほど怒ってはいないのではないか、本当に話をしに来ただけなのではないかと思っていたが、そんなことはなかった。
少なくとも、メアを完全に敵視していることは間違いない。
「……で、でも、そんなの、そっちだってアベルに勝手なこと言ってるだけで……!」
「勝手なことではありません。何度も同じことを言わせないでください。ですから、元々、私と兄様の婚姻は半ば部族内で決まっていた事なのです。ですが兄様は、それを放り出して突然何一つ私に相談することなく黙って集落から出ていかれたのです。私はそれについて、正当に説得をしにきただけなのです」
メアが小さくなり、閉口する。
「そうですよね、兄様? 私、何か一つでも違うことを言いましたか?」
「あ、い、いや……あ、今のいやはそういう意味じゃなくて……」
お、俺にも槍が跳んできた。
いや、俺が話していたのだし、当事者なので当たり前ではあるのだが。
いかん、ペースが完全に呑まれている。
俺は首を振り、冷静になるよう努める。
ジゼルの言っていることは一見筋が通っているが、メアを黙らせるために恣意的に捻じ曲げた言葉選びをしているだけだ。
確かにマーレン族のしきたりに則っているという面ではジゼルが正しいが、そのしきたり自体、ほとんどが形骸化してしまっているものであり、マーレン族自体しきたりをそこまで絶対視してはいなかったはずだ。
第一、血の濃さを尊む親族婚も、元を正せば魔力を高めるためのものだったという。
しかし、マーレン族内で真っ当な魔術の鍛錬を積んでいるものなど、今やごく一部……いや、俺から言わせてもらえば族長以外全員失格だ。
ジゼルは敢えてマーレン族が掟を偏重しているかのように匂わせることでメアを締め出そうとしている。
だが、問題なのは、今それを突けば確実にジゼルを逆上させるような言い方にしかならないということだ。
ジゼルも狙ってやっているというよりは、メアを退かせるために頭の中で論理を積み上げて喋っているようだった。
ジゼル自身、自分の都合よく話している自覚がどこまであるのか怪しいところだ。
「帰りましょう、兄様。父様も、族長様も、寂しがっておいでですよ? 香煙葉(ピィープ) も、結局兄様の引き継ぎ不足で情報が足りずに再現できず、族長様もとても困っていらっしゃいます。カルコ家がこの機を狙って、また 香煙葉(ピィープ) の販売を再開しつつあります」
い、今、集落がそんなことになっているのか!?
そんな馬鹿な、こういった事態を警戒して、しっかりとかなり詳細にやり方を書いておいたはずだ。
俺は魔導書を読んでいるときも、わかりやすくかみ砕いて捉えるのにはかなり自信がある。
錬金術師団の団長に抜擢され、実際に人に教える立場にあったからこそ実感できたことだが、自分で言うのはなんだが人に物を教えたり、引き継いだりするのがかなり得意な方だ。
致命的な見落としでもあったのだろうか。
「い、いや、でも俺も、今すぐは帰れない理由が他にもあって……」
「初耳ですが、でしたらそれがなければ帰って来て、私と一緒になってくださるのですか? 今のはそういう意味になりますよね?」
「……今のは言葉の綾というか」
駄目だ、口で勝てる気がしない。
集落ではジゼルが誰かを責める様なことはほとんどなかったのでわからなかった。
まさかここまで弁が立ったとは。
そのとき、メアが前にずいと身を乗り出した。
「メ、メア?」
「……アベル、困ってますよ? さっきから見ていたら、言質取って、掟がどうのと捲くし立てて、断り辛いものばっかり引き合いに出して……アベルの意思を無視してるのは、そっちじゃないんですか!」
ジゼルの目が険しくなり、無言のままメアを睨む。
メアの言葉に思うところはあったのだろう。