軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三十二話 ジゼル襲来③

俺はメアの手を引き、港都市ラダムを走っていた。

俺の後ろにはメアの護衛オーテムが、その背後からジゼルが追いかけて来る。

「に、兄様、待ってください! どうして逃げるのですか!」

あまりの気まずさのあまり、つい逃げ出してしまった。

ぶっちゃけもう、ほとぼりが冷めた頃に帰ってなんだか許された感じにならないかな、と期待していたので、ジゼルの顔を合わせる覚悟が全くできていなかった。

俺は路地裏に逃げ込み、木箱の裏に身体を寄せて息を切らす。

「ジ、ジゼル、あんなに体力あったのか……?」

俺の体力が多少常人から落ちていることは理解しているが、それでもあのスタミナは異常だ。

そもそも俺だって、集落のときはいざ知らず、外に出てからは長い距離を移動する機会も増えている。

責任のある役職にあった以上、研究ばかりしていていいわけでもないので、集落時代とは違い、一か月小部屋に篭り続ける様な真似もしてないのだ。

しかし、かなり長い距離を走ったつもりなのだが、一向にジゼルの走る速度が落ちる様子が見えなかった。

明らかに常人離れした体力だ。

「どこであんな身体能力を……!」

「え? メ、メアもまだ走れますよ?」

「そ、そっか…………そうか」

……た、体力は元々、ジゼルの方が上だったかもしれないな。

あんなものか、うん。

「ど、どうしてアベル、急に逃げたんですか? 集落からのお知り合いの娘なんですよね?」

「気まずいっていうか、今更どの面下げてあったらいいのかわからないし……」

「ええ……そういうことだったら、何かしこりがあるのならしっかりと話をしておいてあげた方がいいですよ。アベルに別に害意を持ってるみたいじゃなかったですし……」

ふ、普通に諭されてしまった。

「い、いや、その、結婚相手予定だった、妹なんだ。ほら、ずっと前にちらっと言っただろ?」

「…………」

メアの表情がふっと消えた。

「メ、メア?」

「……本当にアベルにそういう気持ちがないんだったら、こそこそしなくてもばっさり断ったらいいんじゃないですか? しっかり切っておいてあげてほしいです。メア、後に引き摺ってもやもやしたくないです」

メアがぎゅっと俺の袖を掴んで言う。

指が妙に力んでいて怖い。

心なしか、メアの護衛用オーテムも、彼女の背後から俺を睨んでいる様に見える。

「や、やっぱりそう?」

俺は小声で漏らし、そっと木箱から顔を上げて周囲を見る。

「だってアベル、あの娘から逃げて来たんですもんね? それにアベル、メアに、好きって言ってくれましたもんね? ずっと一緒にいてくれるって、言いましたよね?」

メアが確認する様に言う。

「あ、ああ、言ったし、今でも勿論本気だけど」

「じゃああの娘にもそれ、伝えてくださいよ! できないんですか?」

俺はそっと無言で頭を抱えた。

「わかりました! アベルが言ってくれないなら、メアから言いますもん!」

メアが拗ねた顔のまま木箱から立ち上がる。

俺も膝立ちになり、メアの肩へと縋る様に掴んだ。

「ちょ、ちょっと! 俺にもその、心構えとかがあって……! わかった! 言う、俺から言うから! ……ん?」

路地裏を一体のオーテムが駆けてきた。

俺を見るや、ぐるっと顔の向きを変える。

「しまっ……!」

オーテムから魔法陣が展開される。

転移の魔法陣だ。

この系統の魔術は予め術式をつけておいたところにしか転移することができないが、オーテム内に刻んでおけば、移動させたオーテムの傍へ飛ぶことができる。

古いマーレン族が戦地でよくやる手だったと文献に残っていたのを、大昔にジゼルに教えた自信がある。

一瞬魔法陣内の術式を出鱈目に書き換えてしまおうかと思ったが、それをすると最悪ジゼルが怪我をしかねなかったのでさすがに思い留まった。

ジゼルの姿が現れる。

その場に一回転しながら登場し、オーテムを手に取った。

逆の腕の脇には妙な魔導書を挟んでいる。

中身が気になるところだが、まぁそれどころではない。

「し、しばらく見ない間に成長したな、ジゼル。実践的な魔術の使用ができるようになっているじゃないか。俺は嬉しいぞ」

これだけできたら、シビィやノズウェルどころか、父よりも上だろう。

オーテムの動きもかなり速かったし、恐らくあのオーテムと視界を共有する魔術も使っていたはずだ。

旅の道中で必要に駆られて身に着けたのだろうか。さすが俺の妹だ。

「ありがとうございます。兄様に褒めていただけてとても嬉しいです」

ジゼルが俺を見て、にっこりと笑顔を浮かべる。

俺も釣られて笑う。よかった、思ったより怒っていなさそうだった。

「……それで、どうして、逃げたのですか兄様?」

訂正しよう。

目は笑っていなかった。

あれだけ意気込んでいたメアも、ジゼルを見てやや顔を引き攣らせ、静かに身を引いていた。

「そ、それは、今的な意味でか、ちょっと前の的な……?」

「茶化すのは止めて欲しいです兄様」

俺はジゼルとしばし目を見合った。

だが、じっと俺を見る目の力に負け、合わせているのが辛くなってそっと逸らした。

ジゼルの視線から逃れる様にメアを見る。

メアは呼吸を整え、前に出るタイミングを計っているようだった。

「ほ、本当に無理しなくていいぞ」

俺はメアの肩を掴む。

さすがにジゼルが目前まで来たのだから、俺も覚悟を決めよう。

これ以上は逃げても仕方がない……というか、俺も思わず逃げてしまっただけなのだ。

もう一度ジゼルを見ると、今度はメアをじっと観察する様な目で見ていた。

そのとき、ジゼルの持つ魔導書が微かに光った。

ジゼルが俺とメアから目線を外し、オーテムを床に置いて脇に抱えていた魔導書を開く。

「大丈夫です、シムさん。私は、兄様のことを信じていますから。……シムさんが成仏できるためにも、私、頑張りますから」

開いたページへと優しく微笑み、そっと魔導書を閉じる。

……なんだ、あの魔導書は?