軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二十九話 それぞれの動向②(side:ジゼル)

「随分と遠回りをしましたが、どうにか辿り着きましたね……」

ジゼル、シビィ、リルのマーレン族三人組は、ついにファージ領の領主であるラルクの住まうラッセル村へと訪れていた。

既に空の色が夕暮れから暗闇へと変わりつつある時間帯であった。

ジゼルが急かすために道中はなかなかハードなスケージュールとなり、シビィとリルはくたくたになっていた。

「ようやくここにアベルさんがいるのか。随分と苦労させられましたね。ついでにアベルさんに、迷子になったフィロさんの捜索も手伝ってもらおう」

シビィがげんなりと口にする。

「シビィさん、まだですよ。アベルお兄さんがまた逃げるかもしれませんし、しっかりと不意を突いて捕まえなきゃ……」

リルの言葉に、ジゼルの肩がぴくりと震える。

シビィが咄嗟にリルの口を手で覆った。

「むっむぐぅ!」

「ちょ、ちょっとリルちゃん、ジゼルちゃんのトラウマ刺激するようなこと言わないで……」

シビィがリルに耳打ちする。

リルがこくりと小さく頷き、手で十字を切った。

「……大丈夫ですよ、リルちゃん。兄様は、きっと、ちょっとびっくりしちゃっただけです。合わす顔がなくて、戻って来れないだけなんです」

ジゼルが自分に言い聞かせる様に言う。

「そ、そうですよね……ごめんなさい、変なこと口にしちゃって……」

リルが引き攣った笑みを浮かべながら誤魔化す。

「ええ、そうです。シムさんもそう言ってくれています。だから、そうなんです。シムさんはいつだって正しいことを教えてくれますから、そうに違いないありません」

ジゼルが手にした魔導書を抱き締め、恍惚とした表情でそう零す。

「……シビィさん、あの魔導書、本当に大丈夫なんですか?」

リルが小声でシビィへと尋ねる。

シビィはそっと目線を外し、聞かなかった振りをした。

「シビィさん?」

正直、シビィも魔導書シムには不穏なものを感じていた。

しかし、ジゼルが全く聞き入れてくれない上に、常に持ち歩いているのかジゼルの姿が見えないときにはどこにも見つからないので、どうすればいいのかまったくわからないのだ。

ただ、アベルと合流さえ果たすことができれば取り上げて焼き払ってもらうこともできるはずなので、そう急いて対処する必要もないか、と考えていた。

とにかくアベルに見てもらって、危ないものだと判断したならばその場でアベルなら処分してくれるだろうという確信がシビィにはあった。

「と、とにかく、アベルさんを捜そう? あ、ほら、向こうから人が来ますよ。ちょっと尋ねてみましょう!」

シビィはそう言うと足を進める。

前方からは三人の魔術師が来ていた。

三人とも同色のローブを纏っており、何らかの同一団体に所属しているらしいということが外見から窺えた。

男が二人、ノワール族らしき背の低い女が一人だった。

「まさか団長が駆け落ちするなんてなぁ……てっきり人間に興味ないんだと思ってたよ。あの人、人格は置いといて魔術師としては恐ろしく優秀だったのに、ここの地、大丈夫なんだろうか」

「……俺はせっかくだから後一ヶ月は戻ってこなくていいかな」

男の一人が言い、もう一人が小さな声で応じる。

その会話を耳にしたシビィは、何となくこの時点で嫌な予感がしていた。

「ま、まぁ、気持ちはわかるけど、アルタ副団長が領地開発全部ストップしたって泣いてたの見ると、居たたまれなくてなぁ。ああ、でも、大量の引き継ぎ資料が見つかったんだったか?」

「……あーしも手伝ったけど、結局何一つ解読できなかった」

ノワール族の女がぼそりと口を挟む。

「ああ、やっぱり……」

「あの人、自分がわかることは他の奴もわかるだろうと信じてるからなぁ……」

三人が一斉に溜め息を吐き、沈黙に包まれる。

「…………」

シビィは三人の話を断片的に聞き、既にアベルについて質問する気がほとんどなくなっていた。

どう考えても三人の話す、魔術師としては優秀だが人格面に難があり、そもそも人間に興味がなさそうで、自分が理解できていることは他人も理解できていると信じている、女と駆け落ちして領地をほっぽり出して逃げ出した傍迷惑な『団長』とやらが、アベルだとしか思えなかったからである。

まだ確信には至っていなかったが、十中八九間違いなさそうだとは考えていた。

シビィは前に出たのと同じだけそろりそろりと後ろに下がり、結局何も尋ねることなくジゼル達との合流を果たした。

彼らの口にするの『団長』とやらの話をこれ以上聞きたくなかったのである。

ようやくシビィ達が苦心の末に辿り着いたファージ領・ラッセル村から更に移動していたどころか、明確に駆け落ちしたという話が出ていた。

どう足掻いてもジゼルにとってタブーである。

彼女が何を言い出すのかわかったものではなかった。

内心アベルに対して『マジでいい加減にしてください』と考えていた。

さすがに十字を切られても易々とは許せないところまで来ている。

「シビィさん、どうしたんですか?」

ジゼルが不思議そうに尋ねる。

「いえ、そ、その、な、なんだか凄く嫌な予感がしまして。今日のところは、とりあえず宿を取って休みましょう! そうするべきです! お願いですから、そうしてください!」

「……ん? もしかして、団長の同郷の人か? 雰囲気っていうか、容姿が随分と似てるみたいだけど」

偶然にもシビィ達の方へと寄ってきた魔術師の三人組が、向こうから陽気に声を掛けてきた。

彼らの発言で、シビィの中でも明確にアベル=団長説が確定してしまった瞬間であった。

シビィは目眩がして頭を押さえた。

「兄様……私の兄の、アベルのことですか?」

ジゼルが詰め寄ると、魔術師の男が照れた様に笑う。

「妹さんか。まさか団長に、こんなに美人の妹さんがいたとはなぁ」

シビィは人知れず、頼むから余計なことを言ってくれるなよと念を送っていた。

「ただ、残念だったなぁ……団長、女の子連れて逃げちゃったそうだ。行き先については何も書いてなかったし、いつ帰ってくるかもわからねぇよ」

ジゼルの表情がすぅっと消えた。

シビィは両手で顔を覆った。

「それ、いつのことですか?」

ジゼルが冷たい声で尋ねる。

「え、あ、いや……つい三日ほど前のことだけど……。ああ、そういえば、嬢ちゃん達と同様に、団長に会いに来たマーレン族の女の子がいるんだよ。確か、フィロっていってたってけなぁ、知り合いか?」

「ああ、フィロさん、先にこっちに来てたのか」

シビィは安堵の息を漏らす。

状況は最悪だと思ったが、フィロが見つかっただけまだマシであった。

「……そのフィロさんは、いつこちらの村へ?」

「ええと……一週間くらい前だったか?」

場の空気が凍った。

アベルがファージ領を去る前に、フィロと顔を合わせていることは明らかである。

「まぁ、詳しいことは本人から聞いたらいい。せっかくだから、あの子がいるところまで案内しよう」

「……ありがとうございます。是非、フィロさんのところまでお願いいたします」

ジゼルが人形の様な笑みを浮かべながら男へと返す。

シビィはジゼルの手の爪が魔導書シムに食い込んでいるのを、諦観の入った目で眺めていた。