作品タイトル不明
二十三話 ドゥーム族の襲撃③
「はぁ!? アベルちゃん、ちょっと何言い出してるの? え、本気? 嘘でしょう?」
ペテロが席を立ち上がり、俺の肩を掴む。
「落ち着いてくださいペテロ様!」
ミュンヒが立ち上がり、ペテロを止める。
「……すいません、ペテロさん、大事な話なのでちょっと控えめのボリュームでお願いします」
俺は口の前で指を交差し、バッテンを作ってペテロを諫める。
俺はメア、ペテロ、ミュンヒの四人で、ファージ領内にある酒場『小人の隠れ家』を訪れていた。
本当は大事な話なのでまたラルクから地下室を借りた方がよかったのだろうが、あそこはちょっと大げさだし、ラルクにも用意してもらうのが悪かったので、もう居酒屋で済ませることにしたのだ。
話が漏れる恐れはあるが、話し合いが多くなってくると面倒さが勝ってきた。
「だだ、だって、アナタ、わかっているのかしら? この時期に雲隠れしたいって、それはないでしょう! ダメよ、ダメ、ダメに決まってるでしょう! あんなにファージ領に兵器拵えて、さぁ準備できたぞって状況で全部放り出してしばらく別の地で身を潜めたい!? ジュレム伯爵がいつ動くのか、わかったもんじゃないのよ! おまけに理由が、妹と顔を合わせたくない? アナタ、ちょっとあの怪人を舐め過ぎよ! 家族なんでしょ? 適当に和解しときなさい!」
びっくりするくらい超正論だった。
ペテロがここまで怒っているのは初めて見た。
今次の瞬間に胸倉を掴んできてもおかしくはない剣幕だった。
「兄妹喧嘩で世界を滅ぼすつもりかしらアベルちゃんは? ジュレム伯爵は、本当に、そんな状態でどうにかなる奴じゃないのよ! 頼むわよ……あんまりこういう言い方をしたくはないのだけれど、ワタシはアベルちゃんに王国資産並みの金額を出資してるのよ? ね?」
「はい……」
「アナタもクゥドル神を怒らせたくはないでしょう? クゥドル神は、アナタを戦力として見込んでいるから見逃してくれているのよ? それをこんなことで裏切ったら、何されてもおかしくないわよ?」
「その通りです……」
ぐうの音も出なかった。
むしろ何故俺は一旦ファージ領を離れていいと思っていたのか。
「頼むわよ……。このタイミングで、余計なことをしないでちょうだい? ジュレム伯爵がアベルちゃんをどう捉えているのか、そもそもどの程度把握しているのかはわからないけれど……今、アナタが役目を放り出して雲隠れなんてしたら、間違いなくジュレム伯爵の思うつぼよ?」
……別に必要に応じて魔術でどうにか高速移動して、戻ってこれないことはないんだけどな。
クゥドルは精霊だから召喚が利くので、重要な情報伝達が遅れることもない。
ただ、万が一の事態を潰しておきたいというペテロの言い分もわからないでもないが。
「そもそも、このタイミングでアベルちゃんを移動させること自体がジュレム伯爵の策謀かもしれないわよ。そのフィロって娘、本物なのかしら? 実は偽物だったりしない?」
「それはあり得ません……考えすぎですよ。フィロはフィロですから」
「その娘、操られたりしていないかしら? ワタシみたいに、意図せずジュレム伯爵の思惑に加担させられている可能性もないわけじゃないわよ」
「いやぁ……そんなはずは」
ペテロはジュレム伯爵の事となると、どうにも深読みし過ぎな様に見える。
しかし、それも無理もない。
一度目の接触では教皇からリッチ紛いの化け物へと生き方を正反対にへし曲げる羽目に陥り、二度目の接触ではそうまでしてクゥドルを復活させたことがジュレム伯爵の思惑通りだったと知らされたそうだ。
常人ならば、その時点で心を折られて腑抜けになっていてもおかしくはない。
クゥドルという希望があるからとはいえ、未だにジュレム伯爵へ立ち向かう気概を持っているのはかなりの強メンタルだ。
「……仕方わないわ。どんなにしょうもない兄妹喧嘩でも、ワタシのできる範囲で協力してあげるわ。だから、余計なことだけはしないでちょうだい」
ペテロが疲れ果てた様に深く息を漏らす。
「はい……」
内心、今の状態でジゼルに会ったらそれこそジュレム伯爵どころではなくなってしまいそうだと思っていたのだが、ペテロに納得してもらうのは難しそうだったので、説得は諦めることにした。
「そう……アベルちゃんとクゥドル神さえいれば力押しでどうとでもなると思ってたけど、そういうふうに攻めてくるのね……はぁ……」
ペテロが店の天井を見上げながら、力なく呟いた。
「……なんでも疑いたくなるペテロさんの気持ちもわかりますけど、人の家庭の問題を勝手にジュレム伯爵のせいにしないでください」
メアが居心地悪そうに、店から出された水を呑んでいた。
喉が渇いたわけではないだろう。
メアはさっきから、コップにわずかに残った水を少しずつ少しずつ飲んでは、手持無沙汰なのを誤魔化している。
「店主よ、失礼させていただく。こちらに我々と同胞の娘がいると聞いたのですが……」
扉の方から、声が聞こえて来た。
妙な言い回しだとは思ったが、それが誰を指しているのかはわからなかった。
ただ声を聞いた瞬間、メアの目が見開き、顔が扉の方へと持ち上がっていた。
だから何となく、メアの知人なのだろうと察した。
「メア、知り合いか?」
俺も言いながら、扉の方へと振り返る。
ローブを纏った、ドゥーム族の集団が立っていた。
「デフネおじさん……?」
メアが呟く。
ドゥーム族集団の先頭に立っている男がメアを見てから、仲間達へと目配せした。
「……間違いない、メア様……いや、赤石ですね」
再びメアへと向ける。
「ど、どうして、嘘、なんで、デフネおじさんが……」
大分ショックを受けている。
まずい、メアは以前、ドゥーム族に後を付けられていると知っただけで身体の不調を起こすほどのストレスになっていたのだ。
一か所に留まること事態、避けるべきだった。
俺は席から出て、彼らの前に立った。
「今更、メアに何の用ですか? メアから話は聞いていますよ。転んで剝がれる様な魔力結晶がないくらいで部族ぐるみで嫌がらせするなんて、随分ドゥーム族は後進的なんですね」
先頭に立っている、この場のリーダーらしき男が、手にした槍の尾で床を突いた。
鋭い音が店内に響き渡り、店全体が静寂に包まれた。
「マーレンか。形は違えど、いつの時代も我々の前に立ち憚るのですね。運命の様なものを感じますよ。歴史上、我々は三度マーレンに大敗しておるそうですが……しかし、我々を見縊らない方がいい。囲んで嬲る趣味は持ち合わせておりませぬが、この人数差もある。刃向かわなければ、あなたに手出しをする気はないのですがな」
この男が、メアからデフネおじさんと称されていた男だ。
「……ここだと店に迷惑が掛かる。外に出てきてもらえますかな? どの道もう、逃げられなどはしませんぞ」
俺はメアの足許に、以前俺が護衛用につけたオーテムが残っていることを確認する。
滅多なことでは突破はされないはずだが……。
「ペテロさん、すいませんが、今日の話し合いはここまででお願いします」
俺はそう言って席を立ち、デフネを睨んだ。
四十代半ば辺りの、やや冴えない風貌の男だ。
先程槍の尾で床を突いたとき、凄い音が鳴っていた。
大柄なわけではないが、とんでもない膂力を秘めている。