作品タイトル不明
十三話 ファージ領三大兵器⑤
俺はメア、アルタミアの三人で、ファージ領内にある酒場『小人の隠れ家』を訪れていた。
この世界では別に酒に年齢制限はない。
一つの目安として、十六歳を超えておいた方がいいという風潮はあるが、その程度の話だ。
もっとも酒を飲みに来たわけではない。
明るい内は店も空いており、食事も美味しく腹に残るものも多いため、昼食にちょうどいいのだ。
昼食としてはやや値が張ってしまうのが難点だが、このくらいの贅沢はいいだろう。
今回はランチと共に、アルタミアへの 魔導携帯電話(マギフォン) のお披露目を兼ねていた。
俺は死んだ目で魚のパイを齧る。
魚型にこんがりと焼かれ、なんと鱗の質まで再現された芸術品だったのだが、今の俺に外見を楽しんでいる余裕はなかった。
香草の香りが心地いい。パイ生地が胃に染み入るような感覚がして、幸福感に満たされていく。
空腹は最高のスパイスとはよくいったものだ。
俺は昨日アルタミアに 魔導携帯電話(マギフォン) が完成したと言い張ってしまっていたため、飲まず食わず寝ずで強引に形にしていたため、正直腹が減っていた。
昨日、 月祭(ディンメイ) の会議を終えてお疲れの様子だったリノアに「ちょっとしたバイトしないか?」と協力を依頼したのだが、全力で走って逃げられてしまったのが痛かった。
「大丈夫ですかアベル……? あんまりがっつくと喉に詰めちゃいますよ」
「ね、アベル、そんなパイにがっついてないで、アレは? アレはどうなったの? 調整は終わったのよね?」
アルタミアが凄いグイグイと来る。
俺は手を拭き、ポケットから徹夜で形にした 魔導携帯電話(マギフォン) を取り出し、机の上に置いた。
外観は腕時計に似ている。簡素な革ベルトに、魔鉱石で作った円盤が設置されている。
「わー! なんだかキラキラしててすっごい綺麗ですね!」
メアが純粋に目を輝かせている横で、アルタミアが獲物を見つけた豹の様な眼差しを浮かべていた。
魔導携帯電話(マギフォン) の何がアルタミアをそこまで駆り立てるか。
「これ、これ、どうやって使うの? ね? ね?」
俺は再びパイに齧りついていたため、無言で掌を向けてアルタミアを静止した。
アルタミアは 魔導携帯電話(マギフォン) を握り締めながら俺に顔を近づけ、至近距離からじっと睨んできた。
……本当に喉に詰まりそうになるから止めてほしい。
口に含んだ分を胃へと追いやってから、ゆっくりと水を呑む。
うむ、この瞬間が至福のときである。
「ふう……」
俺がもう一度食器に手を伸ばすと、身を乗り出したアルタミアに手首へ手刀を落とされた。
「アンタ、私焦らして遊んでない!? わざとやってるでしょ!?」
「ちょ、ちょっと、アルタさん! アベルは本当にお疲れで……!」
メアがあたふたと立ち上がり、アルタミアを止める。
その様子にちょっと罪悪感を覚えた俺は、やや頬が赤くなるのを感じつつ、顔を伏せ気味に謝罪した。
「……ごめん、ちょっとだけ遊んでた」
確かに腹は多少減っていたが、俺は元々かなり食が細いので、既に満足していた。
元々ボリュームのある料理だったのだが、空腹に釣られて勢いで大きめのサイズを選んでしまった。
食べきれないかもしれない。そのときはメアに手伝ってもらおう。
「アベル!?」「やっぱりじゃない!」
アルタミアが腕を伸ばし、俺の襟元を掴む。
「ちょっと待って! 苦しい! 普通に苦しいから!」
「や、やめてあげてください! ほら、ちょっとしたアベルの冗談じゃないですか! えっと……お店に迷惑掛かりますし! ね? ね?」
俺はアルタミアから解放された後、周囲を軽く確認した。
ちょっとバタバタしていたので迷惑に思われたかもしれない。
……と思ったのだが、疎らな客も、俺達よりも別の場所、奥側の席に目を向けている様だった。
何やら大きな声が聞こえる。酔っ払いが真昼から騒いでいるらしい。
どこの世界にもああいう奴はいるものだな……。
「腕に着けて、魔力を込めるだけですよ。後は内部の魔術式が反応します」
俺の説明通りにアルタミアが 魔導携帯電話(マギフォン) を腕に巻く。
「で……こうしたらいいの?」
魔鉱石の円盤が輝き、魔法陣が円盤上に展開され、そのさらに上に円状の画面が出現した。
「きゃっ!」
アルタミアが驚いた様に顔を離し、それから恐る恐ると目をやる。
ホログラムである。
これはステータスの魔法と同原理なので、そこまで手間は掛からなかった。
円状の画面には『電話』、『メッセージ』、『カメラ』、『ステータス確認』、『カレンダー』、『メモ』、『ブロック崩し』が入っている。
近日『SNS』と『リルス盤』も追加予定である。
操作は画面に触れればいいだけだ。
「え、これ凄くない!? 超凄くない!? いつの間にここまで作ってたの!? これ 月祭(ディンメイ) で配ったらいいじゃない!」
アルタミアがあれこれ画面を触りながら興奮した様に言う。
俺は安堵した。どうにか誤魔化せてよかった。
全然ダメだと言われたらどうしようかと悩んでいたのだ。
「無理だよ、希少魔鉱石使っちゃったから量販に向かない、低コスト化する必要がある。あと、一個一個魔術式刻むしかないから、人材費が恐ろしく掛かる。今以上にペテロさんから金を集るのはさすがに可哀想すぎるぞ。そもそも、魔力波塔経由しないと使える距離が村一つ分くらいで意味がな……」
「いや、元絶対取れるわよ!? うわっ、なにこれ! ちょっと待ってこれどうしたらいいの?」
「あ! これメア得意ですよ! こうやったら下のバーが動くんです!」
アルタミアとメアがキャッキャと燥いでいる。
これでアルタミアはクリアした。
明日からはしばらく、これで少しはスケジュールに余裕ができる。
手が付けられなかった部分にも手が付けられる。
「今これ、何個あるの? ねぇ? ファージ領内なら繋がるのよね? 今からちょっとアンタの持ってる 魔導携帯電話(マギフォン) に繋げてみるから、応答してみなさいよ!」
「えっ……それだけだけど」
「どこにもこれで連絡取れないの? 意味ないじゃない! ちょっと私も手伝うから、とりあえず二十個くらい用意しましょうよ!」
「おん?」
ちょっと待ってくれ。
現状だと一つ作るだけで本当に時間が掛かるんだ。
勘弁してほしい。
「ア、アルタさん! その、アベルは本当に忙しくて……」
「アンタら最近どっちも忙しいんでしょ? 数揃って二人共常備できるようになったら、どこでも連絡できるようになるわよ?」
「ア、アベル……ちょっとだけ数作ってみません? ね?」
図ったな魔女め……!
一瞬でメアを抱き込みやがった。
俺が頭を抱えて考えていると、また奥の方から酔っ払いの叫び声が聞こえて来た。
「違う! 我は腹が立っておるのだ! 決して悲しんでおるわけではない!」
本当に迷惑な奴もいたものだ。
店から追い出した方がいいのではないだろうか。
さっきから怒鳴りっぱなしだ。ちょっと反省させた方がいいぞこれは。
「シュウさん、落ち着いてください。昼とはいっても、他のお客さんもいますから……」
「貴様にその様に馴れ馴れしく呼ばれたくなどない!」
収集家だった……。
メアとアルタミアは 魔導携帯電話(マギフォン) に夢中で、あまり気には留めていないようだった。
俺が収集家のいる方を見ていると、ぽんと肩を叩かれた。
振り返ると、浅黒い痩せ型の男が立っている。
錬金術師団の団員の一人、ジャガーである。
「団長に副団長に、メア様までお揃いじゃねぇですか」
「あ、ああ、ちょっと魔法具開発の打ち合わせをな」
ジャガーの笑みが歪んだ。
巻き込まれると一日潰れるとでも思っているのだろう。
「そ、そんなことより、聞きました? フラれたらしいですぜ、あの酔っ払いゴロツキ」
俺は思わず咳き込んだ。
収集家は確か、元商人のイリスの紐になっていたはずだが、ばっさり振られたらしい。
「あの娘さん、元々ずっとファージ領にいるつもりはなかったらしい。ちょっと休憩したから、復帰するために都会に行くっつって、ファージ領であれこれ買い込んでから出発しちまったよ。あのゴロツキがついてくって言ったら、遠回しに邪魔になるから来ないでくれと返したらしい」
ジャガーがニヤニヤ笑いながら話す。
ひ、悲惨……。
結構仲良さそうに見えたんだが、そういう感じだったのか。
いや、そういう感じにもなるか。
剣買ってもらってからも、全然何もしてなかったらしいし。
「団長知らなかったんですね。ここ、昼なのにいつもよりちょっと人多いでしょ? アイツ誰に対しても偉そうな上に口だけで何もしないし、そのクセ妙にモテるから恨み買ってて、嘆いてるところを遠まきに見るために来てる奴も多いんですよ」
……お前もそのために来た口じゃないだろうな?
俺は周囲を見る。迷惑がっているというより、楽しんでいる雰囲気の客ばかりだった。
マジでそれは陰湿だから止めてやれ。
あいつが本気で怒ったらどうなっても知らんぞ……。