作品タイトル不明
四十一話 教皇サーテリア⑥
聖都リヴアリンの街を覆う壁を、小型木偶竜メツトリが越える。
街の方で、下から俺を見上げるリーヴァラス人達の姿が見えた。
さすが聖都、行き交う人達も、リーヴァイ教のローブ姿の連中ばかりだ。
ディンラート王国は国教以外の他宗教に対しても寛容で、クゥドル教の教会図書館にもウェゲナー冒険記を並べるような大雑把な国だ。
教皇が国のトップに立っているリーヴァラス国は、ディンラート王国に比べて宗教に対する意識が高いのだろう。
「な、なんだ、あれは?」
「ゴーレム……? まずいんじゃないのか、あの恰好……明らかに、我々の同胞には思えないが」
聖都の連中の大半は、まだ何が起きたのか、理解できていない様子だった。
俺達が中央の宮殿へと向かっているのがわかると、さすがに放置できないと理解したらしく、頭上へと杖を向け、水球の魔術を行使する魔術師も現れ始める。
だが、魔弾が木偶竜メツトリの高度に達する頃には俺達はその先を進んでいるため、当たることはない。
仮に届いたとしても、あの程度の魔術がメツトリの結界を貫通できるはずがない。
警戒する必要は、何一つない。
「お、おい、アレ、本当にマズイぞ! どこの教派の連中だ! このままでは、宮殿の水路を跨ぐぞ!」
「止まれ、不届き者が! 止まれ! 狙いは、サーテリア教皇様か!」
「誰か、何をしてでも止めろ!」
騒ぎは大きくなっていくが、向こうは走って追いかけて来るだけだ。
間に合うはずもない。向こうも、追いつけるとは思っていないはずだ。
少し走って、早々に諦めて絶望した目で遠くから俺を睨んでいる。
迎撃も、特に増えることはない。
情報伝達が済んだ頃には、メツトリはその先を飛んでいる。
「ここまで圧倒的だと、いっそ可哀想になってくるわね……。これ、決めたその日に乗り込んじゃっても、ごり押しでどうとでもなったんじゃないかしら?」
ペテロが後方の遠くへと目を向けながら、他人事のように呟く。
俺は頼まれたから来ただけだし、メアも巻き添えをくらわないように来ただけだから、一番の張本人はペテロなんだけどな。
ついに、メツトリが宮殿への行く手を阻む水路を跨いだ。
宮殿は縦長で、塔、といったしっくりと来る印象だった。
高さは、三十メートル近くはあるだろう。
「水路の中は、サーテリアの世話係や護衛を含め、リーヴァイから選ばれた人間しか入ることはできない決まりになっているから、そう人員は多くないはずよ。内側に入ってしまえば、こっちのものね」
宮殿の中央部には、建物を囲う様に設計されたバルコニーがあった。
バルコニーには石板が四つならんでいる。
石板の表面には魔術式が刻まれ、上部には魔石が埋め込まれている。
その前方に、五人の魔術師達が立っていた。
五人の先頭は、坊主頭の背の高い男だった。
「な、なんですか、あの人……」
メアが坊主男を見て、脅えた様に言う。
その反応も無理はない。
坊主の男に眉はなく、目の周囲は紺色の入れ墨で縁取りされており、額には三つ目の瞳が入れ墨で刻まれている。
顎には、水色のピアスを付けていた。
他の教徒と比べても、明らかに異様であった。
「これ以上、あの異教徒の侵入を許してはならぬ! これはっ、我らが主、リーヴァイ様より、私が賜った御言葉である! 我々は、命に代えても、これを果たさねばならぬ!」
やはりあの顎ピアス男が五人の頭目格らしく、他の教徒達は、淡々と魔法陣を紡いでいる。
「あの男……マレビアル!? そんな、奴は、別の危険教派のトップだったはずよ。まさか、あの男が、サーテリアの教派についていたなんて……」
ペテロが驚いた様に言う。
「し、知っているんですか?」
メアが問うと、ペテロが頷く。
「ええ、端的に言えば、マレビアルは狂信者よ。彼の率いていた教派は、日に十二回の祈りと、厳しい戒律を教徒に強いていたわ。それを破った教徒には、場合によっては死を持って償わせることもあったそうよ。簡単に教派を鞍替えするような男だとは思えないけれど……」
マレビアルの背後では、四人の魔術師が精霊語の詠唱を始めていた。
それに呼応し、石板に埋め込まれた魔石が輝き始める。
「アベルちゃん、デカイのが来るわよ!」
ペテロがそう叫んだのと同時に、マレビアルが大杖を掲げた。
「さあ、我らの信仰心によって、異教徒共を焼き払うのだ!」
マレビアルの大杖の先端に魔法陣が展開される。
「 বজ্র(雷を) !」
その詠唱と同時に、魔法陣の中央から放たれた光の塊が、木偶竜メツトリへと襲い掛かる。
だが、雷撃はメツトリの手前で、結界に阻まれて掻き消える。
「……確かに被弾までの速度は多少マシだけど、あれだけ大層に準備して、そんなもんか」
俺は杖を構え、マレビアルへと向ける。
マレビアルは生気を感じさせない爬虫類の様な目つきを一転させ、眼球を飛び出させんがばかりに俺を睨み、身体を固まらせる。
彼の部下も、杖を掲げた姿勢のまま、誰一人動かない。
マレビアルが沈黙を破る様に、声を張り上げる。
「おっ、お前達! もう一度、迎撃魔法の準備をしろおっ!」
「マレビアル様、無茶です! だって、だって、今……!」
「そんなことはあり得ぬ! この石板は、リーヴァイ様がこの塔を守るためにお造りになったものだ! これを以てして、できぬことなど、この世にありはしない! 仮に失敗したのならば、お前達の内の誰かの、信仰心が足りなかったからなのだ! 今この場で心を改めよ!」
「そ、そういうレベルじゃありませんでしたよ! 焦げ目一つついてないじゃないですか! 無理ですよ、これじゃあ!」
何やら揉めているようだった。
マレビアルと部下が言い争いを始めた。
見るからにマレビアルの機嫌が悪くなっていき、坊主頭に青筋が浮かんでいく。
「これとはなんだぁっ! リーヴァイ様が直々にこの聖地をお守りするためにお造りになった石板に、これとはぁっ! これじゃあ無理とは、どういうつもりだぁっ!」
「しし、しかし、しかし……現実に、無理だったではないですか!」
「それは貴様に信仰心が足りなかったからだと、何度言わせる!? 異教徒に思い知らせてやるのだ! 我々の信仰心が、こんなものでは済まないことを……!」
俺はペテロを振り返る。
「……あれ、やってもいいんですよね?」
「別に駄目な理由なんてないけど……宮殿、まだ倒さないでちょうだいね」
俺は頷き、前に向き直った。
「 বজ্র(雷よ) এই হত(球を象れ) 」
杖先に電気を溜め、球状に留める。
威力を小突く程度に押さえ、マレビアル達の立つバルコニーへと放つ。
電撃の光が爆ぜ、バルコニーが半壊する。
立っていた魔術師達が壁に背を叩きつけ、石板が崩れた床を重量で押し潰し、そまま下へと落ちていく。
俺はそのまま、バルコニーの崩れていない部分へと、メツトリを着地させた。
俺はメツトリから降りて、バルコニーの上に立つ。
「では、手早くサーテリアを捜しましょうか」
倒れ込んでいた血塗れのマレビアルが、自身の顎のピアスに指を掛け、下へ降ろして肉を引き千切った。
突然の奇行に驚いたが、どうやら意識を激痛で呼び戻すために行ったようだ。
「い、異教徒めが……この私を、そう容易く退けられるとは思うなよ……! 例え敵わず首だけになったとしても、貴様を噛み殺してくれる……」
血走らせた目を俺に向けながら折れた大杖を握りしめ、立ち上がる。
「……マレビアル、何をしているのですか?」
宮殿内部から、女の声が聞こえる。
マレビアルはその声を聞くと、顔を青くする。
「な、なりません、サーテリア教皇様! 今は、異教徒が……いえ、悪魔が! 此度は、リーヴァイ様の御力が必要です! 早急にこの場を離れ、準備を……!」
「以前に、マーレン族の来訪者があれば宮殿内に招くよう、伝えたはずですが?」
「そ、それは、やはりなりません! それにリーヴァイ様も、もしそんなことがあれば、何に代えても阻止せよと……! と、ともかく、教皇様はこちらを離れてください!」
「まだリーヴァイ様は往生際悪く、その様なことを」
呆れた様な声に続き、宮殿内から、女が姿を見せる。
背に垂れる程長い青の髪に、青の祭服、背丈ほどある長い権杖に、魔石の埋め込まれた教皇冠。
ペテロから教えられていた外見と一致する。
ぱちりと、翡翠色の綺麗な瞳が、俺の顔を見て瞬きする。
「マレビアル、倒れた部下達を運び、下層へ降りなさい」
「し、しかし……」
「……リーヴァイ様が、先程出された御判断です」
「それは……い、いえ、そうでございましたら……」
マレビアルはサーテリアへと疑いの目を向けたが、しかし、特にそのことを口にすることはなく、この場から引き下がった。
気絶した部下達を運ぶ人手を呼びに向かったらしい。
「……アベル様、メア様、ペテロ様、ですね。お初目に掛かります、リーヴァラス国の現教皇を務める、サーテリアと申します。アベル様のお話はかねがね、リーヴァイ様より窺っております。いずれこの聖都へ来てくださるものだと、思っておりました」
サーテリアが丁寧に頭を下げる。
「え……あ、いえ……」
俺は対応に戸惑い、ペテロを振り返る。
思っていたのと違う。
サーテリアの態度は、卑屈ささえ覚える。
ペテロもメアも呆気に取られた表情を浮かべていた。
だがペテロはすぐに我に返った様に、俺の杖を指差した後、杖を握るジェスチャーをして振り回す。
とっとと捕まえてしまえ、ということだろうか、いや、しかし……。
俺は沈黙に耐えかね、前を向き直る。
サーテリアが俺と目を合わせ、人のよさそうな笑顔を浮かべ、それから表情を悲痛に歪める。
「……まずは、リーヴァラス国を代表し、謝罪をせねばなりません。長く、私の部下と、我が国の教神であるリーヴァイが、ご迷惑をお掛け致しました。心や体に深い傷を負った方や、もう戻らなくなってしまわれた方もいらっしゃることでしょう。民衆を導き、神と人を繋ぐ教皇として、彼らの暴走を止められなかったことを、深くお詫び致します」
サーテリアが、重ねて深く頭を下げる。
何の言葉を返せばいいのか、さっぱりわからない。
下手なことを言えば、なんかこう政治的な発言として取られ、後々とんでもない立場に立たされたりしないだろうか。
なんだか背中が気持ち悪い。
変な汗出てきた。
そもそも彼女は、本物のサーテリアなのか、偽物なのか。
油断させるために、偽物が出て来た可能性はある、というかそっちの方が高い。
本物ならば、後々どこからでも付け込まれそうな発言を、軽々しく俺達するだろうか?
それとも敵わないと悟り、早々に下手に出るつもりだろうか?
何にせよ、迂闊に信用はできない。
マリアスといい、ネログリフといい、リーヴァイ教連中の演技力には、これまで散々辛酸を舐めさせられてきた。
三度騙されるわけにはいかない。
「……あの、アベル様?」
サーテリアが、硬直してダンマリを続ける俺へと、不安そうな目を向け、一歩俺へと近づいた。
俺は手を前に出し、一歩後退した。
「も、申し訳ございません……警戒なさるのは、当然ですね……」
サーテリアが一歩退く。
「あ、いえ……」
どうしよう、何をどうすればいいのか、本当にさっぱりわからない。
さすがネログリフの上司だけはある。
まったく真意と狙いが見えてこない、完全にペースを掴まれた。
俺は判断を仰ぐため、ペテロを半顔だけ振り返る。
ペテロは人差し指で自分の首を切る動作をした後、おもむろに自身の首を絞め始めた。
その後、必死な目で『わかるでしょ?』と言わんばかりに、俺をチラチラと見る。
……ど、どうしろと?