軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三十五話

ラルク邸の隠し階段を降りた先、地下二階層には、机と椅子だけが置かれ、壁には絵画が掛けられた小部屋が存在する。

もう十年は誰も入っていないらしく、床も机も、埃塗れになっている。

「申し訳ございませんペテロ様……恐らく最後に入ったのが、先代が生きていた頃の大掃除以来でして……もう使うことがない部屋だとばかり……。形骸化した決まりですが、客人を除き、当主以外が立ち入らないことになっていまして……自分がすぐに掃除させていただきます」

ラルクが、ぺこぺことペテロに頭を下げる。

「構いはしないわ。こっちはそれどころじゃないのよ……それより、早く出て行って頂戴、ラルク男爵」

「は、はい……」

ラルクが頭を下げ、小部屋から出て行く。

ラルクが言うには、ここはファージ男爵家の秘密の会談室らしい。

ファージ男爵家の一代目当主である、ラルクの祖父が晩年に作らせたものらしい。

壁に刻まれた魔術式により、盗聴や傍受魔術に対する耐性を付与されている。

例の美術倉庫といい、ラルクの祖父さんはどうにも胡散臭い人物だったようだ。

「ペルテール卿……どうぞ、席についてください」

俺は机に肘を突いていた手を上げ、ペテロへと席を進める。

「アナタからそう呼ばれるとゾッとするから止めてほしいのだけど……なんていうの、アナタ、形から入るの、好きね」

ペテロが面から覗く口許を、うんざりとした様に曲げる。

「凄い! なんだかここ、ワクワクしますね! メア、こういう部屋、小説で読んだことあります!」

メアがきゃっきゃと、俺の横で騒いでいる。

お互い、一人まで付き人を付けていい約束である。

例によって、ペテロの傍にもミュンヒが立っている。

正直、ミュンヒさんは結構普通の人なので、ペテロの目指す、ジュレム伯爵討伐計画には荷が重すぎるのではなかろうかと思う。

最低でもアルタミアくらいは秘書に着けるべきではなかろうか。

まぁ、そこには深入りするまい。

それを言い始めると、ペテロ本人もぶっちゃけ力不足が否めない。

「大丈夫? その子、ぺらぺら喋らない? ワタシ、最近ちょっと国内で動き過ぎて、ディンラート王家からかなり疎まれてるみたいなのよ。あんまり下手なことされると、立場が危ういのだけど……」

随分と王家に圧を掛けていると思ったら、きっちり嫌われていたのか。

当然か。どうやらペテロもペテロで、現ディンラート王へと強引に許可を出させ、何やら怪しげなことを好き勝手にやっているらしかった。

元知恵と破滅の悪魔、今は俺が結界を張った倉庫で禁魔導書の解析奴隷をやっているゾロモニアも『ペテロの奴、犯罪者を勝手に牢から出して部下にしたり、妾の杖を強奪させる手引きをした後、自分の元に不正に横流しさせたりしておったぞ』とこっそり教えてくれた。

この人がやっていることに比べたら、俺がちょっと魔術の行使権限を出してもらったくらいのことは、可愛いものである。

「メアは、ペテロさんが裏切らないことよりはずっと信頼できますよ」

「アナタ……結構さらっと毒を吐く様になったわね」

ペテロさんが誤魔化す様に咳払いをする。

俺だって、ペテロに散々善意で協力した挙句、メア共々殺されそうになったことを忘れたわけではない。

あのとき、ペテロが最後に『メアは見逃してもいい』と言わなければ、俺も今の様な協力関係を取ってはいなかっただろう。

「しかし……そんなに立場危ういんですか?」

ペテロは俺のスポンサーである。

勝手に都落ちされ、利用価値を失ってもらっては困る。

権力があるからこそ、俺だってこの腹黒嘘吐きゲスオカマの野望に付き合ってやっているのだ。

「……表立っては何も言ってこないけど……王家に、どうにかワタシを王政から追い出せないか画策している動きがあるみたいなの。次期ディンラート王の第一候補、第四子シャルロット王女が難敵でね……これまでは目立った行動もなくて、頭もそんなによくないし、周囲から大して期待もされてなかったからワタシも放置してたんだけど……とんだダークホースだったわ。妙に正義感が強くて、ワタシを王国の暗部として敵視してるみたいなのよ」

ペテロが言いながら、頭を押さえる。

「ペテロ様……アベルにあまり弱みを見せない方が……!」

ミュンヒが慌ててペテロの口の前に手を伸ばす。

「そう、ね……クゥドル神の支配下失敗と伯爵襲撃が重なったから、ちょっと弱気になってたわ……」

ペテロが深く溜息を吐く。

ふうん、シャルロット王女か……面白いことを聞いた。

小難しい政治のことは俺にはわからないし、王族と関わることもないとは思うが、一応、覚えておいて損はないかもしれない……あれ、どこかで聞いたことがある気がするな。

「アベル……シャルロット王女って、例の、ガストン王女じゃないですか?」

メアが小声で俺へと耳打ちする。

「あっ」

第四子シャルロット王女……ガストンを噂だけ聞いて側近騎士に即登用し、箔付けのために自身の権力でゴリ押しし、勝手に伝説級冒険者に任命させた挙句、王都の大会でお披露目して赤っ恥を掻いた大馬鹿王女である。

あ、あの人、あれだけやらかしたのに、第一候補の座にいるのか?

え、俺か? 俺が別の王子の側近騎士だったブライアンを倒して引退に追い込んだのが、回り回ってガストンのフォローになったと聞いて喜んでいたが、まさかアレからもあの王女はハリボテの騎士のゴリ押しで突っ走っているのか?

こ、これひょっとして、俺のせい?

俺の顔を見て、ペテロが首を傾ける。

「どうしたのアベルちゃん?」

「い、いえ! なんでもありませんよ! なんでも! 俺、何もしてませんから!」

「そ、そう、ならいいんだけど……それより、世間話は置いておいて、本題に入らせてもらってもいいかしら、アベルちゃん」

ペテロが席に着く。ミュンヒもペテロと俺に礼をしてから、席に着いた。

俺は前傾していた姿勢を伸ばし、腕を組む。

「ペテロさん……今回はちゃんと、約束を守っていただけるんですね? 俺も、ペテロさんとは仲良くやっていきたいと思っているんですよ?」

「ええ……わかっているわ。アナタ相手に嘘を吐いたら、後が怖いもの。この場でしっかりと、正式に明言させてもらうわ。アナタが、リーヴァイとジュレム伯爵を討伐してくれた暁には……ワタシは、オルクノア大監獄に投獄されている重要犯罪者……ペンラート・ボンジュを、どんな手を使ってでも、解放してみせるわ。厳密には、現在は護送中だけれど」

ペテロは苦し気に、しかし力強い言葉でそう言った。

「それを聞きたかった」

俺は小さく頷く。

「アベルゥ!?」「ペテロ様ァ!?」

俺の横に座るメアと、ペテロの横に座るミュンヒが、驚愕の表情で立ち上がった。

「しょっ、正気に戻ってくださいアベル! なんで、なんでですかっ! 聞いてないですよ! メアが、メアがいてくれたらそれでいいって、言ってくれてたのに! いいじゃないですか今更! あんな小っちゃいお爺ちゃん!」

メアが椅子に座る俺の肩を掴み、身体を揺らす。

「だだ、だって! ゾロモニアが、ペテロは犯罪者を部下にするために監獄からスカウトしてたって言ってたから、じゃあ行けるんじゃないかって試しに押してみたら、なんかあっさりと……ああ! 止めて! これ以上は脱臼するから!」

メアが一心腐乱に俺の肩を揺らす。

椅子がガッタンバッタンと揺れて怖い。

これ、倒れたら頭を打ちかねないぞ。

ここは石床なので洒落にならない。

「ペテロ様! 正気ですか! コツがわかったから、アベルなんて上手く手玉に取ってやるって豪語してたじゃないですか! 譲歩しまくりじゃないですか! ペンラートって、下手したら教皇サーテリア以上の、思想・魔術共に最悪の超級危険人物ですよ!? ご自分でも仰ってましたよねえ!? せっっかく奇跡的に捕らえることに成功したのに、なんで偶然見つけた金鉱を丸ごと海に沈めるが如くの暴挙に出るんですか!? なぜあの狂人に宣言してしまう前に、この私に一言でも相談してくださらなかったのですか!?」

「し、仕方ないじゃない! 言ったら絶対止めてたじゃない! 今みたいに! ミュンヒ! ワタシ、聞きわけの悪い子は嫌いよ! ワタシの決めたことに口出ししないでちょうだい! どの道、もう言っちゃったから! 撤回できないから! あいつ絶対聞き入れないから! そういう奴だから! 究極的にはねぇ、リーヴァイとジュレム伯爵さえどうにかなれば、他の事は全部些事なのよ! こうするしかないの! ワタシは世界のためにこんなに頑張ってるのに、クゥドル神からはそっぽ向かれるし、どこの国の頭もまともに聞き入れないばかりか伯爵の口車に乗ってディンラート王国への戦争準備始めてるみたいだし、挙句の果てにはバカ王女までワタシを排斥しようとするし、アベルちゃんもなんかどうでもよさそうなんだもん! じゃあミュンヒが倒してちょうだい! ジュレム伯爵を殺してちょうだい! ええ、そうしたら今すぐ撤回してやるわよ! ほら早く! 早くして!」

「子供みたいなこと言わないでください! 貴方、ペンラートが解放後に世界に及ぼす影響の責任取れるんですか!?」

「捕まえたのがワタシだからいいのよ! 第一そんなもん、アベルちゃんが野放しになってる以上、誤差みたいなもんじゃないの! 一億が一億十になったからって、誰がどう気にするの? ちょ、ちょっと、手を離しなさい! 離して!」

横に目を向ければ、ペテロもペテロで、ミュンヒに首を締めあげられていた。

――こうして、一魔術師の俺と、元教皇ペルテール卿による極秘会談が、ファージ男爵家の地下二階層にて交わされ、裏取引が成立したのであった。