作品タイトル不明
三十四話 進撃のペン爺⑥
俺は後ろ髪を引かれる思いの中、木偶竜製造の午後の部へと掛かっていた。
だが、気が気ではなく、作業にも指示にも手が付かない。
昼の休憩では、せっかく俺の様子を見に来てくれたメアを、魔術談議の誘惑に負け、蔑ろにしてしまったのだ。
錬金術師団の団員達が『団長が今日はチョロイぞ』と小声で喜んでいたが、今は怒る気になれない。
アルタミアはメアの行方不明に責任を感じてか「……そろそろ様子見に行く? アンタがここにいない間は、私がどうにかフォローして見るけど」と提案してくれていた。
しかし、ペンラートが目を皿にして作業場を歩き回り、他の団員達の出来栄えを厳しく評価し、あの手この手で俺の仕事を造り出す。
普段ならとても助かるのだが、今やられるとどうにも手が回らなくなる。
なかなか広場を離れるタイミングが掴めない状況となっていた。
――事件が起こったのは、木偶竜製造再開より、一時間弱が経過したところであった。
どうしたものかと俺が悩んでいると、突然、十数名の部下を率いたペテロが広場へと現れたのだ。
「ちょっとお邪魔するわね」
この村ではミュンヒ以外の部下を連れているところを今まで見たことがなかったのだが、どこかに隠していたらしい。
侮れないオカマだ。
ペテロは着くなり「始めなさい」と言い、手を叩く。
部下達が広がり、俺を取り囲む。
何事かと思い「え、手伝ってくれるんですか?」と尋ねた俺を部下達に押さえつけさせ、ペンラートを拘束し始めたのだ。
鈍い俺も、さすがに察した。
どこからかペンラートのことを知ったペテロが、彼を領外へと連行させようとしているのだ。
「ペンラアァァァト!」
俺はペテロの部下達にあらゆる関節を押さえ付けられながら、それでも必死にペンラートへと手を伸ばす。
ペンラートは小柄な身体を両側からがっちりと押さえつけられており、身動きがほぼ取れない状態のまま、引き摺られる様にペテロの前へと引き立てられる。
「アベル様ァアア! 短い間でしたが、愚拙は、愚拙はアベル様のお傍にいられ、幸せでございました! どうか、どうか愚拙のことを忘れないでくださいませ……!」
ペンラートが、涙と鼻水で揉みくちゃになった顔で叫ぶ。
ペテロはその顔を至近距離より確認し、小さく頷いた。
「連れて行きなさぁい」
「ペンラァァァァァァアアト!!」
俺の叫びを無視して、ペテロが身体を翻して歩き始める。
その後を追い、ペンラートを押さえ付けているペテロの部下が続く。
「まったくまさか、危険度最上位クラスの魔術師、ペンラート・ボンジュが、いつの間にか領地にいたなんて思わなかったわ……。あのペンラートを人知れず無力化していたことを讃えるべきか、領地に連れ込んで迎え入れていたことを処罰するべきか、もうわかんないわねこれ」
ペテロが首を振り、俺へと背を向ける。
なぜだ、なぜペテロがペンラートのことを知っている。
一度すれ違ったときにはまったく気が付いていなかった。
ペテロは詳しくペンラートの容姿を知らなかったはずだ。
しかし、大丈夫だ。
手はまだある。
ペテロは俺に負い目がある上に、俺に頼みたいことも山ほどあるはずだ。
好きなタイミングでクゥドルと交信できるのも俺しかいない。
そもそもペテロは、俺の禁魔術の行使や禁忌錬金術への特別許可を、俺に恩を売るために下ろしている様な人間だ。
今回のこれは、駆け引きだ。
本気でこの魔術師を連れて行くつもりだぞ、というパフォーマンスに過ぎない。
ペテロが今更俺と対立したいはずがない。
「ペテロさん! わかった、俺にまた頼みたいことがあるんでしょう! そうなんですね! まったく、駆け引きが上手いなぁペテロさんは! はいはい負け負け! 俺の負けですよ! で、何を致しましょう! 水の神リーヴァイですか? それとも土の神ガルージャですか?」
ペテロはきょとんとした顔で俺を見る。
「いや、こいつだけは本当に冗談にならないくらい危ないから駄目。リーヴァラス国の『悪魔の大脳ペンラート』といえば、世界の中でも十の指に入る危険人物よ?」
「ペテロさぁぁぁん!!」
俺を放置して、ペテロはペンラートを部下に連行させて悠々と歩いていく。
充分に距離を置いてから、ペテロの部下達が一度俺を組み付きから解放する。
しかし全員杖を構えており、俺が何かしようとすれば、その場で杖でぶん殴りに来るであろうことは容易に想像できた。
魔術師は備えがなければ無力なのだ。
「ペンラート……ペンラートぉ……あんまりだろ……そんなのって……」
俺は崩れ落ち、その場で膝を突いた。
ちらりと俺を振り返ったペテロが、その後傍らのミュンヒへとぼそぼそと相談する。
「ねえミュンヒ、ワタシ、なにか変なことしたかしら?」
「いえ、ペテロ様は手段を択ばないお方であるとは存じておりますが、今回はあらゆる面を考慮してもペテロ様が正しいかと」
「そうよね? ごめんなさいね、変なこと訊いて。なぜだか不安になっちゃったのよ」
おのれペテロ、お前は一度ならず、二度も俺を裏切るのか。
騒ぎを聞きつけてか、いつの間にやらここへと戻ってきていたメアが、泣きじゃくる俺の肩を抱く。
「大丈夫ですよ、メアは、ずぅっとアベルの傍にいますから! ね! ね! いなくなったりませんから!」
「メア……メアァ……」
俺はおんおんと泣きながらメアを抱き返す。
メアは一瞬驚いたように大きな目を瞬かせたか、すぐに目を細めて優し気な笑みを作り、俺の肩に回していた手で、優しく俺の背を摩る。
「えへへ……」
「あら、メアちゃんいたの。情報提供ありがとうねー、助かったわー」
ペテロが振り返り、ひらひらと手を振る。
「ペテロさん!?」
メアが勢いよく立ち上がったのに弾かれ、俺は顎から地面に落ちる。
「酷い、酷い! なんでですか! 絶対に言わないって言ってたのに!」
ペテロは上品な仕草で毒々しく彩られた唇の先に手を当てて、微笑しながら去っていく。
「……さすがに、可哀想なのでは? なぜあのようなことを? アベルの悪事を密告してくれるのなら、ペテロ様にとってもありがたい存在だと、私は考えるのですが……」
ミュンヒが口許を引き攣らせながらメアをわずかに振り返る。
「いつもそう機能してくれたらありがたいけれど、一度の前例に頼って、そんなピンポイントな状況が来る幸運に期待しちゃダメよ。ワタシはジンクスなんて信じない。世の中は理詰めなんだから、そんなもので駒の配置は変えちゃあいけないのよ」
「はあ……」
「それより一回でも多くアベルちゃんの脛を蹴って、ちょっとでも不調にしておく方がよっぽど重要よ。あの子が調子に乗ったらとんでもないことになるのは、今回の一件でも明らかでしょ?」
「ペテロさん……ペテロさっ! こっ、このオカマ! 腹黒嘘吐きゲスオカマ!」
メアが目に涙を湛えてペテロを非難する。
俺が顔を上げると、俯くメアと目が合った。
「ちっ、違いますからね、アベル! メ、メア、そんなことしてません! あんなの、オカマの嘘ですからね? ね?」