軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

十六話 進撃のペンラート⑦

「もういっちょ! বহন(運べ) !」

俺は再び杖を振るう。

転移の魔法陣の中央に、錆色の禍々しい質感のオーテムが現れる。

大きめのオーテムには、四つの生々しい目玉が顔の四隅に配置されており、顔の中央には巨大な口が縦に開いている。

伸びる六つの腕には、関節が三つあった。

なんとも見るものの不快感をそそる外観に仕上がっていた。

「……アベル殿、その、奇怪な化け物は?」

ユーリスが、恐々と俺に尋ねる。

俺は大きく頷いて見せる。

「破壊の権化バビロン8000です。クゥドル神の眷属、ディンイーターの体表を用いています」

バビロン8000は、クゥドルの触手に叩き壊されたアシュラ5000を修復し、ついでに強化したものである。

分散しないように魔術で留めたディンイーターの精霊体を被せている。

「ディ、ディンイーター? まさかそれ、神話に出て来る精霊獣ですか……?」

古代聖堂に侵入した際に、俺が持ち帰るつもりだったディンイーターの亡骸は、古代聖堂倒壊と共に失われたのだが、クゥドルに泣きつき、どうにか取って来てもらうことに成功したのだ。

意外とあの神様は話を聞いてくれる。

ただ、調子に乗って『ところで黄金髑髏はいつくれるんですか』と尋ねたところ、凄い勢いで去って行ったので、どうやらあれは絶対にこちらに引き渡すつもりはないらしい。

思えば、最初に提示されたときから黄金髑髏は渋っていたような気がするが、当初は『まぁ止めてほしいけど、これでもいいぞ。止めてほしいけど』という、こちらに渡してくれるニュアンスだったことは間違いなので、これからも積極的にプレッシャ―を掛けていきたい。

なにせ黄金髑髏は、神話の魔術師、ヨハナン神官が愛用していた魔法具である。

黄金髑髏も、あの触手の塊の中に永遠に保存されるよりは、将来ある魔術師に活用してもらいたいと願っていることであろう。

それに、手に入りそうになって入らなかったものは、どうしても執着してしまうものだ。

ペンラートは、キメラドラゴンに跨り、自身の引き連れて来たワイバーン達と必死に戦っていた。

キメラドラゴンの巨体が、全身を使って尾の鋭い一撃を放つ。

ワイバーン達はそれを寸前で回避し、キメラドラゴン目掛けて各々に火弾を吐いて攻撃する。

キメラドラゴンは側面側に回りながら飛行し、火弾から逃れる。

どうやらペンラートは暴走するワイバーン達の対応に必死であり、こっちに構っている余裕はないらしかったが、こっちもわざわざ転移させたのだから、悪いが使わせてもらう。

「 পুতুল(人形よ) দখল(踊れ) 」

俺は魔法陣を浮かべ、バビロン8000を起動した。

バビロン8000の四つの目玉から赤い光が漏れる

「ギチギチギチギチギチギチギチ」

バビロン8000から不気味な音が放たれた。

関節を三つ持つ六本の腕が、触手の様に蠢き始める。

「行け、バビロン8000!」

「ギチギチギチィッ」

バビロン8000が、キメラドラゴンの方角へと目掛けて駆け出す。

「し、しかし、ドラゴンの高度には、届きようがないのでは?」

ユーリスが俺へと問う。

確かにキメラドラゴンは、遥か高みでワイバーン達と戦っている。

地を這うオーテムでは、一生届かない様にも思うもしれない。

「まあ、見ててください」

バビロン8000は途中で身体を大きく傾かせ、仰向けになって倒れた。

六本の腕が、背の方へと伸びる。バビロン8000の身体を宙へと押し上げた形になり、その状態で、六本の腕がギシギシと犇めく。

次の瞬間、六本の腕が勢い良く伸ばされ、バビロン8000が空へと直線の動きで投げ出される。

バビロン8000は、空高くに滞空するワイバーンの一体を背から強襲する。

ワイバーンが振り返ったと同時に、バビロン8000の姿が消え、ワイバーンの頭部がずるりと落ちた。

いつの間にやらバビロン8000は、ワイバーンの首の切断面へと立っている。

絶命したワイバーンの身体が、地面の方へと落ちていく。

バビロン8000が背中から倒れ、六本の腕を伸ばす。

ワイバーンの亡骸を足場にし、再びバビロン8000が射出された。

次の瞬間、バビロン8000の移動速度が、俺の視認の限界を超える。

キメラドラゴンを囲んでいた十数体のワイバーン達の首が、次々に空から落下し、身体がその後に続いていく。

一体のワイバーンが身を翻し、この場から逃走しようとする。

が、そのワイバーンの首がずり落ち、その断面にバビロン8000が出現した。

「ギチギチギチギチギチギチギチ」

バビロン8000は不気味な音を上げると、再び姿を晦ました。

探す間もなく、また別のワイバーンの首がずり落ちる。

次の瞬間、キメラドラゴンが一直線に空へと飛んだ。

逃走するつもりかと思ったが、どうにも様子が違う。

少し考えて、ペンラートの意図がわかった。

ペンラートは、バビロン8000の超スピードに対抗するべく、上に飛んだのだ。

ワイバーンと同じ高さに滞空していれば、どのワイバーンを足場にして飛び込んでくるのか、皆目見当がつかない。

それを絞り込むため、どのワイバーンよりも遥かに高い位置へと昇り、距離を置くことで、ほぼバビロン8000が直線でしか飛び込んで来られない位置取りを得るつもりだ。

キメラドラゴンは空高くにて飛行を止めて身を翻し、いずれ飛び込んでくるバビロン8000へと備えている。

バビロン8000が、その挑戦を受けて立つように、一体の落下していくワイバーンの上に立ち、キメラドラゴンを仰ぎ、次の瞬間に消えた。

キメラドラゴンが、唐突に尾を放った。

俺にはまったく理解できなかったが、恐らくそれは、最高のタイミングだったはずだ。

カァンと大きな音が響き、尾を前方へと伸ばした姿勢で、キメラドラゴンは固まっていた。

「バ、バビロンが、8000が、カウンターを合わせられて、力負けしたのか!?」

俺は思わず叫ぶ。

嘘だろ、それなりの自信作だったのだ。

ディンイーターの精霊体までふんだん使っているのだ。

こんなところで、あっさりと力負けされては困る。

ペンラートは、キメラドラゴンの額の上で、脂汗に包まれる顔に、勝利の笑みを浮かべていた。

ク、クソ……でも、バビロン8000はどこに……。

そう俺が悩んでいると、キメラドラゴンの尾が、先端から大小様々な輪状となり、ボロボロと地面に落ちて行った。

同時に、キメラドラゴンの首がずれ落ち、その断面にはバビロン8000が平然と立っていた。

俺は悲壮な顔でドラゴンの頭にしがみつく老人へと、助け舟をだしてやることにした。

「 বায়ু(風よ) বহন(運べ) 」」

魔術が風を引き起こし、ペンラートの身体を包み、極力ゆっくりと地面へ放り投げた。

腹の立つ老人だったが、これでも敵国の新政権の四大重鎮の一人である。

交渉材料にもなるし、情報を引き抜くにもちょうどいい。

「馬鹿な……愚拙の、愚拙の生涯を掛けて生み出したキメラドラゴンが、マーレンの小僧の人形相手に、こんなあっさりと……。愚拙のやってきたことは、無意味だったのか? リ、リーヴァイ様……愚拙は、愚拙は、真理に至るに足る魔術師ではなかったのですか? その器ではなかったのですか? この愚拙は、思い上がっただけの、ただの道化だったのですか……?」

ペンラートは魂の抜けた顔つきで虚空を眺めていた。

どうやら終わったらしい……と思っていたが、老人がふと気が付いた様に自身の手許へと目線を落とし、顔が醜悪に歪んだ。

老人の手には、錠前なる鎖の巻き付いた、一冊の分厚い魔導書が掴まれていた。

「フ、フフフ……フハハハハハハ! よい、もう、よいわ! リーヴァイ様ぁっ! 愚拙は、人形弄りの小僧にも劣る、凡夫にすぎませぬでした! しかしこの愚拙、命に代えて、使命を果たして御覧に入れましょうぞ!」

ペンラートが魔導書を掲げる。

錠前が外れ、鎖がするすると抜ける。

本が開き、巨大な魔法陣が連続的に展開されていく。

とんでもなく高度で緻密な魔術式だ。

あの魔導書に内蔵されていた魔法陣らしい。

恐らくは、悪魔を捕らえ、閉じこめておくためのものだろうが、俺も一見しただけでは厳しい。

「存分に、この場のすべてを、喰らい尽すがいい! 我が創造物、最大の成功作にして、最悪の失敗作、邪精霊竜アジ・ダハーカ!」

開いた魔導書から、黒い光が漏れ出た。