軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二十八話 大神クゥドル②

俺はペテロに背後を取られ、首にナイフを突きつけられた状態で、新たに現れた通路を歩いていた。

メアも俺と同様に、ミュンヒに脅され、俺のやや後方を歩かさせられている。

「いい? アベルちゃん、真っ直ぐに歩きなさい。振り返るんじゃあないわよ。そう、いい子ね」

長身のペテロが、俺の背後でやや背を屈め、耳元へと囁いて来る。

隙を見て反撃に出たいところだが、杖もペテロの指示で懐へと仕舞っているため、咄嗟に魔術を行使することができない。

それに何より、ゾロモニアもペテロの背後に張り付いている。

あの大悪魔が何を考えているのかはわからないが、魔法現象の専門家である大悪魔の目を欺くことは、はっきりと不可能だ。

悪魔の思考回路なんて人間に理解できるものではないので、気まぐれに寝返ったり見逃してくれる可能性もないことはないが、命を賭けられるほどの期待値があるとは思えない。

「……ペテロ様、こうなってしまった以上、消してしまった方がよいのでは? 敵対を表明した後にその男を残していることは、危険すぎるかと」

「試練は終わったみたいだけど、この先に何か仕掛けがないという保証はないわ。アベルちゃんは、保険よ。何かあったら、解決してくれるわよね? ワタシと、メアちゃんのために、ね?」

ペテロの、指の長い手が馴れ馴れしく俺の肩に置かれる。

背筋にぞわりと悪寒が走る。

やはり、メアは俺への人質として扱うつもりらしい。

何か難事が生じれば、俺はどさくさに紛れてペテロを攻撃する機会を得ることができるかもしれない。

が、それを牽制するためのメア、ということだろう。

具体的に俺が反撃に出たときにメアに何をするとは明言していないが、敢えて暗示に留め、こちらに想像させることで枷としての効果を高めている。

思惑が透けて見えていても、意識せざるを得ない時点でこちらの負けだ。

ペテロのことをただのオカマのおじさん程度に思っていたが、かなり狡猾だ。

人を捕らえ、脅して扱うことに、明らかに慣れている。

某ハイエルフもメアを人質に取ったが、その卑劣さを俺が指摘したときには逆上していた。

だがペテロは、俺の挑発など一切意に介さないだろう。

やがて、通路が途切れて広間に到達した。

部屋の奥側には、三メートル近い巨大な岩塊があった。

床に刻まれた大量の術式の中央に堂々と位置している。

岩塊の形状は歪な球状であり、石化した触手が体表に何重にも絡みつき、その中央にはびっしりと閉じられた瞼がある。

奇妙な岩塊は、まるで心臓の動悸の様に、僅かに伸縮を繰り返していた。

この岩の塊は、生きている。

見た瞬間、自分の身体が唐突に震え始めた。

頭が理解するより先に、身体が脅えていた。

俺が尻目でペテロを観察すると、ペテロも岩塊へと目を向けて薄笑いを浮かべながらも、手が震え、息がやや荒くなっていた。

視界に入れて、完全に理解した。

人間の上体は付いていないが、これがクゥドルだ。

ペテロの仮説を借りるならば、十万人の命と引き換えに造り出された精霊兵器。

「フフフ……そう、これが、これが、あのクゥドルなのね。試練が終わったせいか、封印がゆっくりと解かれ始めているみたいね。ミュンヒ、ワタシは、クゥドルの封印が完全に解ける前に、ヨハナン神官の法神縛りを行うわ。その間、アベルちゃんを、しっかりと見張っておきなさい。何か妙な動きがあれば、メアちゃんを……わかっているわね?」

ペテロがミュンヒへと言い、俺へ確認する様にちらりと目をやってくる。

ペテロの言葉はただの脅しだ。

俺が実際に動いてから、交渉を持ち出さずにメアを殺すことには何の意味もない。

次があるならばそのための牽制にはなる。しかし、俺とペテロがまた別の日に同じ状況になることはまずないだろう。

それに、ペテロは激情で行動を決める様なタイプには思えない。

しかし、それがわかっていても、やはり動けない。

俺は歯痒さに唇を噛み締める。

ペテロは俺から数歩ほど距離を取る。

手に握りしめていた石を宙へと放り投げ、ゾロモニアの杖を掲げる。

「 অভি(呪いを) সমা(解き) সত্যচেহারা(真なる姿へ) 」

ペテロの言葉で、石が光を放って膨れ上がり、青く光る触手へと変貌し、そのまま破裂し、青い無数の精霊の燐光を残す。

「それは、まさか……」

「そう、ワタシの所有していた、クゥドルの触手の欠片よ。封印を解いて精霊体を散らすことで、魔術の威力を底上げすることができるの。ディンラート王国の国宝だったけど、今使うのなら惜しくはないわ。それに、これから本体が手に入るのだから、関係のない話ね」

その精霊を利用して、復活するクゥドルを魔術で制御するつもりらしい。

大神宝典にはそんなものは書いていなかったように思うが、いったいどこから、そんな存在も曖昧であったクゥドルを制御する方法を得ていたことやら……ん?

なぜだかわからないが、何か違和感を覚える。

何かを、見落としているのか?

ペテロは、複雑な巨大な魔法陣を幾つも宙へと転写していく。

その魔法陣に、不思議な既視感を覚えた。やっぱりあれ、どこかでみたことがある。

俺の頭の中で、嫌な仮説が組み合わさった。

「お、おい、ペテロ、その魔術を、どこで見つけた」

俺が声を荒げて問いかける。一歩近づこうとしたが、メアの近くにいるミュンヒに睨まれて断念。

ペテロは俺の様子を見て満足げに笑い、余裕綽々といった調子で答える。

「フフフ……伝説の書、大神宝典の写本を解読し、ゾロモニアの知識と合わせて復活させたのよ。何せワタシ、こう見えても元教皇だから、その手の高位な魔法具や書物も簡単に手に入るの。おっと、口が滑っちゃったわ。でも、今更ね」

も、元、教皇……?

や、やっぱり、ペルテールと呼ばれていたのは、前代教皇の……いや、それにしては、アルタミアから聞いた人物像からあまりに乖離している……いや、今は、それどころではない。

「大神宝典に記載されていたクゥドル制御の魔法陣には、こう記されていたはずだ! 『クゥドルを制御するために作ったが、何の役にも立たなかった。これ以上、研究を続けても意味のない事だろう。せっかく開発した魔術の供養のため、せめてここにその全貌を記載する』……と!」

ペテロの使おうとしている魔術の魔法陣は、大神宝典の最後の方の隅に書かれていた術式だ。

完全に同一だ。失敗することは、製作者のヨハナン神官が保証している。勝ちの芽がなさすぎる。

ペテロがきょとんとした目で俺を見ていたが、口許を隠して笑った。

「必死ねえ、アベルちゃん。今、頑張って考えたのでしょうけど、あまりにもお粗末……粗だらけよ。写本の存在は、教会関係者の中でも情報規制が敷かれている。その内容を、アナタが知ることができたはずがないのがまず一点……そしてもう一点、そんな一文は、写本のどこにも書かれていないわ。長い時間を掛けて解読していたから、そんな文があれば、さすがにわかるわよ」

「そ、そんなわけがない! そうだ、写本になくても、原典にはある! 写す過程で省かれたんだ!」

あんな紛い物の、ヨハナン神官の勿体ない精神で載せられた魔法陣でクゥドルを操れるはずがない。

ペテロは制御方法皆無の状態でそれと知らず、四大創造神を滅ぼした精霊兵器を動かそうとしているのだ。

「刺激を与えたら駄目だ! あの塊の鼓動……こっちの魔力を感知して、それに呼応する様な動きがある。何か干渉が働いたら、一気に封印が解ける! 今ならまだ、再封印できるはずだ! 俺も手伝うから、一旦停戦しよう、しましょう!」

「お馬鹿さんねえ。魔術の知識は大したものだったけど、宗教学には明るくないみたいね。どうして数世代前に失われた、大神宝典の原典の内容がわかるとでも? 必死なのはわかるけど、そろそろ鬱陶しいわよ。この術式は、制御が大変なの。見ればわかるでしょう? これ以上意味のないことを喚くのなら、うっかり、ミュンヒちゃんの手が滑っちゃうかもしれないわよ?」

駄目だ、びっくりするくらい通じない。

完全にペテロは、自分がクゥドルを支配することしか頭にない。

「大神宝典はあります! 俺が乗ってきた馬車に置いてあります! そ、そうだ、ゾロモニア、ゾロモニアなら、わかるはずだ! あの術式が不完全だって!」

ゾロモニアは、知恵と破滅の大悪魔だ。

魔術の知識は人間の比ではない。彼女ならば、魔法陣がおかしいことに気が付いているはずだ。

「だから、さっきも言ったでしょう? この術式は、ゾロモニアちゃんの手助けがあって再現できたものなの。効果のほども、ゾロモニアちゃんの折り紙付きよ。この術式さえ完成すれば、法神クゥドルを好きに動かすことができる、とね」

ゾロモニアは無能だった。

俺は下唇を噛みながらゾロモニアを睨む。

何が知恵と破滅の大悪魔だ。適当なことを言いやがって、なんてことをしてくれる。

ゾロモニアはペテロの背後で宙で三角座りをしていたが、俺と目が合うとウィンクして足を崩し、くすくすと笑う。

『うむ、妾は確かに言ったの。この術式さえ完全再現させることができたら、法神クゥドルを意のままに操ることができるかもしれないの、と』

ゾロモニアは、含みを持たせた言い方で言う。

……うん? あれ、微妙に断言してないぞ。

「わかったかしら? 法神縛りの術式さえあれば、大神と畏れられた、四大神殺しのクゥドルも、ただの強大な兵器に過ぎないのよ。ゾロモニアちゃんもそう保証しているわ」

「い、いや、あいつ、微妙に言い切ってませんよ!? 騙されちゃ駄目です! 悪魔の言うことはまともに聞くなって、それ大昔の、それこそ神話時代から言われてることですから! 奴らはただの妄執の塊です! 絶対に止めた方がいいです!」

このままでは埒が明かない。

俺が杖を取り出して妨害しようとすると、ミュンヒが声を上げる。

「アベル、手をそのまま降ろしなさい。こちらの小娘がどうなってもよろしいのですか?」

「う、うぐ……」

俺はそのまま、空の手をゆっくりと持ち上げて何もしていないことをアピールする。