作品タイトル不明
二十七話 大神クゥドル①
ヨハナン神官の幻影が消えると同時に、第三の試練の部屋、破壊の杖の間の壁や床の全体に刻まれていた魔術式が光を帯びる。
円形の部屋全体が揺れたかと思うと、床が一様に降下していく。
「ととっ!」
俺がよろめくと、メアが荷物を床に落とし、空いた手で俺の身体を支えてくれた。
メア自身も体勢を大きく崩していたが、気力でどうにか倒れずに耐えていた。
「だ、大丈夫でしたか、アベル?」
「ありがとうメア、助かった‥…」
俺はほっと息を吐きながら答える。
まだ落下は続いているが、ちょっと初動に驚いて転びかけただけだ。
今はもう、問題ない。
「普通逆なのでは……?」
俺とメアのやり取りを、ミュンヒが不可解そうに眺めている。
俺は何も聞かなかったことにした。
「しかし……これは、いったい……?」
ペテロの話では、魔導兵器である破壊の杖を手にする者を選定するための三つの試練であったはずだ。
『 刻の天秤(バランサー) 』の狙いもペテロの説明では破壊の杖であったはずだが、ルーペルの口振りからして、目的として別の何かを見据えていた様に思う。
「ど、どういうこと? え、試練、終わったの? これからよね? なんで、二回連続であの神官出てきたの? 魔術式の不具合?」
ペテロが慌てふためきながら、目線を周囲へと回す。
その背後に、ほうっと青い肌の童女、知恵と破滅の大悪魔、ゾロモニアが浮かび上がる。
『安心せよ、ペテロ。ヨハナンの言葉を信じるのであれば、全ての試練は、終了した。後の事は、神のみぞ知る、といったところであろう』
幼い容貌とは反し、妖艶な笑みを浮かべる。
ゾロモニアの全てを見透かした様な人外の双眸は、かつてガストンに掲げられたときに悲鳴を上げる様に俺の名を呼んでいた彼女の目と同一だとはとても思えない。
そんなことを考えていると、ゾロモニアに尻目で思いっきり睨まれた。
俺は目を逸らした。メアも目を逸らしていた。
「……随分と、不吉な言い方をするのね、ゾロモニアちゃん」
ペテロの言葉に、ゾロモニアは黙って冷笑を浮かべる。
先程のペテロとゾロモニアのやり取りより、やはり、ペテロはこの古代聖堂に関わる秘密を、何か隠しているようであると、確信が持てた。
「ペテロさん、この奥には、一体何があるんですか? 何かを、伏せていたんですよね。そろそろ教えてくれても……」
「そう、ね。ここまで付き合ってもらったのだし……もう、誤魔化しも効きそうにないわね」
ペテロが肩を竦め、形のいい鼻が僅かに動く。
微かに笑ったようだったが、ペテロの目は仮面に隠されているため、何とも言えない。
「まずは、これを見てほしいんだけど……」
ペテロが懐を弄りながら、俺とメアの間に分け入る様に接近してくる。
すぐ目の前に立ったペテロは、素早く身を翻して俺の背後へと移る。
そして懐に隠し持っていたらしいナイフを、俺の首に突き付けた。
「ペ、ペテロさん!?」
「アベルっ! このっ、オカマ仮面……!」
メアが即座に弓を構え、ペテロの頭へと照準を合わせる。
普段のメアからは想像もできないほど素早く、正確な動きであった。
メアは指を放すまでの動作に、一片の躊躇いもなかった。
戸惑いがなかったはずはないが、その猶予がないことを自覚し、押し殺したのだろう。
だが、一歩及ばなかった。
ペテロの不審な動きとほぼ同時に動いていたミュンヒの大杖が、放たれた瞬間の矢と、メアの弓を握る腕を、同時に掃い上げた。
メアの矢と弓が、降下を続ける床の上へと落ちる。
続けてミュンヒの足払いが、メアの身体に円を描かせ、床の上へと倒す。
その頭部に、ミュンヒの杖が付きつけられた。
「きゃあっ!」
「人畜無害そうな娘でしたが、やはり、あのドゥーム族の娘ですね」
ミュンヒは忌々し気に言いながら、杖をメアの頭に添える。
「メ、メアっ! ペテロさん……ペテロ、どういうことだ!」
「パルガス村で顔を合わせたときに、アナタ達を殺さずに残しておいて正解だったわ。まさか、こんな形でこんなに役立ってくれるなんて、思いもしなかったもの。でも、アナタはあまりに危険過ぎる。」
ペテロは冷酷に告げる。
それから細長い指を真っ赤な唇に添えて、クスクスと声を上げて笑う。
「さあ、向かいましょうか、最後の間へと」
やられた、ペテロに裏切られた。
もう少し警戒していれば、オーテムかラピデス・ソードを警戒状態にしておけば、それだけで避けられたはずの事態だった。
ペテロは、目的も正体も不明の相手だ。
もっと疑って掛かるべきだった。敵の敵は味方などと、その場に限った話でしかない。
「そうそう、この先に何があるのかと、アベルちゃんは問うたわね。この先にあるのは、闇に葬られた神話時代の真実と、かつて神と呼ばれた精霊兵器……」
床が下がり、せり上がってくる壁には、幾つもの壁画が刻まれていた。
ヨハナン神官や、クゥドルの絵が刻まれている。
ペテロがいつまで俺達を生かしている気があるのかも、今の状態ではわからない。
真っ当な目的できたわけではなさそうだ。適当な段階で、口封じに殺されてもおかしくない。
とにかく今は、会話を続けて相手の考えを読みつつ、隙を探すしかない。
一瞬、魔術を発動する一瞬の隙があれば、今の状況をひっくり返すことは容易いはずだ。
「……クゥドルが、人工精霊だとでも言いたいんですか? そんなことはあり得ません。人為的に造られた人工精霊は、自然発生した精霊に、遠く及ばない。なぜなら、素材が集まらないからです」
人工精霊を造るためには、複数生命の命を捧げて魂の一部である精霊を抽出し、集めて固め、定着させる必要がある。
しかし、
精霊創造の際には、魔力を宿す生物を精霊化させ、それを素材とする必要がある。
大神宝典を読み解き、実際に人工精霊を造り出してわかったことである。
どれほどのポテンシャルを秘めた精霊を創造するのかは、何を素材にするかが最重要ポイントとなる。
単純に言えば素材の総魔力から、精霊化の過程で損なわれた魔力を差し引いた分が創造される精霊のポテンシャルとなる。
だがこの魔力減衰は、素材の数や素材の魔力が高ければ高いほど大きくなるため、強い人工精霊を作るためには、素材の厳選と巨大な魔法陣での徹底した制御が必要とされる。
そして、それには限界がある。
どれだけ緻密で大規模な魔法陣で制御して素材の数を増やしても、魔力減衰による減少の方が大きくなるラインが、必ず現れるのだ。
俺が大神宝典を読んでわかったことは、大悪魔に匹敵する人工精霊の創造が不可能であるという事実だった。
到底、こんな方法で神と呼ばれるような人工精霊を造り出すことは不可能なのだ。
「その答えが、ここにあるわ。フフ……やっぱり、ワタシの考察は、正しかったのね」
ペテロは言いながらも、その声は引き攣っていた。仮面の奥から、汗が垂れている。
メアを押さえ付けているミュンヒが、嗚咽を漏らしながらも、俺の背後へと目を向けていた。
俺はゆっくりと振り返り、背後の壁画を確認する。
クゥドルが、目を瞑った信者を、大口を開けて喰らっている壁画であった。
クゥドルが自らの信者に危害を加えるなど、聞いたことがない。
壁画の周囲の文字を読み解き、俺はこの壁画が、象徴的な意味合いを持っていることに気が付いた。
「まさか……」
「そうよ。クゥドルは、四大創造神を殺して神話時代を終わらせるために、ヨハナン神官が造り出した、人工精霊。対価は、クゥドルの信者共よ。恐らくヨハナン神官は、神話時代の遥か昔から続いていた宗教の一つを利用し、クゥドル教に作り変えた。打倒四大創造神を信念に掲げて信者を集め、素材となる信者達を信仰心によって魂の指向性を整え、戒律を利用して生活に干渉して肉体と精神面の調整を行い、精霊創造を神の召喚と偽ることで、存在しない架空の存在であるクゥドルに具体的なイメージを与えたのよ」
素材の魂の指向性、肉体と精神の一体化、具体的なイメージの付加は、どれも精霊創造において重要なポイントである。
宗教は、人工精霊創造の舞台としては完璧すぎる。
魔力減衰率を大幅に引き下げることができるはずだ。
こんな手があろうとは、俺も思いついてもさすがに実行できない。
「過去、クゥドル神の降臨とまったく同じタイミングで、クゥドル信者の大規模な神隠しが発生している……。そのときの人数は、学者達の歴史考証の推定より約十万人。精霊兵器クゥドルを造り出すために、犠牲となった人間の数よ。こうして、神話時代が終わって人の時代が訪れた……。英雄なのか大罪人なのか、こうなってしまえば、もうわからないものね。フフ、フフフフ……一説でしかなかったけど、信者を喰らうクゥドル神の壁画を見て、ようやくすべてが繋がったわ」
やがて、降下していた床が止まった。
目前には、せり上がった新たな入り口があった。
この奥に、精霊兵器クゥドルが封印されているのだろう。
「ようやく、ようやくここまで来たわ! このワタシが、クゥドルの力を操って世界の支配者……いえ、世界の、神となる日が! 誰にも邪魔させない……誰にも、邪魔はさせないわ!」
ペテロが甲高い哄笑を上げた。