作品タイトル不明
二十四話 叡智のルーペル①
「し、死んだの……?」
壁の倒壊が落ち着いてから、ペテロがぽつりと呟く。
ルーペルとダーラスは、瓦礫の生き埋めになったのだ。
二人が生き残れたとは思えない。
事故であったが、俺の不用意な行動が発端である。
ペテロの言う通り、別の壁にぶつけていれば、こんなことにはならなかったのだ。
敵対していた相手とはいえ、瓦礫で押し潰すというのは気分がいいことではない。
しかし、なにせ、こんなにあっさりと、試練の規則を保つための壁が崩れ落ちるとは思ってもいなかったのだ。
判定ガバガバである。力押しで崩せるこんなもので、いったい人様の何を測ろうというのか。
確かに俺の浅慮もあったが、一割くらいはヨハナン神官が悪い。
「う、うぐ……」
瓦礫が蠢き、中から瀕死のダーラスが、よろめきながら這い出て来る。
ダーラスに庇われるようにして、ルーペルも瓦礫の中から現れる。
「あら……生きてた」
ペテロが呟く。
ほっとした。
俺はここまで色々と事件には巻き込まれてきたが、人を殺めたことはないし、これからもそのつもりはなかった。
どうやら、ダーラスが『剛魔』で身体を強化し、瓦礫を受け止めてルーペルの盾になっていたらしい。
しかしダーラスも限界らしく、ルーペルが瓦礫から脱すると、その場に膝を突いた。
「悪い。俺は、ここまで……」
そう言い残し、ダーラスが崩れ落ちた。
ルーペルが咳き込みながら、傍らに崩れ落ちたダーラスへと目を向けた後、崩れた後ろの壁へと目を移し、最後に俺を睨む。
いや、俺というよりも、俺の持っていた杖の方へと向けられているように思う。
俺は試しにさっと、杖を持ち上げる。
次に斜め後ろへと下ろす。しっかりとルーペルの視線が付いて来ていた。
「やってくれましたね……。そうか、やはり、私の推察通りだった。この大聖堂の中に、破壊の杖が隠されていたのですね。先に入ったのに、杖を探さなかったのが失敗か。あるかないかもわからないものの捜索をしている余裕がなかったのが、一番の理由ですが」
「うん?」
あのルーペルさん、何か果てしない勘違いをしているような気がする。
血走った目で、俺の持つ杖を睨んでいる。
「もっと仰々しいものかと思い込んでいましたが、随分と簡素な外見ですね。それに、神話時代のものにしては、あまりに新しく見える。それはある意味で、杖に込められた保存魔術式と魔力の強さの証明でもありますが……」
真面目な顔して、何言ってるんだあの人。
「破壊の杖を見つけて、壁を壊して先へ進むのが正当なルートだったということですか。道理で、あんな無理難題を吹っかけられたわけです! 試練そのものを、疑ってかかるべきだったとは」
ルーペルは依然と俺の杖を睨みながら、血に濡れた自身の顎を手のひらで拭う。
破壊の杖とは、まさか俺の自作杖のことだろうか。
これは世界樹オーテムを作った後の廃材でおまけに作った杖である。
「あの、何か、勘違い……」
「クゥドルの像を避ける秘密のルートと、破壊の杖を保管している部屋があったのですね。私は、試験を愚直に受け止め過ぎていた。やはり、神官の言葉や聖堂の謎を解くのは、貴方の方が一枚上手でしたか、ペルテール!」
ルーペルが、指先をペテロへと突きつけて叫ぶ。
ペテロが指の動きに合わせ、一瞬自分の背後を確認していた。
その後、ルーペルへと向き直り直し、咳払いをしてから腕を組んだ。
「年季の差よ、ルーペルちゃん。先に進んで、様子見をしておいてくれて助かったわ」
どういうことだ。
ミュンヒも、困惑した様に、オロオロとあっちへこっちへと見回している。
目が合ったので、俺も首を傾げておいた。なぜか頭を下げられた。
俺の疑問を他所に、ルーペルがハッとしたように目を見開き、唇を噛む。
「……私達を先に進ませて囮にするために、敢えて敗北を演出した、ということか。老獪な……! どこまでも、人を馬鹿にしてくれる! 見つけた破壊の杖は、自分で持てば私と対峙したときに露見するリスクがあると考え、マーレン族の魔術師に渡しておいたのか!」
そうだったのか?
ペテロさん、俺が見つけたときにはこの世の終わりみたいな顔をしてぐったり項垂れていたが、すべては計算づくだったというのだろうか。
ルーペルの言葉を聞いたペテロが一瞬、唇を困惑げに歪め、ミュンヒへと目配せしたのが見えた。
やっぱり素だったらしい。
「ディンラート王国の影の支配者……半不死の怪人ペルテールを、舐めていたか。ダーラス、すまなかった……ペルテールには策謀で乗せられ、試練でもフェイクを引いてそれと気づかず頭を悩ませていたとは。ここまで追い込まれたのは、どうしようもなく私の手落ちだ」
ルーペルは一人で納得しているようだが、俺には何がなんだか、さっぱりわからない。
ルーペルはペテロをディンラート王国の影の支配者と称しているようだが、俺にはただの愛想のいいオカマのおじさんにしか思えない。
そんなに偉い人なのだろうか。
それに破壊の杖に関しても、認識が食い違っているように思える。
ペテロはこの古代聖堂へは、破壊の杖を外部の手に渡らないために処分することが目的で訪れたと口にしていた。
しかしルーペルの口振りでは、破壊の杖はおまけであり、何か他にメインがあってここに来たようであった。
「わかればいいのよ。十秒上げるわ、ルーペルちゃん。その大き目の荷物を持って消えなさい」
ペテロがダーラスを顎で示す。
「ペテロ様……あまり不遜な態度を取っていれば、アレの不興を買うのでは?」
ミュンヒがペテロへと小声で言い、ちらりと俺の方へと目を向ける。
「私も最初はそうした方がいいかと悩んでいたのだけど、細かいことを気にしていても仕方ないように思えて来たから、もう開き直っていくことにしたわ」
「ペテロ様!?」
ペテロから何かを言われたミュンヒが、眉根を寄せて愕然とした表情を浮かべていた。
小声だったので、あまり内容はわからなかった。
「逃げろ、と。お優しいことですね、ペルテール。確かにダーラスを失い、私は負傷の身。キーアイテムである破壊の杖も貴方方が押さえている……なるほど、有利なのは貴方方だ」
ルーペルが腰を落とし、手にしていた魔導書を開く。
ひとりでに魔導書のページが激しく捲られていく
「しかし、その破壊の杖はすぐそこにある。貴方方を殺して、破壊の杖を奪えばいいだけの話です」
「えぇっ!? あ、あれだけ言ってたのに、まだやるつもりだったのかしら!?」
ペテロがルーペルの宣戦布告に、肩を跳ねさせて驚く。
即座にペテロが俺の側へと回り込んできた。
「ペテロさん……?」
「あ、後は頼んだわ、アベルちゃん」