作品タイトル不明
四十七話 百業の王(side???)
『百業の壺』――収集家がそう名付けたゴツゴツとした大壺の中で、一体の悪魔は、封印の解けるときが来るのを、ずっと待ちわびていた。
遡ること一万年前、四大創造神の生きていた神話の時代末期。この大壺に、火の神マハルボによって、百の大悪魔が封じられた。
だが、それは大悪魔から人間を守るためではない。
邪法、蠱毒の儀により、凶悪な悪魔を造り出すためである。
蠱毒の儀とは複数の悪魔を同空間に封印して喰い合いを行わせることで、更なる力を持った大悪魔を造り出す儀式である。
現代では、そのような悪魔や精霊を用いた魔術や儀式の大半は禁止されており、書物の多くも焼き払われている。
通常、蠱毒の儀とは五体ほどの悪魔を閉じ込めて行うものだが……マハルボが直接行った蠱毒の儀は、人間の行うそれとは、正に桁外れな規模であった。
用いた悪魔の質も、数も、比べ物にならない。
そして蠱毒の壺を造ったマハルボは、自らの信徒達へと告げる。
『これより、私はクゥドルとの戦いに入る。五大老の内の四人を引き連れ、疲弊したクゥドルを襲撃する……が、まず、敗れるだろう。今後は五大老の最後の一人、ドグラをこの国の主とするがよい。お前達はよくやってくれたが、これ以上はいい。死人を増やすだけであろう。私が死ねば、クゥドルはそれ以上、国や人を焼きはせぬ。そのような余裕は、奴とてないはずだ。行方を晦ました空の神、シルフェイムを追うのに忙しいだろうからな。だが、もしもクゥドルがこのマハラウン神国へと姿を見せたならば……この壺を開け、悪魔を逃がせ。この悪魔が民を守ることはないが、クゥドルは国を焼くことよりも、この悪魔を殺すことに意識を向けるはずだ。悪魔を追って、マハラウン神国を去るであろう』
マハルボはこれを告げた後、二度と姿を見せることはなかったという。
結局、マハラウン神国に蠱毒の壺が開けられるような機会は訪れなかった。
そのまま万年の時が流れ、マハルボを祀る大寺院の奥底に保管されていたものを、収集家が持ち出したのであった
封印された大悪魔達は戦い合い、恨み合い、喰らい合い、時に分離して再び喰らい合いを、その永き時の間で何度も何度も繰り返していた。
その末に誕生した百業の王は、最初に封印された百の大悪魔のどれとも似つかぬ姿をしていた。
百業の王には記憶も何もない。
だが無限に膨れ上がり続ける怨恨と、それに比例する様に跳ね上がる魔力だけを、その一万年でただただ蓄え続けていた。
アベルと収集家の戦いが始まって以来、百業の王は、自身の封印が解けるときが近いことに気付いていた。
外の世界の事は何もわからない。
されど、二人の魔力だけはしっかりと感知していた。
その魔力を知覚した百業の王は、自身を封じている者が開けられる時があるのならば、今を以て他にないに違いないと考えていた。
事実、好奇心旺盛なアベルの手へと百業の壺が手に渡れば、まずいと思いつついずれ欲望に負けて封印を解くことは必定である。
百業の王は、ただただ、その時を待っていた。一万年の時を待った百業の王ではあるが、確信に近い予感を前に、溢れ出る戦闘意欲と怨恨、そして食への欲求を押さえきれずにいた。
『まだか、まだか』
『まだ、そのときではないのか』
『我が身の解き放たれたときには、悪魔や我が身体の一部だけではなく、世界のあらゆるものを喰い滅ぼし、我は永遠なる進化を遂げる』
闇の中で、百業の王は千の口を開き、涎を垂らした。