作品タイトル不明
四十一話 『収集家』⑫
俺は顔石を呆然と見つめていた。
顔石は、悪鬼の顔を表に向けたまま、淡々と佇み、微動だにしない。
それに、あまり床との隙間がない。それは、収集家の身体が潰されたことを意味していた。
アルタミアが光の球へと姿を変え、俺の隣へと移動して元の姿に戻る。
「し、死んだんじゃないの? しぶとそうな奴ではあったけど……さすがに、身体がああ潰れたら……」
「そんな……」
ま、まさか、勢い余って、殺めてしまったのか?
俺はそうっと顔石へと近づこうとすると、顔石がすうっと消えた。
その中央には、血塗れの収集家が立っている。
アルタミアが球に姿を変えて後ろへと飛び退き、元の姿に戻る。
「よかった、生きてたんですね」
俺がほっとしたように呟いたが、収集家からのリアクションはない。
ただ立ったまま、じっとしている。
「……収集家さん?」
「そいつ、おかしいわよ……。あれだけ血が出てるのに、怪我が、一つもない……」
アルタミアが、背後から声を掛けてくる。
だが、そんなはずはない。顔石はともかく、確実に腹部をラピデスタトア・ソードで貫いたはずなのだ。
収集家は手の具合を確かめる様に開閉した後、俺を睨んだ。
「どこまで食い下がるかと思ったが、本当に驚いた。この我が、一度死んだぞ」
収集家は顔を覆う包帯がところどころ剥がれ落ち、灰色の、色褪せた傷だらけの皮膚が露になっていた。
アンデッドを思わせるかのような肌の中、目だけは、ギラギラと、執念と憤怒の篭った力強い眼光を放っている。
「帝竜に傷を付けてくれたばかりか……あまつさえ、我が命を留めるためのアムリタを浪費させてくれるとは。せっかく我が節約して使っておったのに……怪我を回復させるために、十年分の寿命を失ったわ」
「ア、アムリタ!?」
アムリタは三大霊薬の頂点であり、飲む者に無限の生命力を与えるとされている。
天空の国(アルフヘイム) の国宝であり、過去にノークスの権力者がたった一杯のアムリタを求め、ハイエルフ相手に戦争を仕掛けて奪おうとした記録がある。
量さえあれば、人の身で永遠に生きることさえ可能であるとされている。
「まさか、アムリタを、使って……」
『暴食竜の道具袋』を使えば、手足が動かない状態でも、瀕死の自分の口にアムリタを流し込むことは容易なのだろう。
つまるところ、収集家に完全な降伏を引き出すためには、完全にアムリタが尽きるまで致命打を与え続ける必要がある、ということだ。
俺が唖然としていると、収集家が鼻で笑った。
「絶望したか? アムリタは、ちょうどゴブレット二杯分残っておる。回復薬と割り切って使えば、我は命のストックがあと四十近くはあるに等しい。もっとも、そんな愚かな真似を後一回でもするつもりはないがな……。だが、卑下するな。我にアムリタを使わせたのは、人間では貴様が初めてだ」
「も、勿体ない……」
俺が呟くと、収集家が殺気立った。
「こ、こんな遊びの賭けで、そんな高価なもの使う必要ありませんって! 勿体ない! それ一滴で、どれだけ価値があるか……」
俺がぱたぱたと手を動かして弁解すると、見る見るうちに収集家の殺気が強まっていく。
「遊びの、賭けだとぉ……? ふざけたことを! 貴様が、使わせたのだろうがァッ! 使わねば、死んでおったわ!!」
これ以上収集家を追い込んだら、どんどんと宝具を浪費されかねない。
収集家は世界の各地から高価な魔法具を集めているという。
今、一か所に集めたその魔法具を溝に捨てるような真似を繰り返されているのだ。
控えめに言って、世界的な損失が乱発されている。
宝具が無くなるより先に心を折らねばならない。
「 তুরপুন(錬成せよ) 」
俺は再度、ヒディム・マギメタルの錬成を開始する。
今度は性質に強い伸縮性を加え、長く、とにかく長くを心掛ける。
「この我が、負けるわけがない、負けるわけにはいかんのだ! 我は、この不確かな世界における唯一の絶対者! この世界は、我の箱庭に過ぎぬ! この我と、対等に戦える者の存在など、あり得んのだ!」
収集家が大剣を片手に持ち、空いた手を突き出す。
動作の途中に、手の中に短剣が現れる。あれで俺に接近するつもりだろう。
ちょうど、俺のヒディム・マギメタルも、五十メートル近い全長になったところだ。
俺は腕を降ろす。
白銀の魔金属塊が俺の腕に合わせ、収集家目掛けて、縦に振り下ろされた。
長いものほど、後端の速度は上がる。それと共に、破壊力も上がる。それも、際限なく。
「アベルウィップ!」
縦に振り下ろされたヒディム・マギメタル製の五十メートル近い巨鞭が、収集家へと下ろされる。
縦一列に床が砕け散り、収集家の身体があらぬ方向に曲がり、宙に跳ね上げられる。
愛用の大剣と共に、刃先の飛ぶ短剣が手元から離れた。
「ガァッ! この我が、この我がァ……」
収集家が手を振るうと、手元に大剣が戻る。
続けて収集家のねじ曲がった身体が、元の方向へと歪な動きで修繕されていく。
あれがアムリタの再生能力か。
二回、使わせてしまった。できれば、三回使わせる前に降参を取りたいところだが……難しいだろう。
「私の塔がッ!?」
これまでにない規模の破壊を前に、アルタミアが悲鳴を上げる。
だが、悪いが、ここで止めるわけにはいかない。
それに毒を喰らわば皿までという。すでに他の階層を穴ぼこにしてしまった後なのだ、今更手を緩めても同じことだ。
謝罪ならば、収集家との一件が終わった後にいくらでもさせてもらうし、アルタミアが求めるのならば、どんな弁償でも引き受けるつもりだ。
俺は巨鞭の二発目を放つ。
俺もこんな戦い方は心苦しいが、早めに収集家にきっぱりと諦めてもらわねばならない。
心を鬼にして追撃を下した。
「『グジャルナ悪鬼の顔石』!」
収集家が、迫りくる大鞭へと手を掲げる。
現れた顔石が巨鞭の一撃を受け止めた。
顔石は砕けこそしなかったものの、巨鞭とほぼ同じ速度で収集家へと向かっていった。
顔石が、収集家の身体を押しつぶしてバウンドする。
収集家は素早く起き上がり、手を横に振るう。顔石が綺麗に消えた。
三回目も使われてしまったようだ。
続ける、三打目。
収集家が腕を掲げる。
「『万年硬樹ベヒーモス』!」
その声と共に、収集家を中心に、巨大な黒い影が広がっていく。