作品タイトル不明
三十七話 『収集家』⑧
「…………」
収集家は殺気の込もった目を、俺と瓦礫の竜へと目を移す。
顔の包帯を歪ませながら、悔し気に握り拳を作り、震わせる。
それからすぅっと腕を掲げたが、溜め息を吐きながらそのまま腕を降ろす。
『暴食竜の道具袋』から何かを取り出そうとして、中断したようだった。
収集家は首を小さく振り、項垂れた。
「……止めだ。この勝負、貴様の勝ちだ。この我が、一度口にした言葉をそう何度も翻せるものか。不服ではあるが……貴様を測り間違えた、我の不覚だ。よもや、我が今更、人の底を測り間違えるなど……。約束通り、好きなものをなんでも持っていくがいい」
え、マ、マジで、これで終わりなのか。
これは本気で魔術を駆使する必要があると考えていたのに、肩透かしにも程がある。
いや、まぁ、何事もなく無事に終わったからいいといえばいいんだけど……。
「……アンタ、本当にとんでもないわね」
アルタミアが後方から声を掛けてくる。
「……なんだか、思ったよりあっさり終わりましたね」
メアが小声で、ぼそっと呟く。
収集家の肩がぴくりと動いた。
「しゅ、収集家の本分は、『暴食竜の道具袋』と、そこから出てくる魔法具だと、私も何度も聞いたことがあるわ。剣に拘って魔術もロクに使わないようにしてたみたいだから、本分は一分も発揮してないわよ。油断があったのでしょう」
アルタミアが収集家の機嫌を窺ってか、そうフォローを入れる。
「それ……本人じゃなくて、武器が凄いんじゃ……」
だが、そうと気づかぬメアが、更なる地雷を踏み込んだ。
さすがにアルタミアの顔から察したらしく、慌てて言葉を途切れさせて、首を振ってはいたが。
収集家はラピデス・ソードを物欲しげに見つめた後、再び溜め息を吐いて首を振る。
「約束は約束だ。選ばせてやる、少し待っておれ……」
「あ! いやあの、『暴食竜の道具袋』が欲しいんですけど……」
「はあ?」
収集家は、俺の言っていることが理解できないというふうに首を傾げ、間の抜けた声を上げた。
アルタミアの顔が真っ青になった。
「ア、アンタ、何言ってるの!?」
「い、いや、だって、なんでも一つって……ほら、約束……」
「ばっ、馬鹿か! それは、我が胸部に同化させていると言っておるだろうが! 剥がせというのか!? 千切れというのか!?」
「や、約束を何度も破るんですか! 収集家ともあろうお方が! くださいよ! だって俺、勝ちましたもん! なんでもくれるって! 約束破らないって言ってたのに!」
「第一、それを持っていかれたら、中に入っている我が宝具の数々をどうしろというのだ! 貴様は馬鹿か!」
まぁ、そうなるよな……。
収集家の宝具にどれだけの量があるのかは知らないが、実質的に一つどころの話ではなくなってしまうだろう。
「端っこ破いてくれるだけでもいいんですけど……」
「破けんし、破かんわ! ふざけておるのかキサ……」
収集家はそこまで言って、俺の目を見て、ドン引きしたように身体を退いた。
「貴様……まさか、本当に本気で言っておるのか? 頭がおかしいのか?」
そ、そこまで言わなくても……。
しかしさすがに、この論調で収集家から『暴食竜の道具袋』を引き出すのは不可能だったか。
元より『暴食竜の道具袋』は、収集家の人生そのもののようなものだ。
人生のすべてを費やして集めた宝の数々の収集箱である。
残念だが、本人を納得させて譲り受けられることはまず有り得ないだろう。
「ああ、だったら……さっきの本をください。それなら文句ないですよね」
「さ、さっきの本……? ま、まさか……大神宝典か!? さっきの本などと、そんな気軽に……。し、しかし、あれは……あれは……。確かになんでもと我は口にしたが、しかし……」
大神宝典に書いてあったことはほとんど読めなかったが、薄っすらと内容は理解できた。
ここで手放すのは惜しい。
さっきは収集家が直接貸してくれなかったこともあってしっかりと読み解くことができなかったが、手に入れさえすれば持ち帰ってじっくりと解読することができる。
クゥドル教が必死になって探し求めている本である。
世界の真理に関することや、素晴らしい魔術に繋がるヒントが隠されているのかもしれない。
一魔術師として手に入れておきたい。
収集家は自分の頭を押さえて呻き、しばしどうするか悩んでいたようではあったが、最終的には大神宝典を取り出し、震えてる手で俺へと、両手で丁寧に渡してくれた。
相当に惜しいのだろう。
最初に見せてくれたときは、自分以外に持たせるのも嫌がっていたほどの代物である。
さすがにこのクラスの宝具を失うのは、収集家にとっても手痛いらしい。
「重ッ……」
俺が身体を傾かせると、収集家が大慌てで俺の身体を支えた。
「あ、ありがとうございます」
「貴様ッ! ふざけた真似をしたら、ただでは済まさんぞ! それが、それが……どれだけ価値のあるものか! 中身がわからなかろうとも、使い方次第では何千万人といるクゥドル教徒を好きに操ることも、国間の争いを引き起こすこともできる、神にも邪神にもなれると言っても相違ない、ああ……」
収集家が恨みがましそうに大神宝典を見つめる。
俺は軽く頭を下げてから収集家から離れ、手で表紙を軽く叩く。
一段と収集家の目つきが厳しくなった。
べ、別に汚れたわけじゃないんだけど……なんとなく、つい癖でというか……。
アルタミアが光の球に姿を変えて移動し、俺の近くでまた人間の姿にへと戻った。
くるりと宙を舞ってから足を組み、やや頭の位置を下げて俺に耳打ちする。
「……それ、返した方がいいんじゃないの? 今回は大人しく下がってくれてるけど……あの様子を見るに、いつ爆発するかわかったもんじゃないわ。さっきはああ言ったけど、『地響きの剣』だからよかったものの、他の武器を制限なしで使われたら、本当にとんでもないことになるわよ。アレに目を付けられるのが代わりなら、どんな宝だって釣り合わないわよ。余計な因縁を残さない方がいいわ。その本にしたって、所在がわかったらクゥドル教徒は疎か、他の国々の重鎮だって何人敵に回すか、わかったものじゃないんだから……」
そう言われても、わざわざ自分から手放すつもりはない。
俺は妥協してこれで我慢しているのに、なぜこれまで手放さなければいけないのか。
ただ……分厚くて重いところは少しネックだ。
「メア、ちょっと……これ、保管しといて」
「メ、メアがですか!?」
メアが自分を指差しながら、悲鳴を上げるかのように叫ぶ。
メアは収集家を警戒しながら恐る恐ると俺へと近づき、俺の手から大神宝典を受け取った。
収集家が、恐ろしく険しい目で大神宝典の行く末を睨んでいた。
収集家はその後、遠くにあるラピデス・ソードを眺め、俺を睨み、メアの手許の大神宝典へと目線を移しては、眉の間に皺を寄せ、右手で頭を鷲掴みにするように押さえていた。
その様子を観察していると、収集家と目が合った。
不意に収集家が目付きを緩め、仄かに薄ら笑いを湛えながらゆっくりと俺へと近づいて来る。
「……アベルよ、見事な魔術だった。貴様こそ真に世界一の魔術師と手放しに云えよう。いや、軽んじてすまぬかったな。この塔で貴様に会えた数奇に……我は、感謝する」
そこまで言って、白々しい拍手を俺へと短く送る。
今までとは毛色の異なる賞賛である。何か、背筋にうすら寒いものを覚えた。