作品タイトル不明
三十話 『収集家』①
アルタミアとの和解を終え、まさに帰ろうとし始めたとき……第七階層と続く方の道から、大きな足音が聞こえて来た。
あまり早くはないが、なんとなく威圧的な足音であった。
まだこの塔に何か番人がいるとでもいうのだろうか。
正直、俺もかなり疲労が来ている。面倒な罠があるのならば、解除しておいてほしい。
「アルタミアさん、この階層、まだ何かあったり……?」
俺がアルタミアの方を振り返ると、彼女もぽかんと口を開けて、道の先を眺めていた。
どうやら、アルタミアの知るところではないらしい。
「う、嘘……。百年近く誰もここまで上がってこなかったのに、同じ日にまた来訪者が来るなんて」
アルタミアの仕掛けたものではないと考えると……まさか、ハイエルフの司祭、デヴィンだろうか?
油断した。豆の樹を転がり落ちて行ったから、しばらくは起き上がってこれないだろうと思っていたのだが、こうも復活が早いとは思わなかった。
魔術の腕はいざ知らず、しぶとさだけは間違いなくハイエルフ界一である。
もっとも他のハイエルフがどうなのかは知らないが、デヴィン以上にしつこいハイエルフがいるとはちょっと考えたくない。
帰りに気絶したデヴィンをどうにか引き摺ってパルガス村まで連れ帰り、ラルクへ突き出してやろうと考えていたのだが、こうもあっさりと起き上がったばかりか、まだ俺を追跡してくるだけの根性が残っていたとは思わなかった。
本気でまだ勝てると思っているのだろうか。単に、引っ込みがつかなくなっただけか?
「あれだけやって駄目なら……もう、完全に縛りあげとくしかないか……」
俺が杖を構えていると、近づいて来ている人物の姿が明らかになった。
青い外套に全身を覆い、顔に包帯を巻いた、異様な格好の大男だった。
外套の袖から伸びた腕も包帯に覆われており、長い指には指輪がいくつも、じゃらじゃらと嵌められていた。
二つ指輪を付けている指もある。個々で見れば煌びやかで上品な指輪も、ああして寄せ集めにされれば、下品にさえ思えてくる。
品がないのはさておき、ただものでないことだけは一目見てはっきりとわかった。
威圧感が、半端じゃない。大柄だから、というだけではない。
「ほう! ほう! そっちにおるのがアルタミアか! さすが、伝説の錬金術師、魔女と呼ばれるだけはあるわい。これほどの大したオーラは、久々に見る。六十点といったところか? 合格だ」
大男が、俺とメアの向こう側にいるアルタミアを見て、パキポキと指を鳴らす。
まるで俺とメアのことなど目に見えてさえいなかったようだが、ふと思い出したようにこちらへと目を向けて来た。
「……しかし、なぜこんな蠅虫が二匹紛れ込んでおるのか。ここまで凡庸が、よくもこの塔を登れたことであるな。塔を半壊させた魔術師には期待しておったのだが……ただの、偶然強大な魔法具を手にしただけの雑魚であったとは。女の方に至っては、オーラがほぼゼロではないか」
お、俺のことを言ってるのか?
アルタミアと俺なら、知恵ならばわからないが、魔術勝負なら俺が今さっき圧勝したばかりである。
何を基準で比べているのか、いまいち掴めない。
メアは身体を固まらせ、大男へと引き気味に身構えていた。
俺は小声でメアへと話しかける。
「……他の冒険者と鉢合わせになっちゃったみたいだな」
おまけに、あまり好意的なようにも見えない。
俺はアルタミアへと目で合図する。
アルタミアの砦である魔女の塔を半壊させ、とっておきのコロッサスをぶっ壊したのは俺である。
追い返した方がよさそうなら、それくらいは手伝った方がいいだろう。
「……アンタ達には、もう飽きたわ。大きな客が来て忙しくなったところだし……見逃してあげるから、とっとと帰りなさい。邪魔なのよ」
アルタミアが、さっき話していたときとは打って変わった、冷たい声で言った。
俺が驚いていると、アルタミアが目で出口の方へと急かす。
どういうことなのかわからず戸惑っていると、アルタミアが続けて口を開く。
「……あまり、何度も言わせないでちょうだい。どうなっても知らないわよ。アンタ達も多少腕に自信はあるんでしょうけど、『収集家』は、そんな次元で測れる相手じゃないの」
「しゅ、収集家……!?」
聞いたことがある。
一昔前にディンラート王国内のありとあらゆる遺跡や洞窟を荒らし回っていた、伝説の冒険者である。
巨大なドラゴンを単独で屠った。小国の王家の宝が欲しかったために革命に手を貸してたったの一晩で歴史を塗り替えた。
その手のエピソードは、ちょっと調べればいくらでも出てくる。
一挙一動が伝説になるとまで讃えられている人物である。
本の中では、世界最強どころか、史上最強の人間とさえ書かれていた。
この目前の大男が、伝説の冒険者、収集家だというのか。
緊張と興奮で、皮膚が熱くなるのを感じる。
「ハーッ! 噂と違って、魔女は随分と生温いのだな! だが残念だが、そこの魔術師は返さぬ」
収集家がしゃがれた声で荒々しく言い、腕を高々と掲げる。
手の中に、収集家の背丈ほどもある、一本の巨大な剣が、まるで最初からそこにあったかのように現れた。
精霊語も、魔法陣も、一切何もなかった。
――いや、妙な精霊の動きは、確かにあった。
タネがないわけではないのだ。
気を張って精霊の動きを感じ取れば、どういった魔法現象が起きていたのかを大まかに掴むことができる。
精霊の動きは、まるで別の次元にあったものを、手で掴んでこっちの次元へ持ってきたかのような、そんなものだった。
空間魔術に似ているが、既存のあらゆる空間魔術とは比較できないほどスムーズである。
術式が皆無であったことを思えば、剣を転移させるためになんらかの魔法具を用いたと考えるべきだろう。
収集家がニマリと笑い、大きく湾曲した刃を持つ巨大な剣を、軽々と俺へと向ける。
俺は突き出された刃に気圧され、言葉を失ってごくりと唾を呑み込む。
「小僧、貴様に興味はないが……貴様の持っている魔法具には、我は興味津々でな。クゥドル教の、破壊の杖を我へと差し出すがいい。我は今、機嫌がいい。大人しく差し出せば、見逃してやらんこともないかもしれんぞ? 我の気まぐれと、貴様の態度次第ではあるがな! フハハハハ!」
「は、破壊の杖……?」
メアが不安げに零す。
それを聞いた収集家が、苛立ったようにメアを睨む。
メアが落ち着かない様子で俺の方を見た。
「ど、どど、どうしますアベル……? この人多分、何か勘違いしてますよ」
俺も、破壊の杖に心当たりなんかない。
破壊の杖はクゥドル教の神話に出てくる魔法具であるが、遺跡の壁画で存在が示唆されているだけであり、学者の解釈以上のことは何も明らかになっていないはずだ。
壁画ではクゥドル神を召喚した神官が持ち歩いていたり、無数の魔弾を放って悪魔の大群を滅ぼしたりしている。
しかしどこにあるのかどころか、本当にあったものなのかさえ定かではない。
何をどう勘違いしたら俺が持っているという結論に達したのかまるで理解ができないが、しかし、俺としてはそんなことはどうでもよかった。
それよりも俺の関心は別のところにあった。
「あんな大っぴらに使って、誤魔化せるとでも思っておるのか? 馬鹿が! さぁ、さっさと出すがいい! どれだ!? 我に見せろ! それとも隙を突いて、我に撃ち込んでみるか? それはそれで構わんぞ。貴様らの様な蟻に、そんな度胸があるのならばな! さぁ、十秒待ってやる! 貴様らが破壊の杖を使い熟せるというのならば、少しは楽しめるかもしれ……」
「今の! 今……剣を持ってきた魔法具って、例のアレですよね! あの、暴食竜フィフニーグの、臓器の皮を使ったっていう……!」
俺は収集家の言葉を遮って叫び、剣の刃を身を屈めて避けて、手をワキワキさせながら収集家へと接近した。