軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二十話 ハイエルフの魔術師、デヴィン⑬

タナトスの半透明の顔に、不気味な渦が巻き始めているのが見えた。

タナトスの渦と、目が合ったような気がした。まるで中央に吸い込まれそうになる錯覚を覚え、背筋がぞくりとした。

「ぐっ……」

俺は杖へ手を伸ばそうとしたが思い留まり、デヴィンの方を見た。

「おいおい、魔法は、使うなって言ったじゃないか。覚えが悪いのかな? マーレンは!」

デヴィンが魔法陣に覆われた不気味な顔で、笑う様に言う。

「アベルッ! メ、メアごとやってください! このままじゃ、アベルまで……!」

メアが涙を流しながら叫ぶ。

まずい、普通にまずい。

あのエルフ、魔力はしょっぱかったし、マーレンはハイエルフに力負けしたのを認めたから小細工に走ったと宣ったその日の内に自分は人質を取るくらいプライドもゴミカスになったが、執念だけは凄まじい。

俺が動いたら、この後死ぬのを承知の上でメアに全力で害をなそうとするだろう。

かといって、魔術もなしに大精霊など退けられるわけがない。

ぴくりと、俺に腕を伸ばしていたタナトスの動きが止まった。

糸で急に吊り上げられた様な、妙な動きだった。

そのままタナトスはゆっくりと首を持ち上げて、宙を睨む。

俺もタナトスに釣られるように顔を上げた。妙な魔力を感じる。

今まで感じたことのある、どんな魔力とも違う。

自分の血の気が引いていくのを感じる。

「おいデヴィン! そこから降りろ! おいっ!」

「ははは! 何を言っている?」

「メアを巻き添えにする気か? 馬鹿っ! 降りろっ! その高さはまずい! 飛び降りろ! 停戦だ!」

「そんな古い手に引っ掛かるとでも思うのかい? 惨めだな! 必死に鎌を掛けることしかできないのか! ハハハハハハ! 私の靴の裏でも舐めたら、信じてあげようかな。タナトスを避けながら、ここまで登ってこられたらの話だけどね!」

タナトスの顔の渦が、ぐるぐると速度を増していく。

急にタナトスはデヴィンの方を向いて、袖から出ている二本の鋭利な腕を伸ばしながら、彼へと向かっていく。

「タ、タナトス! なぜこっちに……! お、おい止まれ! 止まれ! ぐっ!」

デヴィンがタナトスへと目掛けて、メアを突き飛ばす。

タナトスは鋭利な腕をきゅっと曲げて、そっとメアを抱えた後、腕を伸ばして器用に近くの枝へと乗せる。

そしてデヴィンを、鋭利な腕の側面で薙ぎ払って枝から叩き落した。

「がはっ! タナトスッ……なぜ!……」

デヴィンが宙を落ちていく。

そしてついに、俺の警戒していたものが、タナトスのすぐ近くに現れた。

すぐ近く……というか、タナトスのいる高さのところに現れた。

それは、あまりにも大きかった。空を仰ぐ俺の視界を覆いつくさんがばかりである。

一言で言えば、巨大な石でできた魚のようだった。顔はなく、その代わりに身体全身に魔法陣やら術式やらが刻まれている。

それは俺も、絵や伝承で何度か聞かされたことがあった。

ディンラート王国においても、度々恐怖や災害の象徴として用いられるこの魔獣は、アポカリプスと呼ばれている。

かつて、世界を滅ぼしかけたとさえ云われている、伝説の魔獣である。

「おいおい、冗談だろ……でっかい毒蛇からこれじゃ、いきなり難易度、上がりすぎだろ……」

――巨大な石でできたような魚の姿をした魔獣、アポカリプス。

十年に一度単位でふらっと現れては、破壊の限りを尽くし、忽然と消えていくという。

百年ほど前以来、現れなくなったそうだが……まさか、魔女の塔にアルタミアと一緒にいたなど、誰も想像だにしていなかっただろう。

危険度など、当然のごとく不詳である。BやらAやらで測れる相手ではない。

アポカリプスの身体の一部に刻まれている術式が光った。

次の瞬間、アポカリプスの身体の光っていた部分から大きな石製の針が何本も飛び出し、タナトスを貫いた。

針にも何かの術式が刻まれている。

タナトスは身体を貫かれてなお、外套の中から大量の鋭利な刃を伸ばし、アポカリプスの体表へと刺し返した。

アポカリプスの頑強そうな体表にいくつもの大きな傷が入り、アポカリプスの破片がつぶてとなって落ちていく。

タナトスの攻撃によって罅が入った部分が、紫の毒々しい光を放っている。

何か、呪いの様なものを与えたのかもしれない。

だが、いかんせん規模が違い過ぎる。さしたるダメージにはなっていないようだった。

アポカリプスの針に刻まれてる術式が光ると、その瞬間にタナトスの外套が強力な圧を受けたようにぺしゃんこになり、外套の中から金属塊のようなものがバラバラと落ちて行った。

「こ、こんなの伏せてるなら、もっと最初から出せよ……」

冒険者が途中まで登ったところで、アポカリプスが姿を現すようになっていたのだろう。

確実に退路を断って、仕留めに掛かってきている。

「……とりあえず、メアが無事でよかった。アルタミアの性格の悪さに救われたな」

俺は落下中のデヴィンへと目を向ける。

タナトスはいち早くアポカリプスの存在に気が付き、デヴィンの身が危ないと勘付いていたがゆえに、デヴィンを叩き落としたのだろう。

メアのことも、傷つけないように逃がしてくれた。

今やアポカリプスの身体に引っ掛かっている布切れと化したタナトスに、俺は感謝した。

ふと、俺の視界に、落下して行くデヴィンが映った。

デヴィンは不格好な体勢で落ちながらも、杖を構えている。

何をするつもりなのか、すぐ脳裏に浮かんだ。

俺は半ば反射的にデヴィンへと杖を向けた。

「 বায়ু(風よ) !」

デヴィンが魔法陣を浮かべ、叫ぶ。

風を使い、着地時の衝撃を和らげるつもりだろう。

俺は杖を振るい、その魔法陣を描き変えた。

風はデヴィンの背を押す様に吹き荒れる。デヴィンは頭から落ち、勢いよく豆の樹の枝へと顎を叩きつけた。

「あごっ! ごがぁっ!」

そのままぐるりと回って落下して行く。

デヴィンは、枝やら幹やらそこら中に身体をぶつけ、時に擦りつけながら、悲鳴を上げて落下して行く。

「おげ、おげぇっ! ごがっ! ほべるっ!」

俺は血塗れで落下して行くデヴィンへと、唾を吐きかける。

それからすぐにメアへと目線を移した。

「メア、大丈夫か!」

「メ、メアは、大丈夫です! で、でも、それどころじゃないです! 上……上……!!」

そのとき、アポカリプスの鳴き声が響いた。

天変地異の前触れのような、恐ろしい音だ。

地上いっぱいに広がる青々しい草原が、空を覆いつくす不気味な岩塊アポカリプスと、ひどく対照的であった。