軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

十一話 ハイエルフの魔術師、デヴィン④

ついに辿り着いた四階層は、森であった。

色とりどりの葉っぱを付けるカラフルな木々が、あちらこちらに生えている。

だが俺は全階層の半分にして、既にダンジョン探索に限界を感じていた。

アルタミアの妄執が造り出した、悪辣非道の迷宮である。

攻略が簡単であるはずがなかったのだ。

少し、甘く見ていたかもしれない。

「…………」

俺はぐったりと、背中にあった木に体重を預ける。

崩れ落ちそうになった俺の肩を、メアが担いだ。

「ア、アベル! しっかりしてください!」

「も……もう、駄目だ。引き際を、誤ったみたいだ」

「アベル!」

俺とメアを囲んでいた魔獣が、じりじりと近づいて来る。

「ぐべっ……ぐべっ……ぐべっ……」

ドラゴンヘッド――緑色の丸い、ごつごつした甲殻を持つ魔獣である。

竜の頭を切り離し、カエルのような手足を付けた姿をしているため、この様な名前で呼ばれている。

――――――――――

ドラゴンヘッドは、丸っこい愛らしささえある容姿とは裏腹に、単体でも危険度Cを誇る危険な魔獣である。

硬い体に、強靭な牙。そして足を活かした瞬発力。

おまけに炎まで吐くという、近接戦闘のエキスパートの様なこの魔獣は、なんと三十近い群れを成して移動するという、悪夢のような性質を持つ。

ドラゴンヘッドの群れに目を付けられれば、パーティーメンバー全員が生存するというのは、非常に難しい。

如何に熟練の冒険者でも、ドラゴンヘッドの群れに囲まれれば、真っ当に太刀打ちすることはできないだろう。

(引用:エドナ・アルバータ著作『危険な魔獣』)

――――――――――

本では読んだことがあったが、なるほど実際目にしてみれば、なかなかユーモラスで可愛らしい。

四階層を歩いていたところ、いつの間にか群れに囲まれていたのだ。

「こ、こっち来ないでください! メア、撃ちます! 撃ちますよ! だから来ないでください!」

メアが弓を構えて、ドラゴンヘッドを牽制する。

だが一体のドラゴンヘッドは、メアの行動を嘲笑うかの様に、大きな爪のある伸縮自在の腕を振りかぶりながら、俺へと飛び掛かって来た。

メアが矢を射る。

照準は、ドラゴンヘッドの自在な動きの前に、わずかに逸れた。

腹の鱗を掠っただけに終わる。

「あ、いや……そっちはどうとでもなるんだけどな」

俺が指を曲げると、俺の手にしていた世界樹のオーテムが飛び出し、ドラゴンヘッドへとキックを噛ました。

「ぐぼっ!?」

他のドラゴンヘッドが一気に殺気立ち、世界樹のオーテムへと襲い掛かる。

そこからは世界樹オーテムの無双であった。

叩く。殴る。投げる、他のドラゴンヘッドにぶつける。

火を噴きかけられても、火を突っ切ってドラゴンヘッドを弾き飛ばし、ビリヤードの様に他のドラゴンヘッドへとぶつけた。

弾き出されたドラゴンヘッドが木に激突してへし折り、それでもなお勢い余って、地面へとめり込んだ。

メアはしばし無言で世界樹のオーテムによるドラゴンヘッドの殺戮ショーを眺めていたが、我に返った様に俺の方を振り返った。

「……アベルが元気そうで何よりです」

「い、いや……全然元気じゃないんだが。もう、足が……足が……帰りの体力が……」

これ以上は、まともに歩けそうにない。

ここの階段は、それほどまでに凶悪であった。

「……アベルより、ドラゴンヘッドの方が大変そうです。見てください、あのドラゴンヘッド、尻尾が取れてます」

「俺は足が棒になりそうだ」

「それはただの比喩ですよ」

別に筋力が疲弊していようが、魔術は問題なく行使できる。

強いて言えば、ちょっと集中力が乱れるくらいである。

オーテムをオートモードにするくらい、どうということはない。

「メア、本気で心配したのに……」

メアが目を細めながら、頬を膨らませる。

ちょ、ちょっと拗ねてる……?

で、でも、俺だって足の限界が近いのは本気なんだけどな。

「わ、悪い……でも、足が……本当に足が……」

「……マッサージしてあげます」

「ああ、サンキュー……」

よかった、そんなに拗ねてなかった。

俺がほっとしていると、ふとメアの後ろの方から、俺達へと向かってまた十体近いドラゴンヘッドの群れが走ってきているのが目に見えた。

援軍を呼んだのか、悲鳴を聞いてやってきたのか。

群れの中には、黄金色の体表をしたドラゴンヘッドが混じっている。

「……ゴールデン・ドラゴンヘッドか?」

ゴールデン・ドラゴンヘッドとは、ドラゴンヘッドの希少種である。

通常のドラゴンヘッドよりも硬く、素早く、頭がいい。

炎の射程や威力も高い。

その分、ゴールデン・ドラゴンヘッドの体表は防具の素材にも持って来いな他、縁起がいいとされており、大商人がよく剥製して飾りたがるため、かなりの高値で取引されているそうだ。

かなり珍しい魔獣のはずだが……こうもあっさりと出てくる辺りは、さすがアルタミアの眠る塔とでもいうべきか。

レアモンスターの巣窟である。

この先の階層にもうじゃうじゃこんなレアモンスターがいるのかと思うと、無理をしてでも七階辺りまではいってみたいという欲求に狩られる。

世界樹オーテムは、その十体のドラゴンヘッドへと向かって突撃していく。

世界樹オーテムが正面の一帯を蹴り飛ばそうとした瞬間、ドラゴンヘッド達はさっと左右に分かれ、各々の方向へと走り去ろうとする。

それを見て、俺は遅れて理解した。

あの十体のドラゴンヘッドは、俺達を追いかけていたのではなく、何かから逃げていたのだろう、と。

世界樹のオーテムが右側のドラゴンヘッドを一体深追いし、体当たりを仕掛けたと同時に、ドラゴンヘッドを追いかけていたらしい、子供くらいの背丈の石の塊が宙へと跳び上がって姿を現した。

石には大雑把に手足らしい枝分かれがあり、身体の全身に術式が刻まれている。

魔獣というわけではなさそうだ。

奴が、ドラゴンヘッドを追いかけていたのだろう。

石人形は俺達の前に立つと、不気味な動きですぅっと横に移動しながら大きく腕を振るい、メアの傍へと立った。

「きゃっ!」

メアが脅えて仰け反る。

その石人形を、世界樹のオーテムが勢いよく踏みつけた。

ズボボボボボと石人形の両足が地面に突き刺さり、術式に紛れて一つ目の記号の様なものが刻まれた頭の部位だけがぽっかりと地上に出ている格好になった。

メアがその場に尻もちを突きそうになった。

俺は木に凭れ掛かって座っていた体勢から、慌ててメアの身体を支えようと横に飛び、彼女の下敷きになった。

「つ、つつ……」

「ア、アベル、ごめんなさい……」

普通なら格好良く支えて御礼を言われる場面なのだろうが、普通に謝られてしまったところがどうにも不甲斐ない。

俺は態勢を立て直してから、地面からぽっかり出た石人形の頭部へと近づく。

「そ、それ、なんなんですか?」

「……ゴーレム、の亜種みたいなもんかな。正直、あんまりよくわからない」

俺は慎重に石人形へと近づく。

危険度C級の魔獣の群れを一方的に追い掛け回していたのだ。

単純に考えて、危険度はB級クラスと見るべきか。

「……珍しそうなものを見つけたのに、アベル、あんまり嬉しそうじゃありませんね」

「いや、この魔法陣の組み方……ゼシュム遺跡にあったものや、エベルハイドの使っていたものに似ててな。アルタミアのものだとはどうにも思えない。それって、アルタミアとは無関係に、こっちを攻撃してきた魔術師がいるってことだろ」

周囲を警戒していると、妙な精霊の動きを感じた。

どこぞから、この周辺を対象にした魔術を行使されたようだった。

予想通り、目前に魔法陣が浮かび上がり、その中に人の影が浮かび上がった。

ウェーブの掛かった、金の髪。

切れ長の目は、右目は碧目だが、左目は毒々しいまでに赤い、オッドアイであった。

魔石や宝石が施された、瑠璃色のローブを身に纏っている。

恐ろしいまでに整った、美形の男だった。

そして、耳は長く、先は尖っている。

術式から想像はできていたが、やはりエルフのようだった。

外見年齢は二十五、六歳といったところだが、エルフならばそれは当てにならない。

外見年齢の五倍から十倍で考えるべきだろう。

エルフはエベルハイドで見たことがあったが、エベルハイドとは、明らかに魔力の質も、本人のオーラも違う。

まるで、全く別の生き物のようであった。

睨まれているだけで、つい背筋が伸びそうになる。

エルフは厳めしい顔を浮かべていたが、俺とメアを見ると表情を崩し、温和な笑みを浮かべる。

俺も釣られてつい笑ってしまう。

一時はどうなることやらと思ったが、どうやら、敵意はなさそうだ。

ここは現在立ち入り禁止になっている。

まさか人がいるとは思っていなかったのだろう。先ほどの攻撃は、事故の様なものだったのだ。

俺も俺とメア以外に訪問者がいたとは知らなかった。

エルフはそれから地中に埋まっている石人形へと目を向けて、口許を隠して上品に笑う。

「何の魔獣に躓いたかと思えば、なんだノークスが二体か」

「……あ?」

俺もメアも、ノークスではない。

マーレンとドゥームである。

エルフからしてみれば、エルフ以外の人間種は全員ノークスとでも言いたいのだろうか。

さすがの俺も、今の一言でこのエルフが友好的ではないことに気が付いた。

「いや、気に喰わないね。実に気に喰わない。たかがノークスが、この私のストーンサーヴァントを退けたなど」

エルフは俺に向かってそう言った。

顔こそ笑っているが、よく見てみれば、人に向けるような笑顔ではない。

まるで奇妙な魔獣でも見つけたかのような、そんな笑いだ。

明らかに、こちらを見下して掛かっている。