軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

十話 ハイエルフの魔術師、デヴィン③

三階層へと上がる道中、俺はメアに、魔女の塔の三階層について、事前に集めておいた資料を読みあげて説明をしていた。

「第三階層は、水の迷宮になっている。ほとんどは靴の底が濡れる程度の浅瀬だが、フォーグが活発的で意外と危ないそうだ」

「フォーグですか……。メア、あれあんまり好きじゃないんですよね」

メアはうんざりした様に顔を顰めた。

フォーグとは要するに、カエルの魔獣である。

大きさは手のひらサイズから三メートル級まで、種族によって大きく異なる。

俺は別段気にしたことはなかったが、確かに小型ならまだしも、中型やら大型はあまり近くで見ていて気持ちのいいものではない。

「そうか、メアはフォーグ系統は苦手だったか。視界に入ったら一瞬で蒸発させておいてやるから安心しろ」

「そ、そこまでは大丈夫です……。冗談ですよね?」

一階層はゴブリンがうろついているだけだったし、二階層は俺のアベル球で破壊してしまったため、ここまでは真っ当なダンジョン探索とはいえなかった。

最早ただの階段上りである。

ここからが本番だ。ダンジョン探索は、気の緩みがすぐ死に繋がる。

A級冒険者が、ふとしたミスで命を落とすこともさほど珍しくない。

メアの命も預かる身としては、気を引き締めて掛からねばならない。

「後……水が深いところは 半魚鬼(シーマリン) が潜んでいるらしいから、気をつけないとな」

半魚鬼(シーマリン) というのは、ゴブリンの人魚の様な外観をした魔獣だ。

醜い皺だらけの深緑の顔をしており、歯は数が多く二列にも及ぶ。

目は瞼がなく開きっぱなしで、下半身は魚になっている。

人を水中に引きずり降ろして溺死させ、その死体を仲間と集って喰らう。

単純な危険度はD級上位程度だとされているが、水中から一気に攻撃を仕掛けてくる奇襲性と、 半魚鬼(シーマリン) の持つ残忍さ、狡猾さから、危険度以上に恐れられている。

「水の中に、宝石ヒトデが生息しているそうだ。そこまで多くはないらしいが、半日捜せば二体は見つかったって書いてあるな」

「宝石ヒトデ、ですか?」

「ああ。宝石ヒトデは、中央側の皮膚が硬質化していて、まるで宝石がくっ付いているようになっているそうだ。とはいってもただの皮膚だから、死ぬと黒ずんで腐るらしいけどな。見栄えが綺麗だから、金持ちがペットとしてこぞって買うそうだ」

自然界に存在する宝石ヒトデの数は少なく、安定して発見例が続く地域はまず存在しないという。

リーヴァラス国には多く生息しているという噂ではあるものの、リーヴァラス国には不審な話が多く、隣国でありながらディンラート王国との国交もほとんどないため、気軽に取りに出かけるというわけにもいかない。

だが、魔女の塔三階層では、外部に比べて宝石ヒトデの数が圧倒的に多いそうだ。

過去、立ち入りが自由だった頃は、魔女の塔に入る冒険者の七割以上が宝石ヒトデ目当てであったとまで、過去の記録書には記されていた。

「ほえー……なんだか凄そうですね! メア、見てみたいです!」

「ほしいのか? なら俺がどうにか誘き寄せる方法を考えて、百体くらい捕まえてやろう」

「そんなにはいらないです……」

途中、階段の上で足を吊りかけ、助けようとしたメア諸共階段を落ちかけるトラブルがあったものの、どうにかこうにか三階層へと上がることができた。

息を切らしながら、俺は三階層へと足を踏み入れる。

「さて、これでようやく真っ当な探索が……」

煉瓦造りの大部屋の中に、床が軽く濡れる程度の水溜りがあちらこちらにあった。

その周辺で、腹を上にして苦しそうに呻いている 半魚鬼(シーマリン) の姿があった。

どうやら 半魚鬼(シーマリン) は水中に潜んで獲物が通り掛かるのを待っていたところ、なぜか急に水が干上がっていき、強制的に陸地に追い出されたようであった。

さすがの 半魚鬼(シーマリン) も、ああなってしまえばただの呼吸ができなくて足のないゴブリンである。

「あ……宝石ヒトデ」

メアが真顔で呟いた。

目線の先には、黒ずんでぐったりとしているヒトデが床に放置されていた。

中央部分が微妙に膨らんでおり、腐った黒いゴムのようなものがべったりと張り付いていた。

元はさぞ美しかったのだろうが、今はただのゴミのようだった。

俺は壁へと目を向ける。

三階層の壁の上の方に、大きな穴が開いていた。

どうやら斜め上に放ったアベル球は、三階層の床と壁を貫き、結界を粉砕したようであった。

そのせいでアルタミアの魔力の影響が薄まり、三階層に広がっていた水の水位が低くなったのだろうと推測できた。

冷や汗がこめかみを伝い、顎にまで到達した。

魔女の塔の全八階中、既に半分近くの三階までが損壊している。

俺が試しに軽く放ったつもりのアベル球が、まさかここまで魔女の塔を破壊しているとは知らなかった。

「……こ、この階も駄目だな」

俺がぽつりと呟くと、メアが大きく安堵の息を吐いた。

「よかった……壁を貫いているってことは、もうこれ以上、上の階は破損していないんですね……。メア、安心しました」

「…………」

その物言いには俺もちょっと言いたいことがあったが、下手したら俺のうっかりで魔女の塔が全壊しかねなかったことは事実なので、真摯に受け止めることにした。

「ま、三階層までは大して珍しい魔獣も出ないらしいからな。ショートカットできてよかったと、前向きに捉えよう」

「でもこれ、アルタミアの封印……解けちゃいませんか?」

「なんなら俺が調べて、既存の魔法陣に合わせて適当に掛け直しとくし」

アベル球を放った際に空間を隔絶させるための魔法陣が浮かび上がっていたが、大したものではなさそうだった。

多少は凝った作りの魔法陣の様だったが、せいぜい百年近く前の代物だ。

二日、三日は掛かるかもしれないが、俺ならもっと頑強に作り直すことができる自信がある。

「こ、心強い……。もうアルタミアの塔じゃなくて、アベルの塔になっちゃいそうですね……」

「それより、次の階段はどこだ?」

「あっちじゃないですか?」

メアが指で示す先には、天井へと続く高い階段があった。

だが、遠い。床に大きな窪みがあって、若干遠回りしなければならないところがまたマイナスである。

この階段続きで、そろそろ俺の足の限界が近づいてきていた。

「…………」

俺が無言で杖を天井に向けると、メアがそっと両手で俺の腕を掴んで止めた。

「……大丈夫だ。次は、上手くやるから。綺麗に穴を空けるし、終わった後には結界も修復するし……」

「で、でも、さすがになんだかよくない気がします。それに……」

メアが無言でちらりと見た先には、いきなり陸上に打ち上げられて苦し気に呻き声を上げる、 半魚鬼(シーマリン) の群れの姿があった。

頬はげっそりとやせ衰え、干乾びて絶命しているものもいる。

好んで人の命を奪い、腹が減れば共食いも辞さない邪悪な魔獣ではあるものの、こうして見ていると可哀想にも思えてくる。

魔女の塔の中には世間から独立した食物連鎖があり、魔獣達が必死に生きているのだ。

俺はこれ以上塔を破壊する気も失せて、ゆっくりと杖を降ろした。

俺とメアは、 半魚鬼(シーマリン) が苦し気にぴっちぴっちと跳ねながら水溜まりへと移動しようとしている光景を尻目に見つつ、四階層へと上がる階段へと進んだ。