軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

八話 ハイエルフの魔術師、デヴィン①

ディンラート王国の最僻地、魔女の塔に辿り着いた俺は、エリアと馬車、それから馬車を魔物から守るためのオーテムを残し、メアと共に周辺の探索を行うことにした。

巨大な円柱状になっている魔女の塔の周囲をぐるりと回ったが、特に気になるものは見つからなかった。

正面の入り口から早速内部へと向かったのだが、扉を潜った先は狭い土壁の通路となっており、そこを抜けた先は、辺り一面の草原となっていた。

空はどこまでも高く、蒼く、太陽まで窺えた。

「噂では聞いてましたけど……本当にすごいですね」

メアは俺の肩を掴み、背後に隠れるようにしながら、辺りをきょろきょろと窺っていた。

「俺も、ここまでだとは思っていなかったな。アルタミアの魔力の影響だとしたら、封印なんてもう、まともに機能してないんじゃないのか」

空間を自分の妄執のままに作り変え、異形の魔獣を生み出すなど、悪魔の領分である。

アルタミアが長い年月の間特殊な封印状に縛られているため、悪魔に近い存在と化しているのではないかと予想を立てていた。

だが、空やら太陽やらと、ここまで変幻自在に空間を操るなど、聞いたこともない。

外から見た広さと中から見た広さが、明らかに一致していない。

「なるほど。天井壊しての近道は絶対にできないっていう意味が、身にしみてわかった」

魔女の塔、第一階層――草原。

出てくる魔獣の危険度は、F級のみだとされている。

新米冒険者でも、よほどのヘタを打たなければ死ぬことはないレベルである。

「あっ! アベル、あれ見てください!」

遠くの方に、ゴブリン達が、枯れ木で作ったような大きな台車を曳いているのが見えた。

曳いているのは痩せこけた二体のゴブリンで、台車の上には体格のいいゴブリンが我が物顔で座り、時折喚きたてて二体のゴブリンを罵倒しているようだった。

メアはしばらく興味深そうにじぃっとゴブリンを観察していた。

こちらに気付いたゴブリン達はお手製の台車を放置し、そこに乗せていたらしい棍棒を担いでこちらへ走って来た。

俺は無言でメアの荷物の中に入れていたオーテムの一体を受け取り、魔術で動かしてゴブリン達へと突撃させた。

オーテムはあっという間に、先頭の大柄のゴブリンを弾き飛ばした。

一転してゴブリン達は逃げ惑い始めたが、オーテムはその後を執念深く追いかけ回しており、やがて姿が見えなくなった。

「……容赦ないですね、アベル。ちょっと大人げなくないですか?」

「面白そうな奴らだったから一応手心は加えてやったぞ」

オーテムに本気で魔力を注いで指示を出していれば、ゴブリンは今頃全員ミンチになっていただろう。

「これ、どこから上に上がったらいいんだろうな」

「あっ! 多分、あそこじゃないんですか?」

メアが遠くの方を指差す。

俺も指の先へと視線を向けてみると、そこには芝生を纏った土が盛り上がり、階段状になっているものがあった。

天の途中で途切れているものの、明らかに意味深な様子である。

あそこに何か、一階層と二階層を繋ぐ仕掛けの様なものがあるのかもしれない。

「う、嘘だろ……?」

俺はその、大自然の中の不自然な階段擬きを見て、驚愕した。

それと同時に、アルタミアの性格の悪さを呪った。

確かに前情報として、魔女の塔内には、アルタミアの持っている王国への恨みを反映した様な悪辣な罠がある、というようなことは聞いていた。

だが、まさか、一階層からこんな卑劣な罠があるとは思いもしなかった。

「アベル、何かに気付いたんですか?」

俺の様子を見て、メアが不安げに声を掛けてくる。

俺は静かに階段を指差した。

「あ、あれ……いくらなんでも遠くないか?」

「えっ? まぁ、はい……」

そもそも塔の見かけがさほど広くないため、油断しきっていた。

まさか、ここまで塔内部の空間が歪んでいるとは、思いもしなかったのだ。

嫌がらせの様に爽やかな日照りの中、向こうの端っこまで歩き続けろというのか。

マーレン族は静かな森近くでひっそりと暮らしているため、日の光に弱い。繊細な一族なのだ。

せいぜい木漏れ日が限度である。

軽く見積もって、階段までの距離は一キロメートル以上はある。

まだ、まだここは一階層なのだ。

「おまけにあの階段……見える範囲だけでも、高すぎるだろ。歩き疲れたところで、あんなのを登らせようというのか」

「………そ、そうですね」

一つ一つの段差が大きい上、段数が大きい。

ざっと百段以上はある。

重ねていうが、ここまはまだ一階層なのだ。

今回はまさかこんな目に遭うとはいなかったため、俺が乗っかることのできるほどの大きさのオーテムも用意していない。

アシュラ5000は長距離の転移に大量の魔力を要するため、走らせて馬車の後ろから付き纏わせようとしたのだが、馬が本気で脅えていたため、諦めてパルガス村内に保管している。

魔女の塔付近には魔力伝導のいい木も特に見当たらず、この階層にも見るからに貧相な木がぽつぽつと立っているばかりである。

マリアスから奪った……譲り受けた、蛇牛の悪魔を乗り物として扱うという手もあるが、魔女の塔内は魔力場が大きく崩れている。

こういった場所に自我の薄い悪魔や精霊獣を外部から連れてくるのは、あまりよろしいことではない。

過度な興奮状態に陥ったり、苦しんだりする可能性がある。

召喚する悪魔や精霊獣と深い信頼関係にあるのならまだしも、下手にこのように偏った魔力場のところに連れてくれば、不和や召喚紋の契約破棄に繋がりかねない。

「……帰ろう」

「せ、せっかくきたんですし、頑張りましょう! エリアさんも、お土産話を楽しみにしてますよ!」

エリアは自分が運んだ冒険者から、体験談やその日の成果なんかを聞くのが日々の楽しみであると、道中に語っていた。

最初にゼシュム遺跡へと向かう際にはほとんど無言であった彼女ではあるが、最近はぽつぽつながらに自分のことを話してくれる。

今日も『お客さんはよく変わった事件を起こすから期待している』と、少し恥ずかしそうに照れ笑いをしながら口にしてたところであった。

こんな僻地の僻地にまで付き合ってくれたのも、これまでの仲と期待があってのことだろう。

その期待を裏切るのかと言われれば、なかなか辛いところがある。

「それに、ここならいい思い出になりそうですし! 大丈夫ですよ! メアが荷物持ちますし、足を傷めてもマッサージをしてあげますから!」

メアが嬉しそうに手をわきわきさせながら言う。

「い、いや、せめて片方だけなら乗り切れそうなんだけど……この距離歩いてから、更に階段はちょっと……。これだけ広いなら、いっそのこと塔の中に馬車を持ち込むとか……」

「入口狭いですし、それはちょっと難しいんじゃないですかね……」

「馬車を一旦壊して、中で組み立てればいいんじゃないのか?」

「アベルって、追い詰められると凄いこと考えますね……。う、う~ん……多分エリアさん、許してくれないと思いますけど……」

俺とメアがあれこれと策を講じていると、慌ただしい獣の様な騒ぎ声が聞こえてきた。

ふと声の方を見てみると、三体のゴブリンを楽しそうに追い掛け回しているオーテムの姿があった。

「あいつら、そういや台車曳いてたな」

俺は杖を振るい、呪文を唱えた。

「 শিখা(炎よ) এই হাত(球を象れ) 」

杖先から現れた火の球は、ゴブリン達の道の先へと落下して大きく弾けた。

ゴブリン達が大口を開けて悲鳴を上げながら、それぞれの方向へと飛んでいく。

地面を這って逃げようとするゴブリン達の内、リーダー格の大柄なゴブリンの額へと、俺は杖を突きつけた。

ゴブリンの動きが止まり、恐怖からか大量の汗を流し始めた。

俺は逆の手で、放置されたボロボロの台車を指差した。

十分後、俺とメアはゴブリン三体の曳く台車の上に乗り、階段の方を目指していた。

ガタガタと揺れる上に、苦し気なゴブリンが時折恨みがましげにこちらを振り返るため乗り心地は最悪であったが、歩くのに比べればずっとマシである。

「なんだか可哀想……。メア、降りましょうか?」

「大丈夫大丈夫。こっち見るなり、襲い掛かって来たのは向こうなんだから」

「そ、そうですけど……」

「しっかし、日差しは熱いし、結構揺れるし、これはこれで体力を使うな」

俺がぽつりと言うと、ゴブリンのリーダー格が恨みがまし気な目で俺を睨んだ。

階段が近づいてきたところで、階段の上の方に、空間が割れ、歪の様なものができていることに気が付いた。

「あそこから上階にいったらいいんでしょうか?」

「みたいだな。塔の仕組みや封印を含めて、ここには色々参考になりそうなものが多いな」

俺は階段やその上の歪を観察し、空間の制御について仮説を立てて魔術式をノートに書き込み、思いついたことをあれこれとメモしていた。

階段がすぐそこまで来てから、俺はふと気になったことがあって空へと杖を向けた。

「どうしたんですかアベル?」

「ここの空間が歪んでいるとはいえ、本当に天までの高さがあるわけではないはずなんだ。恐らく……あの階段が途切れている辺りのところで、幻影の様なものに隠された天井があるはずなんだ。とはいえ結界の塊の様なものだろうから簡単には壊せないだろうとは思うが、ちょっと強めの衝撃を受けたときの、あの空の反応が見たくてな」

「な……なるほど。だいたいわかりましたよ!」

俺の話を必死に聞いていたメアであったが、バツが悪そうな顔を一瞬浮かべた後、俺の目をじいっと見つめながら、若干いつもより語気が強めにそう言い切った。

……これ、多分そんなにわかってない時の反応だな。

「 শিখা(炎よ) এই হাত(球を象れ) 」

俺は呪文を唱え、複雑な魔法陣を何重にも転写していく。

杖先に出た炎を小規模球状結界で包み込んで圧縮し、火力を継ぎ足して膨張させ……を繰り返す。

真っ白な光の球になったところで、太陽目掛けて一直線に撃ち出した。

俺の予想通り、階段が途切れている程度の高さにまで達したところで、光の球が止まった。

光の球を中心に、壁らしきものを伝って波紋が広がっていき、魔法陣の様なものが幾つも展開されていく。

太陽が変形し、空に混じる。空の色が真っ赤に染まっていき、雑に描かれた渦の様なものが空に広がっていく。

「アベル……今の、まずかったんじゃ……」

「い、いや、俺、そこまで魔力込めてなかったぞ!」

「アベルのそこまでは信用できませんもん! そろそろわかってください! ちょ、ちょっとこれ、一回外出ましょう! 塔が崩れるかもしれませんし!」

凄まじい轟音が鳴り響き、天井が塔の外見の様な例の煉瓦造りへと姿を変えた。

天井には、大きな穴が開いている。

下は煉瓦の床ににびっしりと草が生えているという、異様な光景になっていた。

「な、なるほど。階層ごとに結界で覆っていたため、結界をすり抜けて上から流れてきたアルタミアの魔力が内部で充満して、階層ごとに異様な空間を作り出していたのかもしれないな」

一階層を覆っていた封印術式が今ので緩み、アルタミアの魔力の影響が弱まったため、空と地面が元の形を取り戻したのかもしれない。

何にせよ、穴を開けて上に移動できるということがわかってよかった。

ゴブリン達は台車から手を離して天井の大穴を睨みながら、『俺達いらなくね?』とでも言いたげな目で俺の方をじっと見ていた。