作品タイトル不明
七話
ペテロと別れてから、俺は予定通りにメアと馬車の操縦役のエリアと共に、パルガス村を出発していた。
もちろん行き先は領主ラルクの元……ではなく、伝説の錬金術師アルタミアの眠る魔女の塔である。
魔女の塔は、ファージ領内においてもかなりの僻地であり、海沿いの方にある。
元々ド田舎であるファージ領内において、最辺境であるパルガス村から更に人里から遠ざかる方面にあるのだ。
魔女の塔には異形の魔獣や悪魔が蔓延り、魔女の自身を封印した王国への恨みが具現化したかのような悪辣な罠があちらこちらに設置されているという。
全八階で、階層を一つ上がるごとに魔女への距離が近づいて魔力場の歪みが大きくなるため、出現する魔獣もより狂暴なものへと変化するとされている。
せいぜい三階層までが一般的な冒険者の対処できる限界であり、四階層を越えた者は数えるほどしかおらず、六階層を見た者はただの一人もいないらしい。
単に帰ってきていないだけだ、という見方もあるが、それはそれで恐ろしい話である。
さすがのエリアも嫌がるかと思っていたが、魔女の塔の概要を聞いて数秒考えた後、その場で「……任せてほしい」と返してくれた。
案外、この人もこの人でチャレンジャーな節があるような気がしないこともない。
「お客さん、多分、アレだと思う」
御者台の方からエリアの声が聞こえてきたので、俺は布を捲って馬車の外へと目をやった。
海を背景にして聳え立つ、円柱の巨大な、煉瓦造りらしい塔があった。
ただの土ではなく、ミスリル等の高価な魔鉱石が混ぜ込まれた特製の煉瓦のようだ。
アルタミアを封印するための結界の媒介として一役買っているのかもしれない。
壁には幾つもの術式が刻まれており、不気味な雰囲気を醸し出していた。
アルタミアを封印するため、かなり病的な執念を燃やしていたようだ。
逆にこんな大掛かりな仕掛けならば見え見えだったと思うのだが、よく捕まえられたものだ。
むしろ捕まえてからここに封印したのだろうか。
「でも……確かに、変わったものが手に入りそうだな。色々と、調べ甲斐もありそうだし」
俺はラピデスソードの柄を手の中で遊ばせながら、期待を込めて魔女の塔を眺めた。
メアも俺の空けた隙間から首を出し、塔を見つけて「おぉー」と歓声を上げていた。
「それでそのぅ……アベル、今回は、どこまで登るんですか?」
「え? ああ……まぁ、怪我しない範囲で登れるところまで登って、適当に切り上げようと思ってるよ」
「……最後まで怪我しなかったら、どうしますか?」
「最後まで……ああ……」
塔についてはよくわかっていないが、アルタミアは恐らく第八階層に封印されているはずだ。
八階層に続くための扉を開けてしまえば、アルタミアの封印が解けて外へと逃げ出す……ということも、考えられない話ではない。
そんなことになったらこれまでの俺の功績がひっくり返り、王国から指名手配されることは避けられないだろう。
半泣きのラルクを引き連れ、ファージ領を拠点にディンラート王国全土を相手取っての戦争を始めることになりかねない。
さすがの俺もやっていいことと悪いことの区別はわかる。
例え多少気になることがあろうと、怪しい仕掛けがあれば速攻で引き返すつもりでいる。
仮にさくさくと塔を進むことができたとしても、我慢して七階層半ばでパルガス村にまで帰宅するくらいの自制心はあるつもりだ。
「それでも、ほどほどで撤収するつもりかな」
「えっ」
メアが素っ頓狂な声を上げ、ぽかんと口を開ける。
正直、ここまで驚かれるとは思ってもみなかった。
確かにアルタミアは気になる。
百年近くも前に封印された魔女がどのような力を持っていたのか、どれほど強いのか、何の研究をしていたのか、気になるといえば気になる。
できれば一夜語り明かした後にこっそりと連れ帰りたいくらいの気持ちではあるが、それはラルクへの裏切りでもあるし、王国を恨んでいるアルタミアが何をやらかすかだってわかったものではない。
それにシェイムから、あまりメアを危険なところへ連れて行かないよう釘を刺されたばかりである。
かつては一般冒険者でも平然と立ち入っていた低階層はともかく、アルタミア御本人の許までメアを連れて行くわけにはいかない。
パルガス村においても、俺の不用心でメアを危険な目に晒してしまった部分が数か所ある。
マリアスもネログリフも、とにかく狡猾で油断ならない奴らであった。
……魔術の腕は、まぁ、うん、ほどほどだったのではなかろうか。
そこいらの冒険者よりはマシだったとは思うが、水神リーヴァイの力を借りてあの程度だったのかと思うと、ちょっと疑問が残る。
と、とにかく、またリーヴァイ教絡みの奴らが接触してこないとも限らない。
俺はもう少し最悪を想定し、警戒せねばならない。
「大丈夫ですかアベル? 熱、あります? 風邪引きましたか?」
メアが心配そうに俺に顔を近づけ、額に手を当てて熱を測ってくる。
「い、いや別に……なんだ? そんなに俺、おかしいこと言ったか?」
「熱はなさそうですね……」
メアは安堵したように息を吐き、顔を離す。
それからちらりと俺の手許にある本へと目を向ける。
「だってアベル、あんなに楽しみに魔女の塔について調べてたのに、あっさり途中で帰るなんて……。普段なら、塔ごと持って帰るって言い出しかねないのに」
「……俺、そんなふうに思われてたのか」
俺は苦笑いしながら手元の本を開き、目線を落とす。
――――――――――
災厄の魔女と恐れられた錬金術師、アルタミアの封印された塔。
外装こそただの窓のない巨大な円柱であるものの、内部は空間が歪んでおり、階層ごとに全く異なる内装を見せる。
塔の中を歩いているだけなのに、探索者は様々な場所へと訪れているかのような錯覚を引き起こすことであろう。
ただどのような綺麗な風景であろうとも、アルタミアの魔力と妄執の賜物であることには違いない。
階層を一つ上がるごとに、段々とアルタミアの悪意そのものへと近づいていることに冒険者達は気が付くであろう。
(エドナ・アルバータ著作『ディンラート王国ダンジョン格付けベスト20』)
――――――――――
俺はパルガス村にあった、アルタミアに関する資料をいくつか拝借している。
この本はその中の一つである。
この文面が正しいのならば、アルタミアは人間というよりは最早、悪魔、精霊に近い存在になっているのかもしれない。
魔力場を歪めて空間に影響を与え、特異な魔物を生み出すのは悪魔の十八番である。
塔の中で様々な風景を演出できるほどの魔力場の歪みを作り出しているのだとすれば、正に大悪魔と呼ぶに相応しい化け物である。
「…………」
「やっぱり行きたいんじゃないですか? あんまりメアなんかに気を遣わなくてもいいんですよ? 足手纏いだったら……メア、外でエリアさんと一緒に待ってますし……」
俺が口惜し気にしているのを見かねたのか、メアがそう声を掛けてきた。
後半からは消え入りそうな小さな声で、寂し気な調子であった。
しゅんと肩を窄め、俯いている。
「い、いや、そんな……」
前の方からエリアがこちらの様子を覗き、『あーあ、泣かした』とでも言いたげな細められた目で俺の方を睨んでいた。
俺はエリアからさっと目を逸らし、メアの方へと完全に向き直る。
「い、いや、メアにも来てほしいし!」
「でもどうせメア、役に立ちませんもん……」
メアの目に、薄っすらと涙が浮かんでいた。
最近は安定していたから油断していたが、メアは脆い部分があるというか、時折不安定な波が来ているように思う。
「居てくれるだけで気が楽になるっていうか……えっと、ほら、荷物持ちとか頼みたいし……!」
「本当ですか? メア、アベルの役に立てますか?」
ようやくメアの表情に光が戻る。
俺はそれを見てひとまず安堵した。
エリアの方をちらりと見ると、エリアは俺ではなくメアの方を見て、『それでいいの?』とでも聞きたげに目を細めていた。