軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

六話 とあるフィクサーの来訪⑥(sideペテロ)

ペテロは驚愕のあまり、声さえ出なかった。

絶対に彼ら如きが敵う相手ではないのだ。いたずらに刺激するだけだということが、なぜわからないのか。

ペテロが何もできないままに、部下の一人が、アベルを庇うように飛び出したメアへと杖を向けた。

アベルがすかさず杖を振るうと、ペテロの部下が放った魔術は跳ね返され、術者自身を攻撃する。

ペテロはその様を見て、唖然としていた。

(魔法陣の、改竄? い、いや……ありえないわ。魔法陣の転写から発動までの時間なんて、あの子達くらいの魔術師なら一瞬なのに……。魔法陣に干渉してるだけじゃなくて、明らかに他に何かやってる。読心か……精霊の直接操作か……)

どちらも人間が詠唱や魔法陣なしに扱えるものではない。

特異な魔法具の存在も窺えない。

(や、やっぱり、悪魔よ。今までの言動を見るに、恐らく確固たる目的がないタイプの……だったら、見逃しを期待できる可能性もある……)

ペテロは息を荒げながら、床に手をついて身体を起こした。

「そ……そこまでにしなさい」

立ち上がってから、咄嗟に掴んでいたピアスの破片へと目を移す。

高価な魔金属であったのだが、魔力で焼き切られて変質し、使い物にならなくなっている。

こうなってしまえば価値などない。

ペテロは溜め息を吐き、手を広げて床へと捨てた。

「……ちょ、ちょっとゲームをして、ワタシがヘマをしただけよ。アナタ達の忠誠は買ってあげるわ。でも、あまりこのワタシに恥を掻かせないでちょうだい」

「し、しかし……」

「今日はアナタ達、随分と物分かりが悪いのね。がっかりだわ」

「も、申し訳ございません!」

部下達をそそくさと移動させ、アベルから距離を取らせる。

こちらから攻撃しなければ、どうやらアベルからも干渉してくるつもりはないようであった。

安堵したような顔をわざとらしく浮かべているが、その気になればペテロくらい消し飛ばせるのは目に見えている。

白々しいにもほどがあったが、あくまで人間の振りを続けたいようだ。

逆らって刺激しては、皆殺しにされかねない。

「アナタ……随分と、魔力量が多いみたいね。名前……なんだったかしら?」

「いやぁ……そんな。アベル、アベル・ベレークと申します」

アベルが照れ笑いを浮かべるのを、ペテロは死んだ目で眺めていた。

「……そう、アベル・ベレークね。アベル・ベレーク。忘れないようにしておくわ」

アベル・ベレーク。

何のつもりでディンラート王国に居着いてマーレン族を自称しているのかはわからないが、最低でも危険度伝説級以上の大悪魔である。

名前を忘れるわけにはいかなかった。

放置していれば、何をしでかすかわからない。

「次会ったときに、何かくれるんですね?」

「つ、次!? そ、そうね……いつ会ってもいいように、準備しておくわ」

次会う時までには、必ずやクゥドル神を手中に収めておく必要がある。

ペテロは硬く決意した。

「なんだか近い内にまた縁があるような気がしますし……」

「…………そう、かもしれないわね」

冗談じゃなかった。

アベルと別れてから、ペテロは部下を引き連れて村の外へと向かった。

もうこれ以上、こんな村にいるのはごめんである。

「ペ、ペテロ様……よろしかったのですか?」

部下が心配げに声を掛けてくる。

ペテロはそれを無視して、後ろを着いてくる青い肌の童女、知恵と破滅の悪魔、ゾロモニアを睨んだ。

「ゾロモニアちゃん……アナタ、ここにアレがいるの、知ってたんじゃないの」

ゾロモニアはプイっと頬を膨らませ、顔を逸らす。

『あんな男、妾の知ったところではないの』

「…………いや、でも、アナタのこと見てたわよね?」

『…………』

ゾロモニアは黙りこくった。

ゾロモニアは何でも知っているが、恐ろしく気分屋なのだ。

一度嫌われれば絶対に協力してくれなくなるという伝承があるが、普段の言動を見るに、あながち嘘ではないのだろうと、ペテロは考えていた。

喋りたがらないのならば、下手な追及はできない。

『あの男は……妾に散々期待させるだけさせて、弄んで捨ておったのだ……』

ゾロモニアは小声でそう言って、慰めるのだとでも言わんばかりにちらりとペテロを見た。

悪魔の感覚は人間のそれとは大きく違う。

おまけにゾロモニアの気分のせいで知らされず死にかけた身としては、悪魔にあまり話を合わせてやる余裕などなく、黙ったまま通路を歩いた。

「ペテロ様! 今からでも戻って、奴を毒殺でも、呪殺でも……」

部下からアベル暗殺を促され、ペテロは立ち止まって睨んだ。

アベルの魔力に充てられて傷んだ人造臓器がキリキリと傷む。

「……いい? 世の中にはね、絶対触っちゃ駄目な奴がいるのよ。私は長く生きてきて、今までにも、そういうのと二人……今日で一人増えて、三人と出会ったことがあるわ」

「三人……? ペテロ様が、そこまで言う者が、そう何人も?」

「一人目は、収集家なんて世間で呼ばれてる冒険者よ。神出鬼没で、世界各地に現れては珍しい魔法具を捜してる……。ワタシが子供の頃から、アイツは生きてたわ。世の中には神話時代の遺物の、恐ろしい魔法具が複数存在しているけど……その大半を、アイツは数百年の歳月を用いて集めて回って独り占めしてるのよ。どう足掻いたって、人間がどうこうできる相手じゃないわ」

「噂は聞いたことがありましたけど……そこまで恐ろしい人物だったとは……。しかし、まだいるのですか?」

「……もう一人が、ジュレム伯爵よ」

「ジュレム……?」

ペテロの部下は、訝し気に顔を顰める。

ジュレム伯爵といえば、実在したとされる人物ではあるが、ほとんどおとぎ話のような存在である。

そんな名前が、ペテロの口から出るとは思いもしていなかったのだ。

「こっちはもう……見かけたのなら、都市三つ分は離れなさいと言うしかないわ。あいつと会ったからこそ、ワタシはクゥドル復活を決意したのよ」

ただペテロの口調に、冗談の様子はない。

顔を青褪めさせ、息を荒げ、目には恐怖の色が浮かんでいる。唇は土色になっていた。

ペテロほどの人物が、少し思い出しただけでここまで恐怖するなど、信じられないことであった。

「そして、あのマーレン族が、その二人に匹敵すると……そう仰るのですか?」

部下が問いかけたが、ペテロから返事はない。

妙に思っていると、ペテロの足音が途切れた。

「……ペテロ様?」

「ゴフッ! ゴフッ! ゴフッ!」

ペテロは膝を突き、喀血していた。

別に、ペテロは収集家やジュレム伯爵を思い返し、顔色を変えて喘いでいたわけではなかった。

アベルが滅茶苦茶に人造臓器を掻きまわしたツケが、とうとうペテロを襲ったというだけの話であった。

身体の不具合が、苦痛となってペテロを襲っていた。

「ペテロ様! ペテロさまああああああっ!」