作品タイトル不明
五話 とあるフィクサーの来訪⑤(sideペテロ)
「あの、ペテロさん。その肌、造り変えたものですよね? そうですよね?」
アベルは純粋に、好奇心からといった調子で、ペテロの身体のほとんどが錬金術によって造られた造り物であることを指摘する。
ペテロの部下達は各々に憤り、アベルへと殺気を向ける。
しかし、ペテロだけは楽し気に笑っていた。
(観察眼は充分……実力も、村長の話を聞いている限り、それなりにはあるみたいね。確かに、礼儀はちょっとなっていないみたいだけど……この歳でこれだけ力があるのなら、多少の増長は仕方のないことね)
アベルの言動から礼節が欠けているのは、ペテロが全身を禁忌魔術で固めていたため妙な仲間意識を抱いて興奮しているだけなのだが、ペテロはアベルのちぐはぐな様子を見て、自分を測っているのだと考えた。
(頭の悪い子では間違いなくないみたいだけど、多少思い上がりが見えるわね。どちらが上なのか、しっかりと教えてあげるところから始めた方がよさそうね。後の引き込みのためにも)
アベルが質問すると、ペテロの付き人達が殺気立つ。
しかし、ペテロだけは楽し気に笑っていた。
「さぁて、どうかしらね……そんなに知りたかったら、自分で確かめてみなさい」
そう言うとペテロは、片腕をアベルへと伸ばした。
アベルはぽかんと口を開けてペテロの手を見ていたが、やがて合点が行ったように腕をペテロへと伸ばす。
これはペテロからアベルに仕掛けた、力試しである。
錬金術師ならば、物質に魔力を流し、物の状態を探ることは基礎である。
ペテロの身体がどのような構造となっているのか、知りたければ自分の力で調べてみろ、と言っているのだ。
「上手くできたら……そうね。とりあえず、アナタの名前を覚えておいてあげるわ。また今度会ったときに、何かご褒美を上げてもいいわよ」
アベルはペテロの言葉を聞き、ごくりと唾を呑み、身体をぶるりと震えさせた。
ペテロはアベルの様子を見て、さすがに怖気づいたのかしらと考えていたが、顔を見てみれば、楽し気に笑みさえ浮かべていた。
武者震いであったのか。
そう悟ったペテロは、ますます面白い子だと舌を伸ばした。
「ペテロ様、あまり不用意にこのような者に近づいては! ご自分の立場をお忘れですか!」
ペテロの部下、ミュンヒが声を荒げた。
ペテロは水を差されて苛立ち、呆れたように笑った。
「わかっていないわね。敵意があろうがなかろうか、ワタシを傷つけられる者なんていないのよ。特に、魔術師の中ではね」
ペテロの発言通り、ペテロの身体や装飾品には、魔術や魔力への徹底的な対策が施されていた。
身体だけではなく、本人も反魔術の技術力では、ディンラート王国の中でも一番であると自負している。
仮にアベルが害意を持っていたとしても、魔術師である以上、ペテロに傷一つ負わせることはできない。
少なくとも、ペテロ本人はそう思っていた。
アベルが手を伸ばし、ペテロの手を掴んだ。
数秒ほど目を合わせた後、手を伝ってアベルからペテロへと魔力が送り込まれてきた。
アベルから送り込まれてきた魔力は、ペテロの体内の人造臓器によって弱められ、両耳のピアスを伝って大気中へと放出された。
アベルが目を見開く。
本来ならばアベルがペテロへと送り込んだ魔力は、ペテロの身体を廻ってアベルの元へと戻り、ペテロの身体の情報を教えてくれるはずなのだ。
それが返ってこない。
解析に自信のあったアベルは出し抜かれたような思いだったことだろうと、ペテロはにまりと笑った。
アベルはやや顔を顰め、ペテロの耳へと目をやっていた。
どうやらピアスに仕掛けがあるらしいと気が付いたようだった。
その後、アベルは魔力量を引き上げたり、魔力波の性質を変えたりと、様々なことを試しているようだった。
ペテロはその様子を眺め、笑ってた。
ペテロの人造臓器は、あらゆる外部から送り込まれてきた魔力波の性質を均してしまう。
そのため、アベルがどのような魔力を送り込もうと、ピアスへ到達する頃には、同じことなのである。
「フフ……無駄よ。ちょっと意地悪しちゃったかしら? でも、気づいただけでもさすがね。さすが、マーレン族といったところ……ん?」
ペテロの胸部を、妙な違和感が走った。
あまりにも変わった、膨大な量の魔力を送り込まれ続けたため、人造臓器の魔力分解機能に不備が生じたのである。
その後、アベルが意地になって送り込んでいた魔力が、ダイレクトにペテロの身体中を駆け巡り、ペテロを極度の酩酊のような状態が襲った。
体内の魔力のバランスが一気に崩れ、頭痛と吐き気が襲い来る。
当然、ペテロのピアスにもまともに魔力が流れ、罅が入った。
「あ」
アベルがしまった、という顔でそう漏らした。
次の瞬間、パァンと左耳のピアスが弾け、金属塊が耳を抉る。
弾け飛んだ左耳の一部が、血をべっとりと纏って地面に落ちる。
ペテロの頬へも金属の破片が突き刺さり、一部は貫通してペテロの舌さえ引っ掻いた。
「ああ、ああああああっ!?」
ペテロは耐え切れず、頬と左耳を押さえながら、その場に蹲った。
アベルもメアも、ペテロの部下達もどうすればいいのかわからず、ただただ黙っていた。
「す、すいません! わざとじゃないです! わざとじゃないんです! あの、俺治療しますんで……」
「あ! さ、触らないで……」
思わずペテロも立場を忘れ、素で反応していた。
手で必死にアベルを遮ろうとするが、なにせ魔力酔いが酷い。
ペテロのガードをあっさりとすり抜け、アベルはペテロの左耳に触れ、治療のための魔力を流そうとする。
辛うじて残っていた右耳のピアスがその魔力を塞き止めて溜めようとし、抑えきれずに弾け飛んだ。
「きゃあああああああっ!?」
ペテロは両耳から血を垂れ流したまま床に蹲った。
場を、ただただ気まずさと怒りが支配していた。
その中心にいるペテロは、今何が起こっているのか、ほとんど把握できない状態になっていた。
なぜ、マーレン族の青年をちょっとしたゲームで試そうとしただけでこんな目に遭っているのか、まったく理解ができなかった。
ここまで追い詰められたのは、ペテロにとってもかなり久々の事であった。
まさかそれが、こんな場面で訪れるなど、夢にも思っていなかった。
「す、すいません! いや、だって、こんな……そんな……」
「ち、違うんです! アベルはその、ちょっと加減ができないときがあるだけで、本当に悪意はないんです!」
ペテロが辛うじて頭を上げる。
白々しく謝る、アベルとメアの姿が見えた。
すいませんだの、加減ができなかっただのとほざいている。
そんなわけがないことは、ペテロが一番わかっていた。
明らかにアベルは、ペテロを攻撃に掛かってきていた。
それも本気ではない。ペテロが死のうが生きようがどうでもいい、そういう悪意であった。
まさにドラゴンに睨まれたフォーグである。
それはペテロが、百年振りに感じた恐怖であった。
(殺される……殺される……! こんなところで……こんな……。油断した……この子ッ、コイツ……人間じゃない!)
ペテロは長く生きているだけあり、世界には決して敵対してはならぬ化け物が存在していることを知っていた。
だからこそペテロは、絶対的な存在であるクゥドルの力を求めているのである。
(ワタシは、ワタシは、まだ死ぬわけにはいかない……! ついにゾロモニアの杖が手に入って、クゥドル神の眠る場所もわかったのに、こんな……!)
ペテロは必死に、自身の生き延びる道を模索していた。
クゥドル神を復活させ、ディンラート王国に永遠の繁栄を齎す。
その野望のためには、ペテロはこんなところで終わるわけにはいかないのだ。
クゥドル神の力さえあれば、世界のどんな化け物であれど掌握できるはずなのだから。
「すいませんで済むわけがなかろうが! その矮小な命で償ってもらうぞ!」
ペテロの部下が、吠えながらアベルへと杖を向ける。
(何言ってるのあの馬鹿アッ!?)
ペテロは部下の奮闘っぷりを驚愕の瞳で見つめながら、再び早々に死を覚悟していた。