軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二十五話 悪魔裁判④

翌日の真昼、俺は南教会堂前の広場へと連れ出されていた。

手枷をされた状態で首、胸部、腹部、両足を縄で木の板へと縛りつけられた。

さすがにあまりいい気分ではない。

すでに人は大勢集まっている。

教徒やら村人やらが、各々に怒りや戸惑い、不安そうな表情を浮かべている。

ただ不思議なことに、いくら捜せどメアの姿がない。

「…………」

メアがクロエに何かされたのではないかと思うと、気が気ではない。

メアを一人残しておくのは避けるべきだった。

どこかに捕まっているのかもしれない。

この茶番が終わってクロエをとっちめたら、とっとと吐かせなければならない。

そして姿がないといえば、ネログリフの姿もない。

確定的な証拠を掴む必要があるので、もう少し現場が固まるまでは隠れているつもりなのだろうか。

やがてクロエが俺の前に立ち、悪魔裁判の進行役を始めた。

「それではアベル・ベレークの悪魔裁判を執り行います。このアベル・ベレークには村人達の治療に不可欠なリヴグラスを盗み、教団の機密であるリヴグラスの製法を暴き立て、教会堂に火を放ってリヴグラスを損壊させた上、我らが大神官様へと襲い掛かり怪我を負わせた疑惑が掛かっております」

クロエが俺の疑惑を述べると、前列にいる柄の悪そうなリーヴァイ教徒達が口々に大声で俺を非難し始めた。

「静粛に! 静粛に! 此度の悪魔裁判は、聖火を用いる神聖なもの! リーヴァイ様の御前であることを深く理解せよ!」

クロエが怒鳴ると、教徒達がしんと静かになった。

数秒の間を開け、再びクロエが話し始める。

「また、その際にアベル・ベレークが無詠唱での魔術、即ち魔法を行使したとの目撃情報があったため、真偽を見極めるためにこの場を用意させていただきました。聖火を!」

クロエが言うと、大きな鉄の棒を抱えた男が観衆の向こう側からこちらまで向かってくる。

鉄の棒の先端はラッパ状になっており、その上には青い炎が灯っている。

鉄の棒は細かい術式が刻まれており、荘厳な雰囲気を放っていた。

トーチ……要するに、たいまつだ。

あの揺らぎ……あれは、どう見ても魔法で光を反射させて色を変えて演出している普通の炎だな。

あれくらいならば俺も作ったことがある。

聖火とは別物のようだが、何のために用意したのだろうか。

「クロエ様、聖火をお持ちいたしました」

「えっ?」

思わず声を上げてしまった。

「……そ、それ、普通の炎ですよね? 飾りか何かですか?」

一瞬しんと静まり返った後、また前列の教徒達が口々に俺を罵り始めた。

「ここに来てそんな言い逃れをしようと言うか! 往生際の悪い悪魔だ!」

「リーヴァイ様が見ておられるのだ! そのような真似をするわけがあるまい! クロエ様を侮辱するのも大概にしろ!」

クロエがカンッと大杖の尾を地面に打ち付ける。

「静粛に!」

再びクロエが諫める茶番が入り、何事もなかったかのように場は収まった。

なるほど、なかなか様になっていると思ったが、打ち合わせ通りということか。

思えば、安っぽい手で散々こっちを翻弄してくれたものだ。

こいつらリーヴァイ教団からリーヴァイ劇団に名前を変えた方がいいんじゃなかろうか。

あんな炎で押し切るつもりだったのか。

まぁ、これでネログリフが颯爽と現れて悪魔裁判の中止を申し立て、偽聖火トーチを回収すれば万事解決だ。

ネログリフを意識不明に追い込み、俺を悪魔裁判を受けざるをいないまでに追い込むまではさすがだったが、そのせいでネログリフから疑いの目を向けられて悪魔裁判で正体を露呈させるとは、策士策に溺れたといったところか。

さすがにそろそろネログリフも現れるはずだ。

これ以上は引っ張る意味がない。

クロエは大杖を足元に置き、偽聖火の灯ったトーチを大男から受け取った。

「水を司る神にして、我らが創造主であられるリーヴァイ様。その心眼を以て、邪なるものを暴き給え!」

俺の前に立ってトーチを高く掲げ、そう口にした。

ネログリフは、まだ来ない。

遠くの方を必死に見回すが、ネログリフの姿が全く見当たらない。

どころかカムラやソフィヤもの姿もない。

ま、まずい。

ネログリフが来ないと、力技でここを脱するしかない。

結果としてはアログア石の手枷を壊しておいてよかったが、力技で逃げた際はパルガス村からリーヴァイ教徒を追い払うことが非常に難しくなってしまう。

またネログリフの身に何か起こったのだろうか。

「あ……」

遠くから、メアが息を切らしながら走ってくるのが見えた。

「ま、間に合った! 止めてください! 止めてください!」

人を掻き分けながら突き進み、観衆の前へと跳び出てくる。

当然、観衆達の間からざわめきが巻き起こる。

メアはここまでかなり走ってきたと見えて、顔が赤くなっている。

「アベル……ありました。アレ、ありましたよ! メアが見つけました! あ、で、でも……言いづらいんですけど、多分メアのせいじゃないというか……」

「ア、アレ……?」

アレと言われたところで心当たりがない。

首を捻っていると、クロエが目を細めてメアを睨んだ。

「神聖な悪魔裁判をなんだと心得るのですか! 早く去りなさい!」

メアは懐から一枚の、くしゃくしゃになったやや湿った紙を取り出し、クロエへと突きつけた。

「どうですか!」

「な、なな、な……」

クロエが目を見開いて後退る。

顔が強張り、声が震えていた。

確かに、俺もその紙切れには見覚えがあった。

「ネログリフさんからカムラさんを経由してアベルが受け取った、リヴグラスの作り方です! ネログリフさんはハイル村長を助けるために、アベルにこれを渡したんです! これさえあれば、アベルがリヴグラスを持っていたことにも、ネログリフさんが作り方を教えていたことも説明がつくはずです! おまけにネログリフさんを襲撃する理由がないこともわかるはずです!」

リヴグラスのレシピである。

俺が紙の自壊を興味本位で食い止めた後、折を見て適当に処分しようとして紛失したものである。

「で、でかした! よくやったぞメア!」

「えへへ……メア、久しぶりにアベルに褒められちゃいました」

リヴグラスのレシピはネログリフの足を引っ張ることになりかねないので処分するつもりだったが、今となっては話は別である。

ネログリフの教会内の地位が下がるリスクよりも、今ここで俺が退場となるデメリットの方が遥かに大きいことは、ネログリフ視点からでも同じはずだ。

後で聞けば笑って許してくれることだろう。

ここは確実に乗り越え、クロエを潰す必要がある。

「お、おい、どういうことだ!」

「その紙がなんだって言うんだ!」

クロエが取り乱したこともあり、場の空気は完全に入れ替わっていた。

「で、でたらめです! こんな紙切れ、見たこともありません! 何が言いたいのかさっぱりです!」

クロエがメアへと掴み掛かる。

メアが慌てて身を退くが、クロエはそれよりも一瞬素早かった。

見事にレシピの端っこを摘み、勢いよく引っ張った。

「ああっ!」

レシピが千切れ、風に乗ってバラバラになった紙片が飛ばされていく。

教徒達が、我先にと拾い始める。

「こ、これ、ウチの教団の上層部が秘匿性の高い連絡に使ってる、つちくれ返りの紙じゃ……」

「……このアレイ文字の癖って、リーヴァラス国だけじゃなかったのか?」

「いや、俺は魔術に疎いからなんとも……」

「なぜクロエ様は、これを見覚えがないと……? 内容は断片じゃしすぐにはわからんが、間違いなくリーヴァイ教内の私物としか……」

クロエの顔は真っ青を超えて白くなっていた。

まるでマーレン族である。

肩を窄めて、その場にがっくりと膝を突いた。

「さぁ、説明できるものなら説明してもらいますよ!」

「ひゅー、ひゅー、ひゅー……」

……俺が問い詰めると、クロエは過呼吸を引き起こした。

目には涙が滲んでいる。

クロエはノワール族なのか見かけの年齢が妙に若いこともあり、子供を大勢の前で恥を掻かせて虐めたようでなんともいえない罪悪感がある。

こっちは殺されかけたのだからそれどころではないが。

「……さ、さっさと俺を開放してもらいましょうか!」

「静粛に」

クロエのような張り上げた声ではなかったが、その低い声は、よく広場中に響いた。

ざぁぁぁっと観衆達が左右に道を開き、ネログリフがこちらへと歩いてくる。

「ネログリフ様!」

「意識が戻っていたのですね!」

現れただけであちらこちらから歓声が上がる。相変わらずの人気である。

本当に派閥争いのポイント稼ぎなんて必要だったのだろうかと言いたくなる。

「ネログリフさん! 来るのが遅いじゃないですか……こっちは、どうにかなりましたけど……」

俺が溜め息ながら、ネログリフに笑いかける。

ネログリフは紙切れを拾い上げると、地面へと投げ捨てて踏みにじった。

「え……?」

「ワシが、アベル殿に教えた……と? ふむ、覚えのないことであるが、まぁそんなことは関係あるまい。聖火を使えば白黒がはっきりとするのだから、すべてを論じるのはその後でよい。そう思わんか、クロエ?」

ネログリフは優し気に目を細め、クロエへとそう言った。

「ネ、ネログリフ、さん?」

俺が名前を呼ぶと、俺の方を見てにっこりと笑った後、騒がしい観衆達へと向き直った。

「静粛に。リーヴァイ様の御前である。そう騒がずとも、すべてはその心眼の前に明らかになるであろう。クロエを追求するのはその後でよい。悪魔裁判は神聖なもの、リーヴァイ様を無意味に待たせる道理はなかろう」

ネログリフの一声で辺り一面が静まり返った。

そこで、ようやく気が付いた。

出会った当初……いや、出会うより前、最初に柄の悪いリーヴァイ教徒に絡まれた時から、今のこの瞬間まで、俺はずっとこの人に踊らされていたのだと。

「さぁ、悪魔裁判を再開するとしようではないか」