作品タイトル不明
二十四話 悪魔裁判③
「……ディンラート王国では聞き慣れない言葉でしたから。説明をしてもらえなければ、とても受ける気にはなれません」
クロエが面倒臭そうに眉を顰めた。
「悪魔裁判では、悪魔の疑惑が掛けられた者を精霊体のみ焼き払う炎で炙るのですよ。そこで燃えれば悪魔、生きていれば人間……というわけです。簡単でしょう? その際にあなたには、魔力を横流しして魔術を封じる手枷を嵌めていただくことになります」
「アログア石の手枷……ですか」
「それはご存じなのですね」
アログア石とは、リーヴァラス国周辺の海深くに存在するとされている石のことである。
魔術封じには精霊を散らしたり、精霊を錯乱させたりするものがあるが、それらの魔法対策品の中でも使用用途は限られるものの大きな効果を発揮できるのがアログア石だ。
かなり値が張るが、アログア石を用いられた魔法具がディンラート王国の中にも僅かながらに存在すると聞いたことがある。
もっとも直接目にしたことはないが。
手枷を嵌めて術式を組めば、流したあらゆる魔力が手枷へと流されて精霊に行き渡らないため、魔術が不発になってしまうのである。
流通量が少なく実用性が高い上、リーヴァイ教の一部では儀式にも用いられるため、非常に高価なものとなっているのであろう。
「そ、それって……裁判終わった後、もらえるんですか?」
クロエが目を細めて睨みつけてきた。
俺はふと我に返り、咳払いを挟んで誤魔化した。
「……あまりにも一方的すぎませんか? 魔術師にとって、魔術は生命線です。これを押さえられるということは、身体中縛りつけられて首元にナイフを当てられるよりも厳しいことです」
「つまり私達が悪魔裁判を通して不正を働く恐れがあると……そう言いたいのですね?」
「え? い、いや万が一……」
俺が口ごもったとき、周囲の教徒が耐えかねたという調子で俺へと詰め寄ってきた。
「ぶ、無礼者めが! リーヴァイ様の力をお借りして、聖なる炎を以て行うのが原則であるのだぞ! それを、選りに選ってクロエ様が破ると言いたいのか!」
「そのような恥知らずな真似をするわけがあるまい! 侮辱するのも大概にせよ!」
クロエが大杖を横に倒し、教徒達が俺に食って掛かってくるのを止めた。
「……他教徒達には、理解の及ばない範囲でしょう。そんなことを言っても、仕方のないことです」
……う~ん、あの怒ってる様子は演技には見えないんだが。
リーヴァイ教徒の中も一枚岩ではないようだし、悪魔裁判の規定を破るのが禁忌とされているのは少なくとも本当のように思える。
ここで退いておくか、それとも悪魔裁判に乗っ掛かるか。
しかしクロエが無意味に悪魔裁判を嗾けてきているとも思えないし、無暗に相手の思惑に従うのは避けたいところだ。
ここは……ラルクやハイル村長には悪いが、退き時か。
分が悪すぎる。ここまで綺麗に嵌められてしまったのならば、もうどうしようもない。
一旦退いて好機を伺うか、隠れながらネログリフとの接触を試みるべきだ。
「アベル! どういうことだ!」
「……ん?」
怒声が聞こえてきた。
声の主を見ればカムラであった。
俺は安堵した。
カムラならば、村長の家にリヴグラスがあることも説明できる。
「ちょ、ちょうどよかった! カムラさん、証言してください! リヴグラスはあのときに運んだって……」
「お前がネログリフ様を襲ったのかぁ!」
カムラはすぐさま俺の許に近づいてきたかと思えば、他の教徒達を押し退けて胸倉を掴んできた。
「お前もそっち側だったのか……」
「……ネログリフ様は、先ほど意識を取り戻された。だがこのまましばらく意識不明を装い、クロエを泳がせて独裁させるつもりだ」
カムラは俺の耳元に口を近づけ、小さな声で言った。
「え?」
「恐らくクロエは悪魔裁判で仕掛けてくるつもりだろう。ネログリフ様はその場に直接乗り込み、クロエの悪事を暴き立てるおつもりだ。どうか……協力してもらえないか? これが病魔騒動の最後の決着になるはずなんだ。しかしもしここを逃せば……クロエがネログリフ様を暗殺するか、失脚させるかをまた企ててくるはずだ」
ネログリフはどうにか意識を持ち直したらしい。
それだけではなく、相手の攻撃を逆手に取っての反撃に出るつもりのようだ。
クロエの目がある以上頷くわけにもいかず、カムラの目を見つめ返すことで返事とした。
ネログリフは俺を親友とまで言ってくれたのだ。
歳の差も、宗教の差も超えて。
ここで保身を優先して村とネログリフを見殺しにすれば、俺は人でなしだろう。
「おい! カムラ、放せ! 気持ちはわかるが……ここは、手を出すところじゃない!」
他の教徒から止められ、カムラは機嫌が悪そうに俺の胸ぐらを押した。
「っの、ヤロウが!」
「いだっ!」
演技でここまでやらなくていいのに……本格的だな。
万が一でもクロエに疑いの目を向けらえるわけにはいかいないので、仕方のないことではあるのだが。
俺はメアに支えられながら、クロエに向き直った。
「……いいですよ。その悪魔裁判、受けて立ちましょう」
クロエは俺からふっと視線を外し、他の教徒達へと目をやった。
「貴方達、アベルを南教会堂まで案内してあげなさい。そちらの地下牢に入ってもらい、その間に悪魔裁判の準備と村全体への公知を行いましょう」
クロエはいつもの素気のない表情で淡々と言った。
邪魔な俺をようやく排除できると考えているらしい。
自分の首に鎌が掛かっているとは、夢にも思っていない様子だ。
少々遅かったが、ネログリフもついにクロエへと疑いの目を向けている。
パルガス村の病魔騒動も、これでようやく終わるはずだ。
三人の教徒が俺の周囲にぴっちりとついた。
無表情で、背の高い奴らだった。
彼らが南教会堂まで案内してくれるのだろう。
「ちょ、ちょっと待ってください! メアも! メアも行きます!」
「いえ、貴方は別に……」
後ろをちらりと見れば、クロエに杖で制されているメアの姿があった。
「ア、アベル、大丈夫なんですか?」
恐々とメアが尋ねてくる。
俺は小さく頷き、教徒達について歩いた。
そうして南教会堂へと連れていかれた俺は、アログア石の手枷を嵌められて地下室へと閉じ込められた。
常に監視が扉の前についているようだった。
閉じ込められてしばらくは大人しくしていたが、どうにも好奇心が抑えきれず、試しに軽く魔力を練ってみた。
シュウ……と小さな音を立てて、魔力がかき消されるのを感じた。
「おお……!」
これはすごい。
ぜひ欲しい。騒動が片付いたら、ネログリフにねだってみよう。
アログア石の手枷分くらいの働きはした覚えがある。
これくらい欲しがっても罰は当たらないはずだ。
再度、今度はわずかに魔力を強めてみる。
シュワっと先ほどと同じ音が鳴って魔力が吸われていく。
「おお……!」
「おい、面会だ」
俺が遊んでいると、不意に監視の教徒に背後から声を掛けられた。
「え、いいんですか?」
「どんな者にでも、戒律で一度は必ず面会を許可してやる決まりになっている。ただ、そう長い時間は与えない。お前は大人しくついてきたと聞いてはいるが、妙な気は起こすなよ」
面会室の向かいに座っていたのはメアであった。
「ひ、酷いこととかされてませんか? メア、心配で心配で……」
「そんなことより見てくれ、これがアログア石の手枷だ。これだけの量のアログア石をディンラート王国で用意しようと思ったら、それだけでそれなりにいい家が二、三軒は建ってしまうぞ」
「……アベルが元気そうで、メアは何よりです」
「見ててくれよ。ほら、今から魔力を込めるから」
「監視の目があるから、あんまり変なことはしない方がいいんじゃないですか?」
メアが不安そうに俺の斜め後ろへとちらりと目をやる。
ただその変なことをさせないためにアログア石の手枷があるのだ。
別に全然問題はないだろう。
「いいからいいから! ほら! ほら!」
「じゃ、じゃあ見てますけど……」
俺はアログア石の手枷へと魔力を流した。
ゴボボボボと魔物の奇声のような音がして、何かの焼けるような臭いが仄かに漂ってくる。
不思議に思い目線を落とすと、アログア石の一部が変色している。
「あ」「あ」
「……ん?」
俺の背後で、見張りの教徒が訝し気な声を漏らす。
「ごほっ! おうほっ! ごぼっ!」
俺はつい、咄嗟に咳を荒げて誤魔化した。
「ア、アベル! 無理です! それ、いつかバレますって! 後々バレたらきっともっと問題になります!」
「しっ! しっ! こ、これ、高いんだ。本当に高いんだ! それに今壊したのがバレたら、もうそれだけで充分詰むくらいヤバいし……俺はなんていうか、バレない方に賭けたい! 俺のしょうもないミスで、ネログリフさんの考えが全部無駄になっていまいかねない。それだけは絶対に避けたい!」
お互い顔を近づけ、ぼそぼそと小声で話し合った。
俺が思っていたよりアログア石の魔力容量は高くなかったらしい。
俺は多少一般に比べて魔力の最大出力量が高いので、アログア石の許容量をオーバーしてしまったようだ。
クロエがわざと壊れやすいものを用意して俺を嵌めに来ている可能性もあるが、アログア石の手枷が俺にとって無意味だと露呈すれば、悪魔裁判自体が中止されてしまいかねない。