軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二十一話

俺とメア、カムラとソフィアはネログリフに連れられて教会堂の一室へと入り、机を挟んでネログリフと顔を合わせていた。

とりあえずはリヴ・フォーグよりも先に、一番の疑問であろうオーゲンのことを伝えた。

ネログリフは酷く驚いていた。

「そ、そんな、オーゲンが……。大変申し訳のないことを……ワシが部下を見る目がなかったがばかりに、アベル殿やメア殿を命の危機に晒してしまうとは……」

「い、いえ! 別に全然問題じゃありませんでしたし、頭を上げてください!」

ネログリフは何度も俺とメアへとぺこぺこと頭を下げてきて大変だった。

お付きのクロエから睨み殺されるかと思った。

ネログリフも教会の中に、他国への攻撃の布石を打とうとする過激派の動きがあることは知っていたようだ。

他の大神官、マリアスが陰で扇動して行っていたことらしい。

ただ、ディンラート王国のラルク領にまで手を伸ばしていたとは、ネログリフも知らなかったようだ。

これまでの行為は小さいものであったため見逃さざるをえなかったが、さすがにここまで非道なことを企てていたとなるともう放置しておくことはできぬと憤慨していた。

これで完全にネログリフが味方であることが判明したため、今まで隠していたマリアスに関わることを、こちらも話すことにした。

ネログリフが自国の恥を晒してくれたのである。

それに、俺も無関係ではない。

リーヴァイ国の今後に大きく関わることに手を出してしまった。

しっかりと伝えておくのが道理だろうと考えたのだ。

ネログリフほどの人格者であれば、自国の上層部が殺されたと逆恨みで文句をつけてくるようなことも考えられない。

「一度、ネログリフさん以外は席を外してもらっていいですか。どうしても、ネログリフさんの耳に入れたいことがありまして……」

「私はネログリフ様のお付きとして、常に身を守る立場にいるのです。他教の魔術師と二人きりにするなど、認可しかねます」

クロエが口を挟んできた。

当然だろう。クロエがオーゲン達と同じ側の人間であり、ネログリフの見張り役であると考えれば……こんな状況、まず席を外せはしないだろう。

さすがに、クロエの前でマリアスのことを話すわけにはいかない。

また別の機会を狙うべきかと考えていたのだが、ネログリフが動いた。

「クロエ、席を外しなさい。アベル殿が言っているのです」

「し、しかし! 私はネログリフ様の身を案じて言っているのです!」

「そのワシが不要であると言っている。アベル殿は信頼のできる人物である。信仰の差異が、無益な差別の種であってはならん。リーヴァイ様はそのようなことは望まれておらぬ。あまり失礼なことを口にするものではない」

ネログリフは厳しめの口調で言った。

「……っ! 申し訳ございません」

クロエがネログリフに頭を下げ、部屋を少し落ち込んだ様子で出て行った。

続いてカムラとソフィア、メアが退出した。全員が出てから、魔術で盗聴されていないかの確認を行った後、ラルク領がマリアスの攻撃を受けて傾き、俺がどうにか持ち直してマリアスを捕らえたことを掻い摘んで簡単に流れを説明した。

「なんと! あの我々も頭を痛めていたマリアスを、既にアベル殿が捕まえていたとは!」

ネログリフは驚きこそしていたが、とても感謝してくれた。

やはりあの一件はマリアスの単独であったらしい。

水神四大神官の長である教皇サーテリアは今までバラバラであったリーヴァラス国を纏めて治安を維持するのにとても忙しく、ネログリフも各地の孤児の保護に務めていたため、過激思想の持ち主であるマリアスを見過ごしてしまっていたそうだ。

四大神官の残りの一人はとにかく変わり者の魔術狂いで、膨大な知識を持つリーヴァイに厚い信仰を示してはいるが国政や信仰を広めることには一切の興味を持っておらず、マリアスの凶行に気が付いていた様子はあったが、完全に放置を決め込んでいたのだという。

今回ネログリフ一派に入り込んでいた連中の頭も、マリアスだったらしい。

つまり既に頭部を失った残党だ。

ネログリフは「ワシがリーヴァラス国に持ち帰って教皇へと直訴すれば、この騒動は直ちに収束に向かうことだろう」と口にしていた。

「それを聞いて安心しました……俺はてっきり、もっと大きな事件に発展するのではないかと警戒していたもので」

「これから尋問を行って吐かせる必要がありますが、オーゲンも恐らく、マリアスの命令でワシに同行していたのでしょう……。となると、ワシはマリアスに綺麗に利用されておったのですな」

ネログリフががっくりと項垂れた。

「……しかし、これではとても、パルガス村の人達へ顔向けができませぬ……。村人達を苦しめておったのが、ワシらの同胞であったとは……」

ネログリフが哀し気に言った。

あれほど必死に村人達を看病していたネログリフだ。

そのショックは計り知れない。

「そんな、ネログリフさんのせいではまったくありませんよ! そう気に病む必要はありません」

「しかし、今件で苦しんだ人が何人おることか……このままでは、死者が出ないとも限らぬ……。マリアスめ、大神官の身でありながら、なんということを……」

「安心してください! ネログリフさん、これが、俺の手に入れたリヴ・フォーグです!」

俺は、どっさりとリヴ・フォーグ詰めの瓶の入った袋を積んだオーテムを手で示す。

オーテムが俺の声に反応して動き、机の上へと飛び跳ねた。

上に積まれた袋が揺れる。

「こ、これの……えっと、どこまでが、リヴ・フォーグ……?」

ネログリフは戸惑った顔で袋を目にした。

「全部リヴ・フォーグです! 五十体分あります! これで、村人全員分の治療ができますよね!」

「すべてが!? ごご、五十体分とな!? あ、あり得ぬ、まさか、こんな……」

ネログリフはよほど驚いたのか、席を立った。

袋からリヴ・フォーグの入った瓶を手に取り、呆然とした表情を浮かべていた。

「ワ、ワ、ワシは、夢でも見ておるのか……こんな……こんなことが! こんなことが!」

口をパクパクと動かしながら、初めて瓶を見た幼子のようにぺたぺたと瓶を手で触っていた。

興奮し過ぎて、口から泡でも噴き出しそうな勢いである。

「おお……まるで、アベル殿は、神話に出て来るリーヴァイ様の使い、天使リヴェランのようだ……! リーヴァイ様の教えを曲解して大事件を起こそうとしていたマリアスの計画を未然に挫いて罰し、そればかりか大量のリヴ・フォーグを病魔に満ちた地へと届けてくださるとは! いや、そうとしかワシには考えられませぬ! これで、病魔に苦しめられている村人達を助けることができる……」

リヴェランはまったくしらないが……恐らく、リーヴァイ教の聖書には登場するのだろう。

ネログリフは感極まったのか、目から大粒の涙をぼろぼろと零し始めた。

俺が戸惑っていると、ネログリフは俺の手を取る。

「ありがとうございまする、アベル殿! 貴方こそ、この村の、そして我が国の英雄である。いや……ゆくゆくは、この世界の英雄として名を遺すのであろう! 貴方にここで会えて、本当によかった!」

「そ、そんな、大袈裟ですよ!」

ネログリフはそのまま俺の肩を抱き、軽くハグをしてきた。

咄嗟だったので少し驚いたが、悪い気はしない。

まさか敵対していると思い込んでいた国の上層部から、ここまで言ってもらえるとは思わなかった。

人生何が起きるかはわからないものである。

しかしこんな威厳のある人から慕われては、むず痒くて気が気ではない。

「申し訳ありませんな、つい、年甲斐もなく興奮してしまいまして……」

ネログリフは頬をやや赤らめ、笑いながら俺から距離を取る。

「い、いえ……」

俺もつい少し照れてしまった。

お互い顔を合わせ、照れ笑いを浮かべる。

「あの……ところで、リヴグラスはいつ頃できますか?」

すんなりと薬が完成するのかどうかは怪しい。

まだマリアスの残党が、このパルガス村には潜んでいるのだから。

あらゆる手を使って妨害工作を仕掛けてくるはずだ。

「簡易式のものであれば、今から急げば明日の正午には完成するでしょう!」

「それから、その、言い辛いのですが……リヴグラスの製法とかって、教えていただけたり……?」

「む、むぅ……それはさすがに、リーヴァイ教の中でもほんの一握りにしか教えられてはいないことでありましての……。アベル殿が同胞となってくださるのであれば、喜んで今すぐにでもお教えできるのですがな……」

やっぱり、ダメだったか……。

そりゃそうか。これは仕方がないことだ。

「う~ん……ちょ、ちょっとそれは……」

「そうでございますか……」

ネログリフは残念そうに言った後、ごほんと咳払いをした。

「……ふむ、しかしリヴ・グラスの作り方がどうであったか……ワシもどうにもうろ覚えでありましての。たまには復唱して、確認せねばなりませぬ」

「え……?」

ネログリフがぱちりとウィンクをして、悪戯っぽく笑った。

「リーヴァイ様は、海の様に広い器量を持っておる。規則に縛られて恩を返すなとは、きっと言わんであろう?」

「ネ、ネログリフさん……!」

ネログリフの姿が、後光が差して見えた。

感動のあまり、俺の目の縁にもつい涙が溜まった。

「クロエには内緒でお願いします。あの子はいい子ではあるのですが、少しばかり頭が固いもので……。そこがいいところでもあるのですがな……」

ネログリフがぶつぶつと、嬉しそうに愚痴を零す。

「材料は簡単に揃うものなんですか?」

「ノーブル・マンドゴラの根が少量必要でありましてな。これは絶対に欠かせないものではあるが、簡単に手に入るものでもない……。リーヴァイ教の儀式にも必要なもので、ワシらは余分に持ち歩いておるのですがな」

「……そう、ですか」

実は、ハイル村長のリヴグラスを俺がこっそり作って手配しておきたかったのだ。

ハイル村長は寝込む前にリーヴァイ教を敵視しており、そのことで治療院に入ることもできなかったと聞いている。

リヴ・グラスが回ってくるのも後回しにされる可能性が高い。

「何か、問題でもおありですかな?」

「いやぁ……俺が、ハイル村長のリヴグラスを用意できればなと考えていたのですが……」

ハイル村長は、大分リーヴァイ教側から嫌われている様子だった。

ネログリフも下手に手を貸せば、今の微妙な組織の状態では、権威失墜の切っ掛けとなりかねないのではないだろうか。

リヴ・フォーグが手に入ってしまった今、マリアスの残党達はネログリフの権威を貶めに掛かるのではないだろうか。

ハイル村長を気に掛けていたのは、ネログリフとその少数の側近だけだという。

マリアスの残党でなくても、ハイル村長を敵視している者もいるはずだ。

材料を横流ししてもらったことが明るみになれば、そういった層からの支持が薄まる恐れもある。

この状況では、それは避けたいことのはずだ。

「おお! ワシもどうにかせねばと考えておったのですが、アベル殿が動いてくれるのであれば、大助かりでございます! 後でこっそりと、アベル殿に材料をお届けいたしましょう」

「え、い、いいんですか?」

「人命が懸かっておるのですから、当然でございましょう。リーヴァイ教の内々のことは、ワシに任せてくだされ。むしろ、外部であるアベル殿にこれほど気を遣っていただき、申し訳ございませぬ……」

「い、いえ……」

「ついでに数セット分の材料を余分に渡しましょう。アベル殿は、リヴグラスに興味がおありのようであったからの」

「い、いいんですか!」

恩恵を受けておいてなんだが、この人、少し軽すぎないだろうか……?

いや、俺は嬉しいのだが、後々ネログリフの足を引っ張るようなことはしたくない。

「内々のことはワシに任せてくだされ。ただ……他の教徒には、内緒でお願いしますな」

ネログリフが人差し指を立てて、ニッと笑った。

「ネ、ネログリフさん……!」