軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

とある大神官の表裏(sideネログリフ)

アベル一行が国境沿いの山へとリヴ・フォーグを捕まえる旅に出ている間、リーヴァイ教の大神官であるネログリフと、彼の補佐である少女クロエが、教会堂の一室で話をしていた。

この部屋には結界が仕込まれており、音や視界を外から魔術によって拾うことを防ぐ効力があった。

クロエが困惑気に声を掛ける。

「ネログリフ様……その、なぜ余所者などに、リヴ・フォーグのことを洩らしたのでしょうか? あれは、リーヴァイ教の中でも一部にしか洩らされていないことなのに……」

「ほほほ……偉大なるリーヴァイ様は、寛容であられる。人命を救うために規律から逸れようと、気に留めることはなかろう」

ネログリフが笑いながらそう答える。

しかし、クロエは浮かない顔であった。

「私はそういった、建前の話をしたいわけではないのです。いったい、ネログリフ様は何をお考えなのですか? あのアベルという男が、ただの旅人ではないことはすでにネログリフ様にはわかっておられるはずです。ラルク男爵か、ディンラート王国の仕向けてきたスパイなのでは? あんな奴に、なぜあれやこれやと話してしまわれたのですか? そろそろ、その真意を聞かせてもらいたいのですが……」

ネログリフは顎に手を当ててから、目だけでぐるりと部屋の中を見回し、改めて部外者の気配がないことを確認した。

「離れている間に成長したとは思っておったが……こういったことは、まだまだであるな。まぁ……今からゆっくり、学んでおくといい。ワシの跡を継げるのは、クロエしかおらんと思ってるからの」

ネログリフは、ぽんぽんとクロエの頭を二度軽く叩いた。

クロエは気恥ずかしさからか、むっと口をへの字に曲げた。

「アベル殿は、まず間違いなく、ラルク男爵の仕向けてきた偵察であろう。マリアス殿と連絡が取れなくなり、マリアス殿が悪魔の力を借りて作っていたはずの魔獣の包囲が途切れたところへ、魔術の心得があるものの急な来訪……まず、間違いなかろう。ファージ領の中でも、この奥地にあるパルガス村へと優先して向かって来たというのも、あまりにお粗末な嘘である。しかし、王都の精鋭にしては、慎重さに欠ける上に隙も多い……。話をしている最中も、情報を伏せる度に、わかりやすく申し訳なさそうな顔をする」

「そ、そこまでわかっておられるのでしたら、なぜ……!」

「落ち着きなさい、クロエ。アベル殿は魔術の腕はそれなりに立つが、こういった場には慣れていないと見える……。これほど操りがいのある人間はなかなかおるまい。既にこれまでのアベルとの接触で布石は打っておる」

ネログリフは、優し気な顔を崩さないままに肩を震わせて笑った。

ネログリフは、人から信頼を得ることに、異常なほどに長けていた。

信者から絡まれているところへの手助け、不利な情報の開示、相手への過剰な賞賛。

どれもアベルを信用させるための罠である。

教会堂の司祭であった過去を明かしたのも、その一環である。

昔に関わりがあったクロエを優先して補佐にしたことにも、そういった打算がある。

何を話せば相手が気を緩めるのかをネログリフは知り尽くしており、それを徹底する演技力と周到さを持ち合わせていた。

普段ならばせいぜい部下である教徒を嗾けて絡ませた後に自分で助ける程度なのだが……これまでの接触と仮説から考えて、アベルには利用価値があり、苦労してでも取り込むべきであると判断していた。

「で、でしたら私は、ネログリフ様の足を引っ張ってしまったでしょうか……。かなり、探りを入れてしまいました……警戒させてしまったはずです」

「それは、ワシの考えの範疇である。安心するがいい。ファージ領から来たのであれば、まずワシらにいい印象は抱いておるまい。むしろクロエが嫌われ役になってくれたことで、スムーズに話を進めることができたのだ。クロエはよくやってくれておる」

「そ、そうですか……それはよかったです……」

クロエはほっとしたように息を吐く。

「損な役回りを押し付けてしまい、すまなかったの」

ネログリフはクロエを気遣うように言いながら、また頭へと手を伸ばす。

「それはいいですよ! ……もう。血のせいで成長が少し遅れていることは認めますけど、中身はもう、大人ですから。子供扱いしないでください」

クロエがひょいと首を捻り、ネログリフの手を躱す。

ネログリフはほっほと笑い、それから一息挟み、緊張感を戻す。

「ワシがこうした手段を取ったのには、クロエにも早くワシのやり方を学んでほしいからであっての……」

ネログリフは大神官としてリーヴァイから選ばれる以前は教会堂の司祭を務めており、クロエはそこで育てられた孤児であった……という話は、本当である。

クロエはネログリフの抜けた後の教会堂を引き継いで司祭を務めていたが、つい最近機会があり、自ら望んで彼の補佐を務めるようになったのだ。

そのため、クロエは汚い手段が必要とされる今回のような任務の経験は薄く、ネログリフの独特のやり方にもまだ馴染んではいなかった。

罪悪感や緊張から気を張り詰めすぎており、村人達から多少不信感を抱かれていた。

アベルからも疑惑の目を向けられていた。

その点、村人達から完全に受け入れられており、あろうことか偵察に来たアベルの目さえ出し抜いたネログリフの対人術は圧倒的である。

ネログリフは無暗に嘘を吐くのではなく、真実を織り交ぜて信用を得ながら、都合の悪い事実を上手く握り潰すのが得意であった。

口裏を合わせて誤魔化してもいずれはどこかで破綻が生じる。

かといって無為に身の上を隠したりすれば、それが不信感に繋がりかねない。

その辺りの調整が、リーヴァイ教の司祭の経験を長く積んだ経験から、絶妙であった。

ネログリフの部下が平然とネログリフの過去について語ったのにも、そういったカラクリがある。

「ネログリフ様のお気持ちはありがたいのですが……しかし、アベルにリヴ・フォーグの秘密を教えたことには、やはり賛同できません……。もしもアベルがリヴ・フォーグを手に入れてしまったら、リヴグラスを作らざるをえません。そうしたら、コントロールできているパルガス村のバランスが崩れてしまいます」

「どう困ると? こっちで保管して、隠してある古いリヴグラスを薄めて使えばよい。パルガス村のバランスは崩れはせんよ。むしろ、今件を利用して村人達にリヴグラスを強く意識させることができる。それにアベル殿は、どうやら流されやすそうなタイプであるからの。煽てて村の英雄に仕立て上げてやれば、すぐにこの村に依存するようになるであろう」

「な……なるほど……。確かに、リヴグラスの量など、いくらでも誤魔化しの利くことです」

「それに、リヴ・フォーグが手に入れば儲けものというもの。もしも手に入らなくても、他の教徒にたっぷりとアベル殿を貶させた後、ワシらでゆっくりと慰めてやればよい。この隔離された村での軽蔑と賞賛は、簡単に人の正常な判断を狂わせる。すでにアベル殿の掌握は終わったも同然である。何も心配することはなかろう」

「そこまで、お考えであったとは……。し、しかし、今後、彼からリヴ・フォーグの秘密が、ディンラート王国中に漏れてしまう危険があるのでは?」

「ほほほ……その心配はあるまい。抱き込むのが難しい、逃げられる可能性があると判断すれば、殺してしまえばよい。そのためにも、あの三人を付けたのだ。彼らならば、何があっても逃がすことはなかろう」

アベルに同行したリーヴァイ教徒三人組は、ネログリフの部下の中でもエリートである。

ネログリフとのリーヴァイ教会の活動での付き合いは、クロエよりも遥かに長い。

決して適当に選んだわけでも、自己推薦を考慮して選んだわけでもない。

戦闘においてもスパイとしても、超一流である。

そもそもの話、村にいるリーヴァイ教徒は、すべてネログリフの忠実な部下である。

数合わせのために適当に連れて来た教徒など、一人もいない。

粗暴な教徒も、ただのネログリフの命じた演技である。

彼ら三人には、アベルに不安材料があれば、とっとと殺すように命じてあった。

アベルが多少魔術に優れていようと、不意打ちで三人掛かりで掛かれば決して仕損じることなどない。

いざというときに殺すのを躊躇うような甘い者はいない。

何が起こったとしても、冷静に対処しきる冷徹さを三人共持っていた。

そのときが来れば、アベルは何もわからぬままに殺されることになるだろうと、ネログリフは考えていた。

「…………」

殺してしまえばよい、とネログリフが言ったとき、クロエはつい顔を下に向けた。

「まだ、こういったことには慣れぬか」

「ネログリフ様は……その、少しだけ、変わられましたね」

クロエがやや寂しげに、呟くように言った。

「…………大事のための、小事である。リーヴァイ様が現れた以上、やがてリーヴァイ様を滅ぼすために大邪神クゥドルが目覚めるであろう。その前にディンラート王国を征服し、国内のどこかに眠っている大邪神クゥドルの封印を強固にせねばならぬ。奴が目覚めれば、再び地に大虐殺が齎されるであろうからの。そのためには……心を殺さねばならぬ。割り切れとは言わぬが、表には出すでない。この手を汚そうとも、封じねばならん邪悪がこの世界には眠っておるのだ」

ネログリフは目に涙を湛えながら、拳を強く握り締めた。

「ネログリフ様……」

クロエがネログリフの涙を拭うためのハンカチを取り出している最中、ネログリフは他のことを考えていた。

(ふむ……この女、もう少し使えるかと思っておったが、まるで駄目である。人一倍ワシを妄信しておるから、そういった面で何か使い時は来るはずではあるが)