作品タイトル不明
十四話 リヴ・フォーグ④
「とりあえず、アベルさんが先ほど仰っていたように、荷物を手放すべきかと……! さっきの、絶対に近づいてきていますよ!」
ソフィアが俺の説得に掛かって来るが、俺としては絶対にラピデスソードは手放したくない。
徹夜で作ってくれたリノアにも悪い。
今度会ったとき、顔を合わせられなくなりそうだ。
それに……まだまともに性能テストも行っていないのに、こんな段階で捨てるなんてとんでもない。
「おっ俺一人で引き受けますから! ソフィアさん達は離れていてください!」
「なにトチ狂ったこと言ってんだ兄ちゃん! そんなことしたら、ネログリフ様に殺されちまうよ!」
オーゲンが俺の肩を揺さぶりながら言い、続いてメアの方を見た。
「なぁ、嬢ちゃん。アンタからも言ってやってくれ! この兄ちゃん、死ぬつもりだぞ! 悪魔の怖さを知らねぇんだ!」
「う、う~ん……でも、こうなったアベルは……もう、何を言ってもダメだと思いますけど……」
「何を言ってんだ!?」
さすがメアだ、俺のことをよくわかっている。
しかし……保険は掛けておきたい。
俺は杖を構えて精神を落ち着かせ、魔力の感知に当たる。
確かに……二つの大きな魔力を感じる。
これが例の、空間を操作している悪魔のものと考えていいだろう。
「 এটা(奴を) প্রকাশিত(表せ) 」
魔法陣を浮かべてから、呪文を唱える。
ステータスの呪文は、俺自身の能力値も計ってくれないのであまり信頼してはいないのだが……一応、保険に確かめておこう。
魔力を感知している以上、理論上ではこの魔術で大元の魔力の大体の大きさを測ってくれるはずだ。
筋力値は人外には対応していないので、まったく算出できないのだが……。
俺の目前に、ふっと小さな四角い平面が浮かぶ。
――――――――――
『??????』
STR(筋力):???
MAG(魔力):464
――――――――――
「なっ……」
思わず、声を上げてしまった。
俺が今まで目にしたことのある数値よりも、遥かに高いからだ。
今まではせいぜい、高くても100前後くらいの数値しか見たことがなかった。
それが、急に400台である。
確かに、この魔術はまだ不完全で絶対の信頼が置けるものではないが……警戒するには、充分な理由である。
因みに昔、小さい時に自分を測ったときは1000近くあったが、すぐに測定不能になってしまった。
どうやら俺の魔力に何かしらの問題があり、正しい測定値を出すことができない体質のようだ。
当時は喜んでいたものだが、1000という数値もまったく参考にはならないだろう。
「ど、どうした兄ちゃん?」
「ちょ……ちょっと、興味がわいてきたと言いますか……」
俺がオーゲンを振り返ると、彼は露骨にげんなりとした表情を浮かべた。
「駄目だ、兄ちゃんの目、輝いてるぞ……」
「もうこいつ放って逃げようぜ!? こんな巻き添えなんて俺は絶対くらいたくないぞ!」
「カ、カムラさん、何を言っているのですか!」
「そもそも……空間を歪めてくる相手から、本当に逃げられるのか?」
とりあえず……先制攻撃を仕掛けた方がよさそうだ。
久々に、本気目の奴を一発撃ち込んでみよう。
俺はオーゲンから離れ、宙へと杖を振り上げた。
「 শিখা(炎よ) এই হাত(球を象れ) 」
杖先に大きな炎が浮かび上がり、それをどんどん圧縮していく。
小さくなれば炎を足してまた圧縮し、再び炎を足して圧縮し……を繰り返していく。
ゼシュム遺跡をぶっ飛ばしたときの魔術である。
「ア、アベルさん? 何をやっているのですか? それ以上は……その、少々危ないかと……」
ソフィアが俺の魔術を見て、訝しむように光を見る。
「あれはそんなに危ないのか……?」
ソフィアの様子を見て、カムラが彼女へと尋ねる。
「特異な結界で包んで球状に満遍なく力を加えているようですが……例えるなら、全力で走りながら両腕の肘の上に積み木を積み上げているようなものです。いつバランスが崩れて暴発することか……」
ちょっとズレているような気はするが……まぁ、感覚としては通ずるところもある。
「暴発するとどうなるんだ?」
「あれだと……私達全員、消し飛ぶんじゃないでしょうか」
「やっ、止めろ! その魔術を止めろォッ!」
「お、落ち着けカムラ! 今兄ちゃんに触ったら、バランスが崩れかねねぇぞ!」
俺へと襲い掛かろうとするカムラを、オーゲンとソフィアが二人掛かりで止めていた。
ソフィアの言ったことには誤りがある。
正確には、万が一暴発するとこの山ごと綺麗に消滅する。
「安心してください。魔術の制御には自信がありますから、ちょっと突つかれたくらいじゃバランスは崩しませんし、いざというときもすぐに消滅させられますよ」
「信用できるかぁっ! とにかく、それを止めろ! 頼むから!」
だんだんと、向かってくる悪魔の気配が濃くなっていく。
特別意識を向けずとも、背筋を舐められているかのような悪寒を覚える。
確かにこいつは、今までの相手とは比べ物にならない大物かもしれない。
山で眠っていた大悪魔を、ラピデスソードが引きつけてしまったのだとすれば……。
「……この剣、持ってきてよかったな」
「おいお前、今なんて言ったぁっ!?」
ソフィアとオーゲンに押さえられていたカムラが、力を強めて彼女達を跳ね除けようとする。
「な、仲間割れしていては、どうにもなりません! リーヴァイ様は仰りました。小さな波も、いくつも重なればその力を増していく……。調和こそが、困難を乗り越える近道であると!」
「これ俺悪くないよぁ!?」
言い争いを尻目に、俺はひたすらに光の熱球をどんどんと強化していた。
『 বিস্মিত.(驚いた。) দীর্ঘকাল(覚えのある) পাও(力を) উপলব্ধি(感知して) আসা(みれば) কিন্তু(こんな) ছোট(小さき者) আছি(だとは) 』
頭に、声が響いてくる。
思念波だ。
今までにあった悪魔のタイプとは、喋り方がやや異なるように思う。
ひょっとして、かなり理性的な悪魔なのか……?
『おっと……これでわかるかな? 私は、ダンタリオン。古くに滅ぼされた、土の神ガルージャに仕えていた大精霊の一柱』
精霊語ではなく、この大陸で使われている言葉で語りかけてきた。
ぼうっと、目の前に道化服のようなマントが広がる。
その首元にはフリルが付いており、四つの女の顔が、各々別の方向を向くようにそこから生えていた。
肩から上しかなく、腕はマントからやや離れたところに二本浮かんでいた。
四つの頭は、ケタケタと笑っている。
俺も、ここまで奇怪な姿を持つ悪魔は目にしたことがない。
ダンタリオンは聞いたことがないが……土の神に仕えていたというのが本当ならば、神話時代の悪魔ということになる。
その時代の悪魔はほとんどクゥドル神が殺して回っていたというが……生き残りがいたとは知らなかった。
「なんだか、敵意はなさそうですね」
俺がカムラ達の方を振り返ると、三人とも各々に武器を構えてダンタリオンを睨んでいる。
「ど、どうする……?」
「敵わずとも、一矢報いてやるしかないだろ。戦う気はなかったが、ガルージャ関係の悪魔だというのなら見逃せねぇ」
「最低でも首の一つはぶった切ってやりましょう。とっておきを使いますから、オーゲンさんとカムラさんは、申し訳ありませんが時間を稼いでください」
……先ほどとは打って変わって、明らかに殺気立っている。
土神と水神は、あまり仲が良くなかったという。
教徒として、何か、思うところもあるのかもしれない。
「ちょ、ちょっと……向こうが歩み寄ってくれてるんですし、もうちょっと穏便に行きましょうよ……」
「地上に引きずり下ろしてやるぞ!」
「これで死ね!」
カムラがローブから隠していた腕を伸ばすと、腕に固定されているクロスボウが露わになった。
カムラは腕の先をダンタリオンへと向け、射出する。
通常のクロスボウよりも、かなり矢の速度が速い。
魔力で伸縮性を増す、特殊素材のようだ。
おまけに、矢に魔術式が刻まれている。あれは……爆発の魔術だ。
「ふぬああっ!」
木槌を持ったオーゲンが木へと飛び掛かって蹴飛ばし、その反動で矢を追うように跳び上がった。
信じられない跳躍力だ。
あれなら、ダンタリオンの高さまで辿り着くだろう。
「 বিস্ফোরণ(爆発せよ) !」
カムラが、小刀をダンタリオンへ向けながら叫んだ。
爆破で隙を作り、その間にオーゲンが木槌を叩き込む算段らしい。
『ふむ……貴様ら如きに、何の興味もないのだがな』
ダンタリオンの四つの顔がそれぞれカムラとオーゲンを捉え、一斉に口を開きながら思念波を飛ばしてくる。
ダンタリオンが手を掲げると、矢はカムラへと跳ね返り、オーゲンは手にした木槌に引っ張られるかのように地面へと落下して肩を打ち付けた。
「ぐおっ!」
オーゲンは叩き付けられた衝撃で大の字になり、木槌を手から放した。
カムラの足許に刺さった矢が、カッと光を放つ。
「げっ……ヤベッ」
俺は光の球へと手を向けて維持に務めながら、カムラの方へと杖を向ける。
矢はピシっと音を立てて、バラバラに崩れて行った。
「た、助かった……」
跳ね返すにしても、奇妙な軌道だった。
本当に、空間を操れるようだ。
『ふん、小さき者共如きが、私に刃向かうとは生意気な……。早く、私にアレを献上するがいい。これ以上の話をするつもりもない。あまりこの私を待たせるようならば、皆殺しにしてもいいのだぞ。この私が、ダンタリオン様が、わざわざ貴様らに猶予を与えてやっているのだ。私を怒らせてくれるなよ?』
「あの、ダンタリオン様は何をお探しなんですか?」
俺は好奇心半分で、ダンタリオンへと尋ねてみた。
『白々しい……わかっているだろうに。空神の、遺産だ。奴の魔力を、濃く感じる……。奴には、恨みがあるからなぁ……アレが残したものは、この私が砕いてやらねば気が済まぬ……』
「空神の、遺産……?」
やっぱりそれ、俺じゃなくてリーヴァイ教が持ってるんじゃ……。
『そう、その辺りから……』
ダンタリオンが、俺へと指を向ける。
俺はつい、後ろを振り返った。
メアが立っているだけだった。
数秒ほど、メアと目を合わせたまま固まった。
「メア、何か持ってるんじゃ……」
「い、いえ……メアはやっぱり、この前の剣だと思いますよ……。あの悪魔……何か、まずいのだったんじゃ……」
「え……? や、やっぱり……?」
『やはり心当たりがあるようだな。さぁ、早く引き渡すがいい。それとも……どうしても渡したくないというのならば、それもまた一興……。愚かさは罪なり。この私との力の差がわからぬほど愚かならば……その罪、死を持って報いとするがよい。楽に死ねるとは思うな。冥界にて、永遠に悔いよ』
ダンタリオンの、四つの頭が哄笑する。
ふっとダンタリオンの姿がぶれ、別の位置へと瞬間移動する。
かと思えば、また別の位置へと瞬間移動する。
辺りからダンタリオンの笑い声が聞こえて来る。
まるで、何十もの頭に囲まれているかのような気分だった。
『小さき者共には、私の姿を捉えることさえできまい。真似事遊びで思い上がった、神の下僕の子孫共よ……本当の魔法の恐ろしさというのもを、その身に教えてやろう』
……人間と違い、精霊は直接魔力を用いて特異現象を引き起こすことができる。
そのため魔法陣を必要とはしないが……転移と魔力の残滓にパターンがあるようなので、追うこと自体は難しくない。
まぁ……わざわざそんなことをせずとも、指定した魔紋(魔力の指紋のようなもの)を追跡する、ホーミング機能でもつけておけば事足りることだ。
ダンタリオンの魔紋を光球に追跡先情報として刻んでおいた。
戦闘はなるべく避けたかったが……やはり、悪魔は悪魔。
話が通じる相手には思えないし……こっちとしても、ラピデスソードを引き渡すつもりはない。
それに……俺は、自分の力で神話時代の悪魔とどこまで戦えるのか、純粋に試してみたかった。
相手の種は割れている……いざとなれば、逃げるくらいならばできるはずだ。
「それっ」
俺が手を広げると、光の球がダンタリオン目掛けて飛んでいく。
ダンタリオンが転移で移動した際、光の球もダンタリオンに合わせて軌道を変える。
笑っていた四つの顔が、つまらなそうな顔へと一斉に変わる。
『この程度の小細工で、対抗したつもりになっていることが片腹痛い。先ほどのことを忘れたか。どうやら小さき者共も、私がこの山で身を潜めている間にすっかりと種として衰退したと見える……。これではまるで、鳥や豚……』
ダンタリオンが、光の球へと手を翳す。
……今回の攻撃は、様子見に徹する。
光球のホーミング機能があれば、あの空間を操作して跳ね返す魔法への対応策になりえる。
あの光球の威力はとんでもないが、その代わりに暴発を防ぐため、好きなタイミングで簡単に力を分散させられる仕組みが施してある。
返されても、危険性はない。
光の球が、ダンタリオンと俺の狭間で静止する。
ダンタリオンの四つの顔が、同時に顔を顰めた。
『む? 何が……』
空間に罅が入り、硝子を突き破るような大きな音が辺りに響き渡った。
罅の合間を潜り、光の球がダンタリオン目掛けて接近していく。
「あれ、思ったより脆い……」
空間の歪みは破壊不可能かと思ったのだが……。
あっさりと、光球はダンタリオンと俺の間を突破してしまった。
『な……な、な……な……!』
ダンタリオンが、動揺を露わにする。
頭の一つが膨れ上がり、大口を開けて光の球を呑み込んだ。
光の球を呑み込んだ頭は顔を土色に変え、ぐったりと首を地に向ける。
『……小さき者共にしては、惜しかったな。素直に賞賛を送ってくれよう。私と対等に戦うに相応しい存在であることを認めてやる。さすがは、空神の遺産を引き継いでいるだけはある……といったところか。もう、油断はせぬ……手心も加えぬぞ……』
ダンタリオンが、怒りの顔を三つ、俺へと向ける。
一つは、萎びたままである。
『私は……頭の一つを犠牲にすることで、あらゆる衝撃、エネルギー体を集め、消失させることができる。つまり、三度までは絶対に死なぬ……。萎れた頭も、日を置けば復活させることができる。貴様ら小さき者の頭を喰らうことでな! 失くしたストックは、貴様で補わせてもらうぞ!』
ダンタリオンがそう叫んだと同時に、先ほど光球を呑み込んだ頭がゆっくりと首を擡げた。
『む……?』
他の首が、それを見て疑問そうに首を傾げる。
次の瞬間、目と口から豪火を噴き出しながら頭が炎上した。
『 ত,(ア、) ত,(ア、) ত(ア) ত(ア) ত(ア) ত(ア) ত(ア) ত(ア) ত(ア) ত(ア) ত(ア) ত(ア) ত(ア) তপ(アア) !!』
頭から頭へと火が燃え移って黒い煙を噴き上げながら、ダンタリオンはフラフラと飛んでどこかへ逃げようとする。
「頭の一つを犠牲に消失させるんじゃなかったのかよ……」
終いにはマントにまで炎が燃え移る。
本体から離れている腕も、必死に炎を消そうと叩いている内に燃え移ったようで、あっという間に火だるまになった。
『 তাপ,(アヅイ,) তাপ(アヅイイイイ) !!』
マントが炎上して灰になり、一欠けらの布がその場に落ちる。
あっという間のことだった。
辺りの空間がぐにゃりぐにゃりと蠢いていく。
どうやらダンタリオンの影響力がなくなり、正常に戻されているようだ。
ダンタリオンは本当の魔法の恐ろしさを教えてやると言っていたが、いったいなんのことだったのか。
結局、ダンタリオンからは大した攻撃の魔法を使うこともなかったため、わからず仕舞いである。
あっという間に燃えてしまったため、空神云々についてもまったくわからない。
ラピデスタトアが空神と何か関係でもあったのだろうか。
というか……これ……本当に、この山の魔力場を狂わせていた、神話時代から生きる悪魔だったのだろうか。
強大な相手に実力を試してみたいという腹積もりだったのだが、何か……物凄くマズいことをしてしまったのではないかという、なんとも言えない罪悪感だけが俺の中に残った。
ふと、落ちてきた一欠けらの布を俺は拾い上げる。
『 তাপ……(アヅイ……) মানবীয়(ニンゲン) ভয়ের(怖い) 』
……布から、思念波が伝わってきた。
とりあえず俺は、ダンタリオンの断片をポケットにしまっておくことにした。
また何かに使えるかもしれない。