作品タイトル不明
六話
ラルクの屋敷の執務室にて、俺は机を挟んでラルクと顔を合わせた。
よほどの事態なのかラルクは顔を青くしており、目線といい仕草と言い、どこか落ち着かない様子だった。
「……実は、リーヴァラス国との国境を敷いている山脈に沿ってディンラート王国の東側へと降りて行ったところに、パルガスという村があるんだ。ここも私が所有している村なんだけど……少し離れていてね。統治の実権は、親戚筋の人間に任せてたんだ」
ラルクは地図を取り出し、机の上に広げる。
確かに、ここから少々距離が開いている。
「ファージ領を昔、他の貴族が治めていたときは、リーヴァラス国を見張る意味合いがあったらしくてね。敢えて距離を離していたんだろう。もっとも内部で争っているばかりで外へ目を向ける余裕がないということがはっきりしたから、私の先祖に下げ渡されたわけだけども……」
……ただ例の宣教師リングスが行っていた布教活動によれば、水神リーヴァイが蘇り、幾つもの派閥に分かれていたリーヴァイ教を纏め上げたという話であった。
これが本当だとすればマリアスだけに留まらず、これからもこちらへと干渉してくる可能性がある。
我ながら、厄介な時期に来てしまったものだ。
時期というか、時代というべきか。
「……それで、その、パルガス村がどうしたんですか?」
「パルガス村がどの程度ナルガルンの影響を受けていたのか……実は、把握しきれていないんだ。微妙な位置でね、ひょっとしたらほとんど実害がなかったのかもしれない」
「え? でもポーグ(伝書を運ぶ鳥)での連絡はしていたんですよね? 少し離れているとはいえ、他領よりは近いですし」
ラルクは首を振った。
「送ったし、一度は返事も来たんだけど……要領を得ないどころか、恐ろしく失礼な内容でね。それ以降はいくら送っても何も返事が来なかったよ。私もその頃は積み上げられた領地問題でナイーブになっていたから、深くは考えずに裏切られたんだと思っていたんだけど……今さっき、領外で血塗れのポーグが見つかってね」
「血塗れの……」
なんだか予想以上にきな臭い話になってきた。
「片足は捥げていて、身体全体に火傷があった。恐らく、攻撃魔術の爆風を受けたんだろう」
ファージ領がナルガルンに襲われている間、他領に飛ばしたポーグへの返事がほとんど来なかったという話であった。
今回の件から考えるに……マリアス辺りが、召喚した悪魔に撃ち落とさせていたのかもしれない。
「そのポーグは、こっちから送ったものなんですか?」
ラルクは首を横に振り、一枚のボロボロの紙切れを摘まんで持ち上げた。
紙は血で汚れており『殺される』と、荒い字体でそれだけが書かれている。
「……ひょっとして、パルガス村からの伝書なんですか?」
「位置関係から言って、恐らく間違いない。以前パルガス村から送られてきた伝書は、情報共有を妨げるために何者かが手を加えたものだった、と考えた方が筋が通っている」
このタイミングからして、向こうはまたしてもリーヴァラス国だろうか。
ナルガルンでファージ領と他所の交流を断っていただけではなく、二つに分断して同時に内部からリーヴァイ教に染めようとしていたのかもしれない。
「怪伝書のこともあるし……これ以上余計な誤解を生まないようにと、こちらから信頼のできる使者を送って話を伺うつもりだったんだが……どうにも、普通の事態ではないようでね」
「……恥ずかしい話だけど、私もリングスとマリアスには、踊らされ続けていただけだったからね。彼らクラスの魔術師がパルガス村を狙っているとしたら、君以外の誰を送っても対処は不可能だろうと考えてね。無理強いはしないんだけど……できれば、様子を見に行ってもらえると助かるかなと……」
ラルクはやや言い辛そうである。
ナルガルン騒動以来、俺に頼りっきりの形になっていることを負い目に感じているのかもしれない。
そこまで気負わなくても、もっとどっしり構えていてくれていいのに。
ラルクは人柄に好感が持てるので、俺にできることならば全力で協力してあげたい。
それに、こっちとしても、まだまだ協力してほしいことがある。
恩は売れるだけ売っておきたいというのが本音である。
マリアスのお蔭でハーメルン、牛蛇、ラピデスタトアの精霊体の残骸が手に入ったのだし、俺としてもリーヴァイ教が動いているとなると興味がある。
もっといえば、錬金術師団団長の地位もマリアスのお蔭で手に入ったようなものである。
「それくらい任せてください。錬金術師団の方も……しばらくは、リノア副団長に指導を行ってもらいますので。パルガス村へ行って伝書の真意を問いただして、村に妙なことが起きていないかを確かめたらいいんですよね?」
錬金術師団のオーテム彫りの鍛錬は、正直今の段階では、基礎さえわかっていれば誰が教えても関係がない程度のところまでしか来ていない。
その点リノアはノワール族の出であるためか手先が器用で集中力もダントツで高いため、他の者よりもオーテム彫りの上達が遥かに速い。
ここしばらくはラピデスソードの開発を行ってもらっていたため大きな時間ロスがあるが、それもまったく問題がないだろう。
副団長を務めていただけのことはある。
「ああ……本当に助かるよ。君が引き受けてくれると、それだけで厄介ごとが一つ解決した気分だ……」
そ、そこまで言われると逆にプレッシャーが……。
「……まぁ、本当にリーヴァイ教関連かどうかも、まだわかりませんからね。単にパルガス村が、ナルガルン騒動に託けてラルクさんに牙を剥こうとしただけだったのかもしれませんし」
「そ、それはそれで凄く嫌なんだけど……」
「ああ、この地図、いただいても……」
ふと地図に目を落とす。
ファージ領が山脈を介してリーヴァラス国に面しているのは、南側である。
パルガス村はそこから山脈に沿って東側に降りたところであり、現在地よりも更に辺境地となる。
パルガス村から更に東へと行けば、ディンラート王国の南東の最端であり、海が見えてくるほどである。
そこから更に海に沿ってやや今度は北に移動したところに、印が入っていた。
「ラルクさん、ここって何があるんですか?」
「ああ、君も名前は聞いたことがあると思うよ。アルタミアという、凶悪な魔女が封印されている塔があるんだよ。あの、死者の蘇生に関する魔術の研究をしていたという……」
「アルタミアですか!?」
俺は思わず地図を掴んで立ち上がった。
アルタミアは、八十年程前に活動していた錬金術師である。
戒律違反を理由に押しかけて来た宮廷魔術師軍団を相手に、たった一人で善戦したという伝説を誇っている。
最後にはついに塔に封印されたとされているが、その探求心が振り切れてしまった感じはちょっと尊敬するし、嫉妬さえ覚える。
「ちょ、ちょっと長引くかもしれませんけど、いいですか?」
「う、うん……いいんだけど……塔の内部と周辺は、漏れ出したアルタミアの魔力に魅せられた強力な魔獣や悪魔で溢れてるそうだから、あんまり近寄らない方が……。それにアベル君、なんだか余計なことをやらかしそうな気がして……」
「大丈夫です! パルガス村への調査のついでに、ちょっと立ち寄って様子を見て来るだけですから!」
「それくらいならいいんだけど……うん……」
「早速ちょっと、荷造りしてくるんで! 急いだ方がいいですよね? パルガス村のためにも!」
「う、うん……うん……そうだね、パルガス村のために……」