軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三話 ファージ領の改革③

「そんなに興味深い本なんですか? だったら、それも上に運んでもらったら……」

じぃっと魔術書にしがみついている俺に、メアが声を掛けてくる。

「いや、持っていくほどではないけど……ちょっとこの部分だけ読んでおきたいというか……」

『高位精霊図譜』に腹部強打を受けた俺はどうにか持ち直し、また倉庫内で目ぼしい本がないかを探していた。

『高位精霊図譜』は、重くてまともに持てないので、使用人の人に俺の部屋へと運んでもらうことにした。

「でもずっと読んでるし……運んでもらっておいたら……」

「なんていうか、そこまでして別に読みたい本っていうわけではないんだけど、確認しておかないと何となく気持ち悪いというか」

「他にもっと、面白そうな壺とか絵画とかあるのに……。ね、あっちの方もちょっと見てみません? ね? いえ、別に……興味なかったらいいんですけど……」

……そんな言い方をされるとむしろ罪悪感を掻き立てられて、見に行かなければいけないような気がしてくるから不思議である。

錬金術師団の活動中に呼びに来たときの、嬉しそうなメアの顔が頭をよぎった。

「わかった」

「やった! ほら、アベル……!」

「その……後五分だけ待ってくれ」

「あ、はい……」

移動させた魔術書を元の位置に戻してから、メアと倉庫の中を歩いた。

すでに倉庫内の整理はあらかた片付いており、今は他の街へと持っていく美術品を選別して布で包んでいる段階にある。

壺や絵画にはまったく知識がないので、残念ながらよくはわからなかった。

せめて作者名と絵の名前くらいは下につけておいてくれればいいものの。

だが、魔獣や悪魔の絵が多いのは見ていて楽しかった。

クゥドル神やら水神リーヴァイやらを描いた絵もあった。

リーヴァイの絵に並び、ドワーフの大群に拝まれている巨大な四つ首の鹿の絵もあった。

四つの首は左右斜め上と斜め下についており、顎の先が中央に集まる向きについており奇怪な姿をしていた。

ドワーフが小粒に見えるほどとんでもないサイズである。

恐らく、これが地神ガルージャだろう。

ガルージャの姿を描いている絵は初めて見たのであまり確証は持てないが、ガルージャが創ったとされる岩巨兵と呼ばれるゴーレムが足許に立っている。

因みに……ガルージャの横の絵は、ラルクの祖父の肖像画だった。

クゥドル、リーヴァイ、ガルージャと来て肖像画を並べるあたり、なかなか豪快な人柄だったのではなかろうか。

いや、配置したのがご本人様だとは限らないが。

ラルクの祖父の肖像画を見ていると、メアが裾を引っ張ってくる。

「どうした?」

「……なんだか、あの絵だけ異質じゃないですか?」

メアの目線を追えば、街が焼かれている絵があった。

……妙に建物や人の描写が正確というか、生々しい。

絵自体が、誰かの視界のような構図になっている。

あまり見ていて気分のいいものではない。

「ほう、お嬢さん、それに目をつけましたか。それは気軽に他所へ持っていっていいものではないかもしれませぬと、ワシがラルク様に助言したのですよ」

役目を終えて暇なのか、鑑定のために呼ばれていたヨウゼフが俺達の傍へと寄ってきた。

「有名な画家が描いたものなんですか?」

「コルン・コーリッヒという、百年ほど昔の画家の記名が裏にあるのですよ。一般に知られているわけではありませぬし、ワシもあまり詳しくはありませぬ。ただ作品数自体が多く、特徴的な記名を額の裏に行うため絵画マニアの中では名が知れているのです。とはいえ、この画家にさほど付加価値はありませぬ」

「ではどうして気に留めたんですか?」

「コルンが実際に自分の目で見た風景画しか描かないというのは、有名な話なのですよ」

それを聞いて、俺は燃えている街の絵を見直した。

これは百年ほど前に、実際にコルンが目にした惨状だということらしい。

「……なるほど、確かに気軽に手放せるものではなさそうですね」

「この絵が気軽に手放せるものではないというのは、それだけの話ではないのです」

ヨウゼフが絵に近づき、高い建物の上にいる男を指で示した。

長い緑白の巻き髪をした、貴族風の中年の男だ。

たっぷりと刺繍の入った真っ赤なコートを着ている。

やや太っているが、単に着膨れしているようにも見えた。

街を見下ろして笑みを漏らしている。

「……助からないと知って、気が触れた男ですか?」

ヨルゼフは静かに首を振る。

「実はこの男、有名な人物に似ているのですよ。ジュレム・オーノレア伯爵は聞いたことがおありで?」

「……ジュレム……ああ、はい」

ジュレム伯爵というのは都市伝説のようなものである。

ロマーヌの街にいたときも何度か耳にしたことがある。

六百年程前にディンラート王国内にいたとされる伯爵で、ある日を境に行方不明になってしまったのだという。

ただそれから百年以上経った後に、ディンラート王国内どころか、世界の各地でジュレム伯爵に似た人物を目にした人が現れ始めたのだ。

なんでも歴史に残るような大事件の場に居合わせては、周囲から離れたところで一人笑っているのだとか。

……ただ俺からしてみれば、たまたま偶然が二つ重なったところで、話題作りのために目立ちたがり屋が自分も見た自分も見たと騒いでいるだけではないかと思う。

六百年以上歳を取らないなんて、ハイエルフでもあり得ない。

「ジュレム伯爵の顔を見たのは初めてでしたけど……そんなにそっくりなんですか?」

「ええ。……しかし、確かにコルンは宗教団体のテロ活動に巻き込まれて死んだとされておりますが、ワシはそれに被せただけの悪戯だと思いますがの」

ヨウゼフがわざとらしく強張らせていた表情を緩め、冗談めかしたように笑った。

メアはヨウゼフの話を聞き、身体を震わせながら俺の手を握り締めていたが、オチを聞いて握力を弱め、安堵したように息を吐いた。

「脅かさないでくださいよ……」

「ほほほ、だから気軽に他所へ持っていってはいけないと言ったのですよ。悪戯の品であると明らかになれば、ラルク様が恥を被ることになりかねませんから」

どうにもラルクの祖父は、怪しいものを集めるのが好きだったようだ。

俺は絵画の中の笑っている男を見直した後、溜め息を吐いた。

いかにも、見る人を怖がらせようとして書いたもののように思えたからだ。

絵画の中で、男の周囲だけ露骨に浮いている。

「そろそろラルクさんの仕事の方も終わりそうだし、領地の今後について少し相談して来るよ」

俺は燃えている街の絵画から離れ、ラルクの方へと近づいた。

ただその途中で悪寒を覚え、俺は振り返った。

燃える街の中央にいる男に、なんとなく見覚えがあるような気がした。

ただ深くは気に留めず、すぐに再び身を翻した。