軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二話 ファージ領の改革②

ラルクの館の地下階段をメアに手を引かれながら降り、美術品倉庫とやらに辿り着いた。

今は解放されたままであったが、侵入者を防ぐためか入り口の扉は厚かった。

壁や地面には、美術品の劣化を防ぐための魔法陣が描かれており、魔法陣の動力源である魔石が置かれていた。

かなり本格的な倉庫である。

さぞ金を掛けて作ったことだろう。

棚がいくつも置いており、その上には袋の被せられた骨董品らしきものが並んでいた。

壁には、所狭しと絵画が掛けられている。

棚の上には古い魔術書らしき本もあった。

俺としてはあれが一番気になる。

整理している使用人達に混じり、ラルクと見慣れない老人が話をしていた。

ラルクの様子からして、完全にとまではいかないものの、マリアスショックからは概ね立ち上がったようである。

仕事も多いので、悲観している猶予がないだけかもしれないが。

老人はレンズの分厚い眼鏡を掛けており、鼻が赤く腰が大きく曲がっている。

「……ふぅむ、前にも言いましたが、ワシには本当に簡単な鑑定しかできませんぞ。買い集めたラルク様の祖父様の方が、よほどお詳しかったと思いますな」

「そうは言っても残念ながら、私はあまり祖父とは話をしなかったからね。ヨウゼフは大体の目星をつけてくれるだけでいい、いくつか選んで、また街の方の学者に鑑定してもらおう」

なるほど、あのヨウゼフという老人は鑑定役に呼ばれたのか。

ラルクは俺とメアに気が付くと、すぐに寄ってきた。

「おお、アベル君、来たかい。気に入ったのがあったら持っていってくれて構わないよ」

「……いえ、それはさすがに」

さらっととんでもないことを言ってくれる。

貴族が趣味で集めている美術品って、かなり値の張るものなんじゃなかろうか。

そんな気軽にぽんぽん人にあげていいものではないと思うのだが。

「そんな遠慮をしなくてもいい。私の命の恩人……と言うよりも、ファージ領全体の英雄なんだから」

そう言われればそうなのだろうか。

結構感情の赴くままにやりたいことを好き勝手やっていただけだから全然自覚がないし、むしろ変に感謝されるとバツが悪いというかムズ痒い思いなのだが。

「じゃああの辺りの魔術書、ちょっと見てみていいですか?」

ラルクと今後の領地について話がしたかったが、まだヨウゼフとの話し合いが残っていそうな雰囲気だ。

どうせ今日の錬金術師団の教育は午前の部で終了になってしまったし、急ぐことはない。

先にゆっくりと色々見させてもらおう。

「ん? ああ、構わないよ。しかし、あれは別に値打ちものではないと思う。一度何冊かイカロスに見せたことがあるのだが、鼻で笑って返されてしまってね」

それ……単に読めなかったんじゃ……。

古い魔術書なら、時代の癖や定石が端折られているということは珍しくない。

ましてや弟子に向けて書かれたような我流アレイ文字だったら、俺でも解読にはかなり時間が掛かる。

俺は魔術書を一冊手に取った。

表紙には『アノルガ式魔法陣術式綱要Ⅰ』と、やや古い字体で書かれている。

ページをパラパラと捲る。

「どうです? 価値ありそうですか?」

メアが横から魔術書の内容を見ようとする。

メアが見やすいよう、空いた棚の上に広げることにした。

「アレイ文字の癖からして、百年ほど前のものだな。魔法陣の型も、あの時代に流行ったものみたいだ。俺なら本文で説明しているよりも、効率的に術式を組める自信がある」

「……なんで競っちゃうことが前提なんですか」

「気になる部分はあるけど、メモするほどでもなさそうだな」

俺はぱたんと本を閉じ、元の棚へと戻す。

「……アベルの基準で査定されても、なんか全然当てにならない気がしてきました」

「そう? 結構この分野なら自信あったんだけど……」

「古い書物漁るより、アベルが魔術書書いて売った方が早そうですね……」

俺は続いて、気になった本を二冊ほど棚から取り出した。

タイトルは『ゴーレム製造応用』と『人工小精霊』である。

俺はゴーレムを作ったことはなかったし、実践的な注意事項が詳しめに書かれているから役に立ちそうだ。

ゴーレムは少々値が張るから手が出せなかったが、ラルクに頼んだらきっと出資してくれるだろう。

『人工小精霊』はこれまた凄い。

術式保護が施されてはいるものの、かなり古い本だからか所々に劣化が見られる。

おまけに字体も今とは大きく異なるから、解読にはかなり時間が掛かりそうだ。

だが、手間暇を掛けて解読するだけの価値はある。

精霊の製造なんて、ディンラート王国内ではタブー中のタブーだから話にもほとんど聞いたことがなかった。

「ラルクさんの祖父さんは趣味が良かったんだな」

「……それ、大丈夫な本なんですか? メア、ちょっと嫌な予感がするんですけど」

「ラルクさん、これしばらく貸してもらえませんか? こっちの方は、下手に売りに出したらとんでもないことになるんで、簡単には捌けないと思いますし」

「やっぱり駄目な奴じゃないですか!」

ラルクはやや困惑した顔をしていたが、持ち出しの許可を出してくれた。

メアが心配そうにそわそわしていた。

その後もあれやこれやと魔術書を漁っていた。

最初はさして興味はなかったのだが、あんな面白そうな本が転がっているとは思わなかった。

探せば他にも何か出てくるかもしれない。

「あ、あっちに凄そうなのがありますよ!」

メアが倉庫のやや奥を指で示す。

使用人達が整理している棚に、背表紙で人を殴れば殺せそうなほど馬鹿デカい本があった。

「難関……? 高い? 上? 魔物の解説書かな?」

表紙が見えたのだが、古すぎてなんと書かれているのかいまいちわからない。

五百年以上前のものじゃなかろうか。

保護術式があるのだろうが、よくもまだ本としての形を失っていないものだ。

特殊な紙に書かれたものなのだろう。

じっと文字を目で睨んでいると、ふと頭の中で文字列が噛み合った。

「『高位精霊図譜』!?」

要するに、古い悪魔の解説書である。

悪魔は危険度が高い上に頭が切れることが多く、悠長に観察を行う余裕はほとんどない。

おまけに死ねば身体を維持する力を失い、無数の精霊となって分散してしまうため、保護しなければ死体も残らない。

そのため、悪魔に関する書物は、噂や伝承レベルのものや討伐記録を簡単に纏めただけのものであるケースが多い。

だが、あの厚みならば、かなり詳しく書かれているはずだ。

凄く興味がある。出鱈目でなければ、かなり価値のあるものだと見ていいだろう。

「ちょっ、ちょっとそれ見せてください!」

俺は思わず駆け寄り、途中で我に返って速度を緩めた。

ここで走って高価な美術品を倒しでもすれば、大変なことになる。

「すいません、こちらは今整理中なので……」

「すまない、通してあげてくれ」

使用人から引き留められかけたが、ラルクが融通を利かせてくれた。

震える手を押さえ、棚の上に倒されていた本の表紙をそっと開く。

意味の分からない図形、異形の化け物のような挿絵、そして細かすぎるぱっと見れば出鱈目にしか思えない不可解な文字列。

間違いない……とは言い切れないが、ただの悪戯ならば、ここまで強固な保護術式が組まれているはずがない。

「ラ、ラルクさん……これ、これ……いただけませんか!? お金ならどうにか、云十年掛けて返していけたらと……!」

俺はそう言いながら、咄嗟にラルクへ頭を下げた。

「え……あ、ああ、うん……構わないけど……と、とにかく頭を上げて……」

「ありがとうございます!」

俺ははしゃぎながら『高位精霊図譜』を棚から降ろして腕に抱え――

「あっ」

……そのまま本の重量に負けて、その場にひっくり返った。

反射的に本を守らねばと思い、腹の上に抱きかかえる。

地面に背を打ち付けた後、本の重力加速度が下腹部を抉った。

「ぐふっ!?」

思わぬ衝撃に意識が遠ざかる。

「アベルー! アベルー!」

メアが大慌てで駆け寄ってきた。