軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

とあるフィクサーの陰謀(sideペテロ)

ディンラート王国、王都エルクシアにある王城へと訪れる三人の影があった。

三人の内二人は、クゥドル教のマークである触手の刺繍が入った漆黒のローブに身を包み、目元まで隠れる不気味な被りものをしていた。

クゥドルの触手が絡みついている様を模して作られた、大きな石の杖を二人共手にしている。

そしてその二人に先立つように歩くのは、色の白い長身の男である。

男にしては滑らかすぎる長い髪を垂らし、仮面で顔の上半分を覆っていた。

唇は鮮やかな真紅に塗られており、ぱっと見れば性別がわからない。

ただ身体付きはしなやかながらに間違いなく男のものであり、そこで男女の区別がついた。

城壁の門番であったケイルはその先頭の男に異様な雰囲気を感じてやや呆然としていたが、慌てて声を掛けた。

「も、申し訳ございません! あの、どちらの方で……」

男が足を止め、呆れたように溜め息を吐く。

両脇に立つ二人組が、大きな杖をゆっくりと門番へと向ける。

「馬鹿野郎っ!」

もう一人の門番、グランクがケイルへと怒鳴った。

ケイルは納得がいかなかったが、その剣幕ぶりを見てただものではないと判断して身を退いた。

ケイルはまだ衛兵になってからの経験が浅い。

長年城に仕えていたグランクが怒っているのならば、何か自分はまずいことをしてしまったのだと考えたのだ。

「失礼を致しました、申し訳ございませんペテロ様! この者は新入りでして……私の教育不足が原因です!」

ケイルはグランクの平身低頭ぶりを見て戸惑った。

ペテロと呼ばれた髪の長い男は、フンと鼻で笑う。

両脇の二人組が杖を引いたのを見計らい、ペテロは歩き始めた。

「どちらまで……あのっ、ご案内いたしましょうか?」

グランクが声を掛けるが、ペテロは足を止めることはなかった。

ただ苛立たしげに、「いらないわよ」とだけ言った。

ペテロが去ってから、ケイルがグランクへと尋ねた。

「あの……あのお方は、一体……? クゥドル教関連の要人なのですよね?」

しかし教会の要人とはいえ、外部の者が城壁を顔パスで通ることができるというのは、はっきり言って異常なことである。

それにそれほどの大物ならば、経験の浅いケイルでも知っていなければおかしい。

「……わからん」

「え?」

グランクの答えは、予想外のものだった。

グランクは辺りの様子を窺った後、声を潜めて続ける。

「ペテロという名前をしている……ということ以外、わからんのだ。しかし、こういった話はあまりしない方がいい。なぜか、ペテロ様の正体に関する話は、城ではタブーとなっている。王族は当然知っているはずなのだがな」

「……そ、そんな人物がいたとは。一体何をしに……」

「ペテロ様は、第一子アルフォンス王子を次期王に推していると聞く……恐らく、その様子見だろう。ダルドワーフの末裔がアルフォンス王子の護衛騎士に付いていたのにも、ペテロ様が関与していたそうだからな」

ダルドワーフの騎士ブライアンは、闘技場でガストンとの試合を終えた後に故郷へ帰ってしまったという。

そのことで第一子アルフォンス王子の人望を疑問視する声が上がったので、また支援するために何らかの手を打つつもりなのかもしれない、というのがグランクの考えだった。

「後は……国王様に、何らかの許可を求めに来たのではないか。求める、というよりは実際は脅しに近いだろうがな。国王様でも、ペテロ様を様付けで呼んでいたという噂だ」

「こ、国王様が!」

ケイルは思わず声を荒げてしまった。

グランクに睨まれ、慌てて口許を覆う。

「し、しかし……国王様が頭が上がらないとなると、この国の事実上のトップは……」

「ああ、ペテロ様だということになる」

「教会よりも王家の方が力関係は遥かに上なのでしょう!?」

「建前では、な。しかしペテロ様はクゥドル教の恰好をしているのは、単にフェイクであってもおかしくはない。実際のところは、何もわからん。とにかく、首を突っ込まん方がいいことには間違いないだろうがな」

ケイルは先ほど見た異様な雰囲気の男を思い出し、身震いした。

ディンラート王国は世界で一番平和で安定した国だと信じていたが、上があんな得体の知れない人物だとは思わなかった。

「こ、この国は本当に大丈夫なのでしょうか?」

「……話しすぎちまったな。この話は、ここまでだ。いいか、間違っても、城の外で洩らすんじゃないぞ」

「…………」

ケイルは納得できない気持ちのまま、小さく頷いた。

しばらくしてから、ペテロはまた二人の従者を連れて城壁の門へと戻ってきた。

ケイルはただグランクに合わせ、黙って頭を下げた。

城を出たペテロは、王都エルクシアの隣、オルクノアの街にあるオルクノア大監獄へと足を運んだ。

オルクノア大監獄は非行貴族や政治犯、高い身体能力を持つ危険な囚人などの収容を主な目的としている。

「……いったい、我が監獄へどのような御用ですかな、司教殿。私達はあまり暇ではないのですよ」

オルクノア大監獄のベイマン所長が、ペテロへと尋ねる。

ベイマン所長がペテロを司教と呼んだのは、大層な格好を見てその辺りの人物であろうと当たりを付けて呼んだまでである。

彼を知っていたわけではない。

ペテロは前を向いたまま、立たせておいたままの隣の従者へと手を翳す。

従者は膝をつき、ペテロの手へと丸められた一枚の紙を手渡した。

ペテロは紐を解き、紙を前に突き出す。

紙面の端には、現王の魔印鑑(魔力を込めて押す印鑑であり、印鑑の形状の他、魔力紋の鑑定での本人確認を行うことができる)が押されている。

「こ、これは……!」

「一人ね、ウチに返して欲しい子がいるのよ。御礼も言ってあげなくちゃあいけないから」

ぺろりと、毒々しいまでに鮮やかな真紅の舌を出す。

「いったい貴方……何者で……」

ペテロは席を立った。

「早く案内して頂戴。あまり露見してもイヤだから、ベイマン、アナタが来るの」

「は……はい……」

ベイマンもしどろもどろになりながら席を立った。

ペテロは特別面会室へと案内され、そこで指名した囚人と顔を合わせた。

呼ばれた囚人は、二十代後半の目つきの悪い、赤髪の男である。

手首には、魔力の行使を制限する力を持った特殊な金属で作られた枷が嵌められている。

男は名をマーグスという。

修道院を襲撃して悪魔の封印された杖を奪い、その力を以て幾つもの街で破壊工作を行った罪に問われていた。

「……誰だ、貴様は。なぜ吾輩を釈放しようとする」

マーグスはペテロへと言う。

従者の二人組が杖を構えるが、ペテロはそれを手で制する。

「少し下がっていなさい。所長、アナタもよ」

三人を追い出すと、ペテロは軽く腕を振った。

「 সমন(召喚) 」

ペテロが唱えると、ペテロの手に大杖が現れる。

その先端に取り付けられている水晶体の放つ禍々しい光に、マーグスは見覚えがあった。

「ゾ、ゾロモニアの杖!」

「この子ね、アナタが見つけてくれたお蔭で、ワタシの手許にまで流れてきたのよ。まったく……ゾロモニアを封印した魔術師は、国を信用していなかったのかしらね。王族も知らなかったなんて……ネェ?」

「なんだ貴様! いったい何者だ!」

「あらら……ワタシからクゥドル神の触手を盗んだ癖に、よく言うわね」

ペテロは手を前に出す。

その手には、クゥドル教の紋章に似た金属製のネックレスが掛かっていた。

犯罪組織、クゥドル教過激派魔術結社『アモール』のメンバーに配られていたものである。

マーグスは結社が祀っていたクゥドルの触手の封印体を盗み出すことを目的に『アモール』に在籍していたことがあった。

「貴様、『アモール』のボスか! なぜそんな奴が、こんな権限を持っている!」

『アモール』のボスは、部下にも姿を見せなかった。

部下達の間でもボスは実は複数人いるのだとか、意思を持った魔石なのだとか、好き勝手な憶測が飛ばされていたほどだ。

「あまり大きな声で言わないで頂戴、それはワタシの顔の一つ。安心しなさい、泳がせたのはわざとだし……ワタシはアナタに感謝しているんだから。今回会いに来たのは御礼が言いたかったのと……もう一つは、またワタシの部下になってほしかったからよ」

「部下?」

「人手が足りていないの。アナタ程度の魔術師でも、貴重な人材には違いないわ。あまり有名な人間を使える要件でもないから」

「……要するに、そこそこ腕が立って捨て駒にできる人間が欲しいということか」

ペテロは聞こえなかった振りをして続ける。

「実はゾロモニアちゃんのお蔭で、クゥドル神の眠っている場所がわかったのよ。アレをワタシの手中に収めることができれば、世界はワタシのものになるわ」

「ク、クゥドル神の、封印を解くというのか!?」

「ワタシ、こう見えても熱心な教徒だから、気に喰わないのよ。クゥドル神以外の他の神が創った国が、まだその辺りに転がってるの。リーヴァラス国も変なことを最近始めてるみたいだし、一度更地に戻してあげようと思ってね。で、協力するの? しないの?」

断れば殺されるというのは、マーグスにもわかっていた。

狂人の妄言に顔を青くしながらも、マーグスは頷くことしかできなかった。

「それじゃあ早速向かいましょうか。その前に……一応、ファージ領に直接寄って確認しておきたいことがあるのよ。部下に任せてもいいんだけど……どうせ場所も近いわ」