作品タイトル不明
四十二話 後日談
「危ないところへ行くんだったら、メアにも教えてほしかったです……」
メアがぷくっと頬を膨らませる。
「ご、ごめんごめん……まぁ、結果として大して危ないところでもなかったわけだし」
メアに伝えれば、またついてくると駄々を捏ね出しかねなかったので、リングスの元へと向かう際に、メアには何も言わなかったのだ。
俺としては、メアを危険な場へと連れて行きたくはなかった。
「別に拗ねてるわけじゃあないですけど……メアなんて、結局足手まといだってことはわかってますし、アベルの気持ちもわかりますもん……」
メアがしゅんと項垂れる。
手にはがっしりと、力強く弓が握られていた。
「や、やっぱりちょっと拗ねてるよな?」
「……そんなこと、ないです」
メアが弓術の訓練や、オーテム彫りに力を入れていることは知っている。
ファージ領に来て時間ができてからは特にそうである。
ユーリス相手に剣を教わっていたが、まったく上手く行っていないことも知っている。
きっとメアは、何かできることがほしいのだろう。
マリアス、リングスの捕縛に成功して、既に一日が経っていた。
人質に取られていた領民達もとっくに解放済みである。
彼女達には色々と聞き出さねばならないことがあるのだが、リングスは放心状態で何を言ってもまともに取り合わず、マリアスも幼児退行しており会話が成り立たない状態であった。
どうにも過度のストレスが原因のようだ。
敵に捕らえられた者が口を割らないよう、リーヴァラス国で心身に負荷を掛けて精神崩壊を引き起こす術式が施されていたのではないか、というのが俺の考えだ。
今までの陰湿なまでの計画性と、禁じられている魔術の乱用を見るに、それしか考えられない。
リーヴァラス国、残忍で恐ろしい敵である。
同じ魔術師である身として、この非人道的なやり口に嫌悪しか覚えない。
もっとも、精神干渉系統の術式の痕跡がないのが奇妙な点ではあるが……。
この二人組の処置に関しては、ファージ領では持て余すため、王都の方に連絡を入れ、護送するということになった。
下手したらディンラート王国とリーヴァラス国の争いへと発展しかねない問題である。
こっちで勝手なことはできない。偉い人に判断を仰いだ方がいい。
俺はメアを連れ、ファージ領内の鍛冶屋へと向かった。
鍛冶屋では主人に加え、リノアの姿がある。
リノアはノワール族という民族の出であり、力が強く、民族間で受け継いできた鉱石の加工技術を持っている。
普段はその知識や技術を錬金術に用いているそうだが、俺の我が儘でリノアに魔法具の製作を依頼していたのだ。
「進捗の程はどうですか?」
俺が声を掛けると、リノアは無表情を保ちながらも、やや眉を顰めた。
「ん……設計図通りに実際に作ろうとしたところいくつか問題点が上がったので、この辺りをどう対処するのか……。あと、確認しておきたいこともでてきたので、こっちに纏めてある」
リノアはそう言って鍛冶屋の奥へと入り、紙の束を手に戻ってきた。
俺は一枚一枚確認しながら、指示を出し直していく。
「この部分は……じゃあ、ここはそんなに精度なくてもいいかな。こっちは……う~ん……あんまり魔鉱石加工の踏み込んだ知識がないから、細かいやり方についてはリノアさんに任せときたいと思ってたんだけど……」
「わーりました。団長、細かいところ気にしそうだったから念のため……」
「ああ、やっぱり熱魔研磨法だけは避けて……後、この部分の許容誤差についてもまたこっちで考え直してみるから、今は別の方からお願い」
「…………」
リノアがまた眉を顰めたが、気付かない振りをしておいた。
俺だって結構領地改善に貢献したし、これくらいの我が儘は許される……よな?
因みに、今俺がリノアに製作委託しているものは剣である。
弓を筆頭に武器は苦手な性分ではあるが、今回精霊獣の襲撃に遭い、詠唱なしで咄嗟に自分の身を守れる自衛手段を持っておいた方がいいと考えたのだ。
先日の魔像の悪魔ラピデスタトアを、ゼシュム遺跡から拾って来た重要部分の鉱石を材料に作った金属塊に憑依、定着させたものを素材として使ってもらう予定である。
錬金術は得意だが、力を要する加工となると俺が手を出せる分野ではない。
オーテムに代用してもらうという手もあるが、オーテムで職人級の精度を再現するのは難しい。
世界樹の枝が沢山あれば、そういったオーテムを彫ることもできそうなのだが……トライアンドエラーを繰り返すことを思えば、お金がいくらあっても足りない。
いつか余裕ができたら、世界樹を伐採しに行きたいものだ。
「じゃあお願いしますね! リノアさんはリノアさんで色々忙しいのはわかってるんですけど、他に頼れる人もいないんで……」
鍛冶屋の主人も、けったいな魔金属は扱いたくないらしく、頼んでも断られてしまったのだ。
その点錬金術師団副団長でもあるリノアならば、そういった方面の知識もある。
まさに適材適所である。
「……期待されても……うーん、全力は出すけど……また気になる部分出てきたら……」
「じゃあ、完成するまで自分もこっちにいた方がいいですか?」
「団長の手を止めると領地の改善が鈍るし、山ほど口出しされてあーしの気が滅入りそうだから嫌」
ドストレートに断られた。
これ以上居ても何だと考えて鍛冶屋を出ようとしたところ、メアが覚悟を決めたようにごくりと唾を呑み込み、リノアへと詰め寄った。
「な、何……?」
「メアに、鍛冶技術を教えてください! 絶対、御礼はしますから!」
「う、うーん……こーいうの、一日二日で身に付くものじゃない……えっと、それにあーし、教えるの苦手……」
……凄いやんわりと断った。
メアががっくりと肩を下げる。
進捗の確認が済んでからは鍛冶屋を後にし、ラルクの許へと向かった。
色々と、今後について話し合わなければならないことがある。
生体魔術の件も、どこまで許可をくれるのか楽しみで仕方がない。
魔導携帯電話(マギフォン) の作製にも莫大な費用を要するので、資金援助をお願いしたい。
当然領地問題についてもまだまだ話し合わなければならない部分が多い。
部屋の前まで行ったところで、メアがぺったりと扉に耳をくっ付ける。
「……何やってるんだ?」
「いや、あの人落ち込みようが半端じゃないので、一応確認に……」
昨日マリアスとリングスを連れ帰って事情を説明したときは、ラルクが顔を真っ青にして気を失った。
リノアが言うには、ラルクは領地が安定して他領地との交易が完全に復活したら、マリアスへ送る結婚指輪を調達しようとまで考えていたそうだ。
あまりに可哀相過ぎて、もう同情しかない。
八つ当たりで俺に悪印象を向けるのではないかと不安だったのだが……とりあえずは、そういったことはなさそうだ。
「……あの人が不幸続きなのはマリアスに仕組まれてたからなんだなって納得してたけど、最後の最後までラルクの脛蹴飛ばして退場していったな」
領主の悪評を撒いていたのも、イカロスだけではなくマリアスも噛んでいたはずだ。
ラルクを篭絡するために、裏で工作をして攻撃していたに違いない。
皮肉にも最後の一撃は狙ってやったわけではないだろうが、結果として一番威力があったことだろう。
メアがやや頬を赤らめて、扉から耳を放した。
「ん? どうした?」
「……いい雰囲気そうだったので、もうちょっと後にしてあげません?」
その言葉を聞いて、だいたい察した。
恐らく、ユーリスだろう。彼女はよく、用事をこじつけては執務室へと向かっていた。
以前からマリアスは上っ面しかラルクを気にせず、いつも何か他のことを考えているようだったが、ユーリスは事あるごとにラルクを心配している素振りがあった。
俺は頷き、また領地改善の案でも練るために部屋へと戻ることにした。
これでラルクが、マリアスショックからちょっとは抜け出してくれるといいのだが。