軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

四十話 水神四大神官③

リングスが展開した二つの魔法陣は、大したものではない。

暗号化もそこまで複雑ではないし、おまけにタイミングを測ろうとしたからか、魔法陣を二つ同時に制御するのに不慣れだったからか、発動までに若干のラグがあった。

そのラグの隙を突き、魔法陣の軌道に関する術式を書き換えた。

「それ、撃たない方がいいぞ」

俺が忠告すると、リングスの顔に一瞬戸惑いが生じたものの、すぐに口端を捻じ曲げ、俺の言葉を笑い捨てた。

「わかりませんよ…… পানি(水よ) বর্শা হাত(槍を象れ) 」

リングスが叫ぶと同時に、俺の背後からリングスと同じ呪文を詠唱する声が聞こえて来た。

後ろを振り返り、人質であったはずのマリアスが立ち上がり、俺へと指先を向けているのを肉眼で確認した。

「だからわからないと言ったんですよ、アベル・ベレーク!」

リングスが俺を嘲笑する声が聞こえて来る。

マリアスの行使した魔術はすでに発動している。

槍を象った水が、凄まじい勢いで俺へと接近してくる。

だが、予め軌道を書き換えておいたリングスの放った水の槍が、俺の肩の上を通り抜けてマリアスの放った水の槍とかち合い、その軌道を逸らした。

俺を囲むようにして四本の水の槍が地面に刺さり、形状を維持する魔力が切れて爆ぜ、ただの水へと戻った。

「なっ……! そ、そんな……」

リングスが動揺し、その場から二歩後退った。

「ちっ、違います! わわ、私は真っ直ぐ……そこのガキが!」

リングスが慌ただしく弁解の言葉を口にする。

自分がわざと遮ったのではないと、マリアスに説明したいらしい。

「だから撃たない方がいいって言っただろ?」

リングスの方を軽く振り返る。

リングスは歯を食いしばって俺を睨んでいた。

今のでわかったが、リングスは凡中の凡だ。

魔術の腕ならば、イカロスよりもワンランク劣るだろう。

さして警戒する必要はなさそうだ。

俺は改めて、マリアスの方へと向き直す。

藍色髪の少女は、館にいるときの使用人用エプロンのまま、表情を殺した冷酷な目で俺を睨んでいた。

「改めて聞くけど、不意打ちしたいだけだったってことはないよな?」

「なるほど、呼び出した以上罠があるはずだと考えて、そっちの木偶人形に周囲を観察させていたんですね」

マリアスの言う通り、オーテムに周囲を観察させておいたのだ。

しかし、それだけではない。

「最初からお前を重点的に見張ってたんだよ」

俺が言うと、マリアスの瞼がわずかに反応する。

小さな動きだったので判別しづらいが、恐らく動揺したのだろう。

領主の近くに潜みながらも、今までボロを出さなかっただけはある。

割かし感情的だったリングスとは大違いである。

マリアスが魔術を行使する前行動を見切ることができたとしても、それだけではリングスの魔術の軌道を完全に合わせ、迎え撃つことはできない。

マリアスの魔術の方が速度があったため、普通にぶつけては軌道を逸らすことはできなかっただろう。

俺はリングスの魔術を跳ね上げるように操り、マリアスの魔術をピンポイントで崩したのだ。

マリアスの魔法陣を読み取っておかなければ、これは不可能である。

それができたのは、マリアス個人を、アシュラ5000に警戒させておいたからである。

アシュラ5000はイーベルバウンの思念波を扱うことができる。

マリアスが魔法陣を使ったのを確認したアシュラ5000に、マリアスの魔法陣の術式を思念波で俺に伝えさせ、魔法陣の暗号化を解いて軌道を読み取り、リングスの魔術にぶつけさせたのだ。

「……いつから、私を疑っていたんですか?」

「今から思えば怪しいのは最初からだったけど、致命的なのはハーメルン騒動のときだな」

マリアスも自覚はあったのか、やや不機嫌そうに目を細めた。

ハーメルン騒動時のポイントは二つある。

一つ目は私兵団の集合場所にハーメルンが魔獣を潜ませて待ち受けていたこと。

二つ目は、私兵団の集合場所が、襲撃にあまりにも適しすぎる場所であったことだ。

以上より、俺は私兵団の集合場所を提案した人物が怪しいと判断し、ラルクを問い詰めたことがある。

そのときラルクは、自分で決めたような気がすると、そう言っていた。

他の人にも探りを入れ、確かに領主様の提案だったという確認を得ている。

だが、ラルクがこの領地をわざと潰そうとしていたというのは少し考えづらい。

しかしマリアスならば、ラルクに会議の前日にそれとなくアドバイスし、考えを誘導できる立場にいる。

事実、領主であるラルクが一新入りの使用人に過ぎないマリアスに判断を委ねている光景を、俺は初対面のときに目にしたことがあった。

それは些細な判断であったのだが、いささか異様な光景だった。

マリアスが内側から領主を篭絡する役割であることを前提に考えれば、マリアスの行動は怪しいものばかりになる。

マリアスが度々領主の館から離れることを、ラルクは『ナルガルンに殺された父親の墓参りのためだ』と言っていた。

しかし本当にマリアスの父親がファージ領近くまで来ていた、などという保証はない。

適当な死体を父親にでっち上げていようが、俺にはもう確認できない。

もしも墓参りがラルクの目を誤魔化す嘘だとすれば、マリアスは自由に領地に工作を施す時間を持っていたことになる。

更に言えば、つい昨日、俺の提出した魔術の行使許可申請書の内容についてラルクが話し合っているのをたまたま耳にしたとき、ラルクはこう言っていた。

『……ユーリスがああ言って連れ出した以上、無碍にすれば信頼を大きく損ねることに繋がるだろう。何か、あの子の納得しそうな妥協点を……。その点については、むしろマリアスとリノアの方が詳しいだろうから、意見が欲しい』

魔術について相談する相手として、錬金術師団副団長であるリノアよりも先に、マリアスの名前を挙げていたのだ。

明らかに、ただの使用人ではない。

思えばラルクが俺の魔術の行使許可申請書に対する対応が固かったのは、マリアスが裏で相談に乗って、不審がられない範囲でラルクを誘導してたからだったのではないだろうか、とまで考えられる。

一つ一つなら単なる思い過ごしではないかとも考えられるが、ここまで揃っていればさすがに疑わざるをえない。

それでも俺が表面に疑惑を出さなかったのは、ラルクと敵対関係にならないためである。

疑う姿勢を見せれば、マリアスに篭絡されたラルクと敵対するリスクがあった。

ラルクを敵に回せば、俺は何の権限もない流れ者の魔術師である。

現状打破の足掛かりを失ってしまう。

だから俺はマリアスが完全なボロを出すか、諦めて領地から去るのを待っていたのだが……マリアスは、決定的なボロは何一つ出さなかった。

よくもあれだけやっておいて、領主の傍に何食わぬ顔でいられたものだ。

俺はファージ領がイカロスとリングスとラルクによる権威争いであると考えていたが、その実は違った。

リングスの上司であるマリアスがラルクとイカロスを利用し、リングスに権威を与えようとしていたのだろう。

実質、マリアスの一人劇場だったのだ。

しかしここまで綿密に動いていた割には、所々疑問も残る。

「あんなわざとらしい場所で、安易にハーメルンを嗾けたのが運の尽きだったな」

「……あの場で確実に仕留める自信があったからそうしたまでで、安易とまで言われると少し腹立たしいのですが」

マリアスは案外プライドは高かったらしく、食い気味に突っかかってきた。

「マリアス大神官様! 一旦隠れてください、私が時間を稼ぎますからその隙に……」

リングスが叫ぶ。

どうやらマリアスは、大神官と呼ばれているらしい。

マリアスは整った小さな鼻を軽く鳴らし、リングスへと手を向ける。

「リングス……アレは、貴方では囮にもなりません。貴方にここで死なれては、後の計画が少々遠回りになってしまいます。離れておきなさい」

「なっ……し、しかし……」

「後始末が少々面倒ですが、不意打ちで仕留められなかった以上、本気で行かせてもらいましょう。そのためにわざわざ、こんなところまで足を運んでいただいたのですから。またリーヴァイ様から少しお力をお貸りすることにしましょう」

マリアスの言葉を聞き、リングスがごくりと唾を呑む。

無言で頭を下げると、さっと後方に駆けて行った。

「さて……まさかファージ領でこのクラスの魔術師と戦うことになるとは、考慮に入れていませんでしたが……この段階でディンラート王国の最大級戦力を潰せると考えると、むしろ幸いだったのかもしれませんね。教皇様の采配には少々疑問でしたが……結果として、私が出向いた価値がありました」

「……高く評価してくれたのはいいけど、その上でもう勝ったつもりでいるんだな」

意外だった。

マーレン族の集落を出た頃は、外にはグレーターベアよりも強い敵がゴロゴロしているに違いないと信じていた。

それが今まで連戦連勝続き、ひょっとしたら自分に敵う相手はいないんじゃなかろうかと内心己惚れ、身勝手に一抹の寂寥感さえ覚えていたが、こうもはっきりと格上宣言されるときが来るとは思いもしなかった。

俺がここまで危ない事件に首を突っ込んでいたのは、自分ならばどうにかできる、自分ならば殺されるようなことはないだろうという、慢心があったのかもしれない。

「確かに今までは後手後手に回らされていましたが……それは、貴方という不確定要素を正確に把握できていなかったが故のこと。わかってしまえば、ただの大き目の障害物でしかありません」

久々に肌で感じる圧迫感、不安、そして仄かな期待に、俺は息を呑んだ。

「運が悪かったですね。こんな僻地に出向いてさえいなければ、さぞ高名な魔術師になれていたことでしょうに。もう少し魔力が低ければリーヴァイ様の教徒となっていただくという選択肢もありましたが……魔力の爆弾のような貴方を抱え込むのは、危険ですから」

マリアスが俺に手を向ける。

手の平に、紋章が浮かび上がる。

リーヴァラス国に度々用いられる、リーヴァイの槍を簡略化したらしいものが二本、紋章に組み込まれている。

「 লেবিতা(リーヴァイ様、) , সাহ(お力を) গ্রহণ(お借り) মাউস(いたします) 」

マリアスの魔力が膨れ上がっていくのを感じる。

まさかあれが、水神リーヴァイの召喚紋なのか?

続けてマリアスの身体に大量の召喚紋が浮かび上がり、肌を埋め尽くしていく。

五、六体分、なんてものじゃあない。

軽く二十はあるようだ。

「 সমন(召喚) 」

マリアスが叫ぶ。

マリアスの周囲が光り、その光に紛れるように、無数の悪魔の影が現れた。

「……水神の魔力で、精霊獣や悪魔を手なずけていたのか」

だとしたら、危険度が高く捕らえるのも難しいハーメルンや、大量の精霊獣を従属させていたのも納得がいく。