軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三十六話 連弾のイカロス④

イカロスの放った炎の魔弾が、俺を目掛けて飛んでくる。

さすがに不意打ちで仕留める気はなかったらしく、スピードも威力もさしてない。

正直これを受けてリタイアするのも手ではあるが、約束は約束であるし、一応できる限り本気で戦おう。

片手で頭を押さえて指で小突き、俺は必死に薬の副作用で纏まらない精神を集中させる。

「 শিখা(炎よ) এই হাত(球を象れ) 」

杖先に炎が灯るが、魔力配合が上手く行かない。

どうしても過多になった魔力が炎を溢れさせ、形を崩してしまう。

「ちっ!」

俺は魔法陣を上書きして縮小させながら手許で暴発させ、その衝撃で後ろに跳ぶ。

地に腰を打ち付けることにはなったが、イカロスの魔弾を避けることはできた。

「びょ、病人相手に、いくらなんでも卑怯だぞ!」

「こんなの決闘でもなんでもないじゃないか! 俺達がこれで納得すると思ってるのか!」

観衆達から不満の声が漏れ始め、それはどんどん広がっていく。

俺としては後の言い訳になるので問題ないが、今まで徹底して領民達の支持を集めていたイカロスにしては、確かに今回はおかしな言動が目立つ。

病人相手に戦った上に、不意打ちを飛ばせば不満が募るだけだろう。

そういえば、イカロス自身は最初は俺の様子を見て戦うことに乗り気ではなさそうだったはずだ。

リングスが声を掛けてから、決闘の続行を決めたようだったが……まさか、激昂して冷静さを欠いている、フリか?

そんなことをするメリットは一つしかない。

俺に必要以上のダメージを与えて再起不能にし、その後の自分への追求から言い逃れするための布石。

イカロスが自分の失墜は俺がいる以上免れられないと考えたなら、そういった手に出てきてもおかしくない。

実際さっきラルクの館にいたとき、俺は一度、何かの襲撃に遭った。

あれに、どういった形にせよイカロスが噛んでいることは間違いないだろう。

あんな白々しいタイミングで俺を襲って、後でどう言い逃れするつもりだったのかは知らないが。

「無様だな。速攻で終わらせてくれるわ」

イカロスの左右に、二つの魔法陣が現れる。

「 শিখা(炎よ) বরফ(氷よ) এই হাত(球を象れ) 」

横薙ぎに大杖を振るうと、二つの魔法陣から炎と氷の魔弾が同時に射出される。

そのままイカロスは杖を構え直しながら、魔弾の後を追うようにして俺へと接近して来る。

「イ、イカロス様っ! そこまで本気を出さなくとも……」

イカロスの部下の一人が声を上げる。

仕方ない、魔力配合が上手く行かないが、勢いで誤魔化そう。

いつまでも手許で暴発させているわけにもいかない。

細かい調節ができないのなら、おおざっぱ常套で行こう。

「 শিখা(炎よ) এই হাত(球を象れ) 」

俺の杖先に現れた炎が球体を象る。

機微の制御が甘いせいかすぐに分散しそうになるが、魔法陣を重ね掛けして魔力を継ぎ足して補った。

またバランスが崩れたので、更にもう一回り大きくしてみる。雪だるま式である。

最終的にソフトボール程度の大きさだった炎の球が、俺の身長に近い大きさの直径を持つ魔弾となった。

「なっ!?」

イカロスが声を上げながら足を止め、横へと大きく跳んだ。

魔弾は無理矢理大きくしたので破裂寸前だったが、推進力に使う魔力量を増やし、無理矢理そのままぶっ飛ばした。

「行ってこい!」

杖を振り切ると、巨大な魔弾は地面を削り飛ばしながらイカロスへと接近していく。

俺の放った魔弾は、イカロスの二つの魔弾を悠々と呑み込んだ。

そのままイカロスが走っていた部分を削り飛ばして地面に埋もれて静止し、爆音を上げて破裂した。

宙に飛んだイカロスがその余波を受けて横っ腹を地面に打ち付け、土だらけになりながら十回転ほど側転した。

ブーイングの嵐だった観衆が、しんと静まった。

「うげっ、げほっ! ごほっ! げほっ!」

静まった広間に、イカロスの咳き込む音だけが響いた。

腹を打ち付けたときに身体の内部を痛めたらしいイカロスが、咳き込みながら膝をつき、身体を起き上がらせる。

「……ああ、割とどうにかなりそうだな」

「イカロス様ァッ!!」

俺が呟くのと同時に、イカロスの部下が悲鳴に近い叫び声を上げた。

イカロスが部下の集まっている方へと目を向ける。

「あ、あれは無理です! やっぱり無理です! 降参しましょう!」

「これ以上やったら殺されます!」

イカロスの部下達が、顔を真っ青にして首を振る。

イカロスはやや呆けた顔で部下達の顔を確認してから、振り返って俺の魔弾が地面を掘り進んだ軌道と、破裂して地面を抉った跡を見て、目を剥いた。

その後、肩を震わせて「フフ、フフフ……」と笑った。

大人しく出て行ってくれそうだ。

警戒していたほどの魔術師ではなかったな。

俺はほっとして杖を降ろそうとしたとき、イカロスが何かを呟くのが耳に入った。

「……今日で、よかった。平常ならば、確かに勝ち目はなかったかもしれん」

イカロスは起き上がって態勢を整える。

顔中に脂汗を浮かべながらも、口端を吊り上げて不気味な笑みを浮かべていた。

まだやるつもりらしい。

俺は下げ掛けた杖を構え直す。

「大した威力だ。いや、恐れ入ったわ。確かに魔力量で言えば、俺より数段は上かもしれんな」

イカロスは笑みを崩さず続けてはいる。

しかし、余裕があるから笑っているわけではないだろう。

イカロスの顔から溢れた脂汗が頬を伝い、顎に流れて地面へと落ちていった。

「一流の魔術師ならば……実戦においても、三つの魔法陣を並行して展開できるという」

イカロスが杖を掲げると、周囲に四つの魔法陣が現れる。

「だが俺はっ! 魔弾に限れば同時に四つ撃ち出すことができる!」

杖を振り下ろしながら、イカロスが叫ぶ。

「 শিখা(炎よ) এই হাত(球を象れ) 」

四つの魔法陣から飛んだ炎の球体が、各々の方向から半円を描くように俺へと飛んでくる。

……一球で撃ち落とされないよう、散らしたつもりなのだろうか?

「更に……もう一発だ!」

イカロスが前に跳びながら、再度杖を振った。

五発目の炎の魔弾が、直進しながら俺へと向かってくる。

速度も威力も、イカロスが放った魔弾の中では最高だろう。

「さ、さすがイカロス様! 四つを同時展開した直後に、追加の一発を撃ち込むとは! これだけ撃ち込めば、一発くらいは防ぎきれずに……」

イカロスの部下の一人が声を上げる。

俺は杖を構え、周囲に十の魔法陣を展開した。

「……え?」

体調が万全でオーテムを使っていいのならば、同時に二十六発を撃ち込める自信がある。

今も制御を緩めれば三倍は撃てるが、そんなに出す意味もないし、万が一暴発したら目も当てられない。

十で充分だろう。

「 শিখা(炎よ) এই হাত(球を象れ) 」

今回は細かいコントロールを捨て、最初からすべて大きめの魔弾を生成し、一斉に射出した。

十の魔弾は、イカロスの魔弾を呑み込みながら軌道を曲げてイカロスへと接近していく。

「お、お、おお!?」

イカロスは目を見開いて狼狽しながら、後退る。

幼子が不安なときに親の腕へそうするように、ぎゅっと大杖を握り締める。

ちゃんと人間に近づくと地面にぶつかって自壊するようになっているので、余波を受けることはあっても命に別状はないだろう。

十の魔弾はイカロスを取り囲むようにして破裂した。

煙が晴れた頃には、イカロスが黒焦げでぐったりとしていた。

「……もう、いいですか?」

イカロスへと俺は声を掛ける。

イカロスは何が起こったのかわからないといったふうに唖然としていたが、俺の顔を見ると急に笑い出した。

「ふ、ふふふ、ふはははははははっ!」

「…………」

俺が言葉を失ってイカロスの様子を見ていると、イカロスは哄笑を止めて大杖を手で握り絞り締めて立ち上がった。

「な、なんでまだ……」

「貴様にはわからんわ! 俺はァッ! この地でようやく王になったのだ! こんなちっさいつまらん、ド田舎のゴミみたいな地でェッ! 縁もゆかりもない馬鹿共に必死に愛想を振り撒いてェッ! 二十年以上もの年月を掛けてェ! ようやく王になったのだ! 連弾のイカロスと恐れられた、この俺がだぁ! なぜかわかるかァ!」

イカロスは白目を剥き、声を張り上げる。

俺はその迫力に圧倒され、何も言えずに呆然と突っ立っていた。

他の領民達もそうだっただろう。

「貴様みたいな奴に! 貴様みたいな奴に邪魔されて台無しにならんように、わざわざこんな辺境で腰を据えたのだ! 俺はなァッ! もっと王都に近い領地を持ってる、大貴族に仕える機会だってあった! あったのだ! それを捨てて、こんなド田舎に仕えてやっていたのだ! 俺の人生を懸けてだぞ!」

半狂乱になって、拳で地面を叩く。

イカロスの皮膚が破れて傷ができ、土と血が混じって肉に入り込む。

「二十から四十までの間……ずぅぅぅぅっとこのクソつまらん地で過ごしてきたんだぞ! なのに、ようやく、ようやく名実共にこの地の王になれる機会が来たのに、貴様のような奴が来るからァッ! 貴様みたいなのが来ないように、わざわざこんな辺境地を選んだのに! 今更追放されて、俺にどうしろと言うのだ! 俺の人生をどうしてくれる! 今まで、どれだけここに貢献してやったと思っている! 俺を誰だと思っている! 連弾のイカロス様だぞ! 本来ならなァ、こんな地で燻ってるような魔術師じゃないんだぞ! 俺がいなきゃこんな領地……もっと駄目だったに決まってるのに……! 返せよ……俺が王だぞ! 俺が王だったんだぞ……」

イカロスは、泣き喚きながら地面に突っ伏した。

広場全体が気まずい沈黙に包まれた。

俺が杖を下げて後退りした瞬間、イカロスの目がギラリと光った。

イカロスはがばっと勢いよく上体を起こし、杖先を俺の周辺の地面へと向けた。

「 বায়ু(土よ) সাপ হাত(毒蛇と化せ) 」

土が変形して蛇を象る。

あくまでも土で蛇を作っただけといった外見で身体は土色だが、牙の部分だけ紫に怪しく光っている。

「げっ!」

今の身体の状態でも、この距離で行使された魔術ならば発動前に打ち消せたのだが、咄嗟だったので『魔弾以外使ってはならない』というルールが頭を掠めて、判断が遅れてしまった。

こうなってしまえば、今の制御の不安定な魔術で、あの小さな動き回る蛇を射抜くしかない。

「フハハハハッ! これで、これで死ね! この地は俺のものだぞォッ!」

「 বায়ু(風よ) তীর হাত(矢を象れ) 」

俺の杖から出た光が風と混じり、一筋の白い矢となって真っ直ぐに放たれた。

風の矢は、蛇が鎌首を擡げたその顎下を的確に貫いた。

……延長線上にいた、狂笑していたイカロスの腹部ごと。

「あ」

その短い一言は、誰が発したものだったのかはわからない。

俺も気が動転していた。

ひょっとしたら俺自身のものだったかもしれないし、イカロスのものだったかもしれないし、観衆の誰かの声だったのかもしれない。

とにかく、その一声と共に、決闘に終止符が打たれた。

俺とイカロスの権力争いが終わった瞬間でもあった。