軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

連弾の魔術師(sideイカロス)

アベルによってオーテム瓜の発表の行われた後の、真夜中のことである。

「うう……うおおおお……」

薄暗い倉庫の中で、初老の男が一人、力なく呻いていた。

錬金術師団の元団長、イカロス・イーザイダである。

数年掛けて研究していた作物の開発を、横から現れたアベルに一瞬して搔っ攫われて立場を失った彼は、今やファージ領追放の危機にあった。

錬金術を用いた都合のいい作物の開発など、できるはずもないと思っていた。

だから領民達には適当な希望だけチラつかせ、自分のやりたいようにやっていた。

それは確かに事実である。

だが、それが事実であるとしても、アベルが記入した報告書の訂正は、あまりにあんまりな評価であった。

確かに誤魔化して書いていた部分も多々あるのだが、そもそもアベルが書き手へ求める水準が高過ぎるのである。

ここまで徹底して、神経質に馬鹿にされる覚えはない。

もはや病的なレベルである。

「なぜだ、なぜ俺がこんな目に遭わねばならん! 俺が……この、大魔術師イカロス様が! 俺は英雄だったのだぞ! 魔獣災害(モンスターパニック) からこの地を救ったことだってある! だというのに……この、恩知らず共がぁっ!」

叫びながら、倉庫の壁を蹴った。

今、イカロスが魔術を使うことはできない。

魔封じの足枷に加え、アベルの用意した精霊散らしのオーテムが倉庫には敷き詰められていたのである。

その徹底ぶりもイカロスの神経を逆なでし続けていた。

オーテムのどこか腑抜けた顔が、四方からずっとイカロスを睨んでいるのである。

イカロスは若い頃、王都で有名な冒険者であった。

イカロスはあるとき、とある大貴族が腕の立つ魔術師を一人募集しているという話を聞きつけた。

そろそろ腰を落ち着けてもいいかと考えたイカロスは、大貴族の許へと自分を売り込みに向かった。

当時イカロスは周囲から持て囃されており、すっかり図に乗っていた。

しかしそのとき集まった四人の魔術師の中で、イカロスは最も低い評価をもらうこととなった。

野良の冒険者としては一流であったし、元々目立ちたがりだったので名前は売れていたが、大貴族に仕える魔術師としてはトップクラスではなかったのだ。

おまけに他の魔術師は貴品ある貴族の生まれの者ばかりだったのに対し、イカロスだけが庶民生まれであり、挨拶から食事の作法に至っても、まったくの無知であった。

自信満々に乗り込んだイカロスは焦り、普段の実力を十全に出すことさえ適わなかった。

別枠で雇ってやってもいいとは言われたが、プライドの高いイカロスにそれは許容できなかった。

そのときにイカロスは決めたのだ。

ドラゴンの尾よりもフォーグの先に立とう、と。

イカロスが貧乏田舎領主であるラルクの先代に仕えたのには、そういった背景があった。

自ら狭い世界に飛び込んだ現実から目を逸らすために周囲を見下し続け、その結果増長し、果てには若い小僧に圧倒されて薄汚れた倉庫の中に閉じ込められていた。

リングスが現れたのは、そんなときであった。

「イカロスさんと、少々お話したいことがありまして……ええ、領主さんの印ならありますよ、ほら。急ぎのようなので、早く通してもらえませんか?」

倉庫の見張りを騙し、リングスはイカロスの許までやってきた。

リングスは周到な計画をイカロスへと話して聞かせ、あなたのような人がこんな目に合っていいはずがないと、おべっかまで口にしてイカロスを鼓舞した。

リングスの話が本当にすべて上手く行くのならば、確かにアベルを追い出すことができる。

アベルさえ追い出せば、領主と領民くらい説き伏せる自信があった。

今まで通りにとまではいわなくとも、ある程度までは自分の立場を回復させることができる。

「ただ難癖をつけたところで、言い争いを続けていればボロが出るのはこちらです。弁舌ではない、目で見える形での後押しが一手ほしい……つまりは、イカロスさんのお力を披露していただく必要があります」

リングスは、やや言い辛そうに言う。

イカロスはその様を見て、鼻で笑った。

「俺が勝てるかどうか、疑っているのだな」

「いえいえ、そのようなつもりは……ただ、保険を掛けたいと言いますか、知恵をお貸していただければ」

「この期に及んで、俺もあのガキを見くびりはせん。確かに、奴は化け物だ。底が知れん。だから、ヴェルナッセ式の決闘を持ち出す」

「ヴェルナッセ式……とは、なんでしょうか?」

「宣教師殿は知らんだろうな。魔法都市ヴェルナッセで用いられた決闘方法だ」

魔法都市ヴェルナッセでは、かつて魔術師同士による諍いが絶えなかった。

そのために安全性と平等性を考慮し、追及した決闘方法が生み出された。

細かい取り決めはいくつかあるが、一番重要なのは魔弾の魔術以外の行使を一切認めない点にある。

一流の魔術師同士が本気で争えば、本人達の命は疎か、周辺の地形が無事では済まない。

ヴェルナッセ式決闘が確立される前は、各々に「~はなしだ」、「~を~するのはなしだ」と制限を設けていたのだが、負けそうになったら取り決めの穴を突いたり、逆に過大解釈してごねたりと、余計な揉め事へと発展するケースが多かったのだ。

そのため、誰でも扱える上に周囲への被害がそれほどではない、魔弾の魔術に限定する取り決めが浸透していったのである。

イカロスは二つ名の通り、魔弾を操る魔術に絶対の自信を持っていた。

魔弾は上級魔獣を相手取るにはやや火力不足で、応用にも欠ける魔術であるが、対人の勝負ならば魔弾を一発当てればそこで終了である。

イカロスが対人戦闘に優れていると称される所以である。

しかしアベルの底知れなさに、イカロスの自信もやや揺らぎつつあった。

それならば、ルールで自分の土俵へと相手を引きずり下ろしてしまえばいい。

魔弾同士の戦いに限定してしまえば、絶対に自分が負けるはずがない。

魔弾とは一般に炎、水、風、光の魔素をベースに球体を作り出し、相手へと射出する魔術の総称である。

常から定形態である土を象った弾は魔法陣の型が大きく異なるため別に区分されることが多く、ヴェルナッセ式決闘においても認められないケースが多い。

魔弾は目標に狙いをつけて射出できるのが利点であるが、形を維持する制御が非常に難しく、一回り大きくするのに三乗の魔力が要されると言われている。

つまり、一定以上の実力がある者同士ならば、魔弾の威力は『如何にミスなく冷静に、素早く魔術の行使を行うことができるか』という部分にのみ依存する。

その点、イカロスは魔弾に限れば常に満点に近い精度で魔術を行使し続けられる自信があった。

その上で大事になってくるのは、魔弾を撃つタイミング、魔弾の種類、戦略といった駆け引きである。

戦略などの駆け引きにおいて、イカロスはアベルに後れを取るつもりはまったくなかった。

少なくとも、単純な魔術勝負よりは遥かに勝算が見込める。

「俺に復活の機会を与えてくれたこと、感謝するぞ宣教師殿よ」

「ええ、あなたとはこの先も、仲良くやっていけるはずだと信じています」

リングスがにこやかに言う。

イカロスも馬鹿ではない。

リングスの最終的な目標がどこにあるのかはわからなかったが、自分が担がれ、利用されていることはわかっていた。

領主側の情報をなぜここまで掴んでいるのかも謎だった。

だが、それでもリングスの誘いを断るわけにはいかなかった。

ここで退けば、自分はすべてお終いなのだ。

リングスがファージ領で何をしたいかなど、知ったことではない。

「お願いしますよ。ここでアレを落としてもらえないと、私としても後がありませんので……」

その後、すべてリングスが話してくれた通りにことは進み、アベルにヴェルナッセ式での決闘を行うことを了承させることにも成功した。

ヴェルナッセ式決闘の決まりに則り、精神統一という名目の許に休息を挟む。

これも魔術師の体調を整えて平等な決闘を行うという理由の他、魔術師の頭を冷やさせて余計な決闘を減らす意味合いが本来は含まれている。

決闘当日、イカロスは決闘の舞台である広場へと向かった。

アベルをここで叩き伏せる。

そしてその事実を基に自らの地位を和らげて回復に向かわせ、あわよくばそのままアベルをファージ領から叩き出す。

なんなら決闘でそのまま殺してしまってもいい。

非難はされるだろうが、何をしでかすかわからないアレを残すよりも遥かに理のある手段であった。

広場には、すでに騒ぎを聞きつけた人だかりができていた。

まるで何かのパーティーでも始まるかのような賑やかさだったが、それにしては皆一様に表情が暗く、ぼそぼそと低い声で小さく話し合っている。

これから領地がどうなるのか、憂いているのだろう。

イカロスはその中心に立ち、アベルが来るのを待つ。

人混みの中に、アベルの姿はまだなかった。

領主であるラルクは既に来ていたが、予定時刻まではまだ少し時間がある。

まだ来ていなくてもおかしくはない。

しかし、イカロスには、ラルクがどこか焦っているように見えた。

顔を青くしながら、ちらちらとたびたび領主の館の方面を窺っている。

イカロスは妙に思ったが、このときはまだそこまで気には留めていなかった。

それからしばし時間が経った。

まだ現れなかった。

ラルクは、青い顔で報告に来たユーリスから何か話を聞き、頭を抱えていた。

イカロスは、自分の目論見に気が付いたアベルが逃げたのだろうと考えた。

決定打を打ち込めなくはなってしまったが、これはこれで得たものが大きい。

アベルは後々この決闘方法がイカロスにとって有利であったと主張するつもりだろうが、アベルは一度すでにヴェルナッセ式で決闘を行うことを了承している。

領民への不信感を煽るのに十分な材料となる。

それにこれから先も、リングスからの支援はあるはずだ。

それから少し時間が経ち、ラルクは傍にいた使用人の少女、マリアスに何かを命じる。

マリアスはラルクから命令を受けた後に慌ただしく、領主の館の方へと駆けて行った。

ラルクは気まずそうにイカロスの近くまで歩いてきて領民達に向かい、咳払いを一つ挟んでから口を開いた。

「アベル殿は……その、風邪を引いたそうだ。体調が優れないようなので、やっぱり一日延期に……」

ざわついていた広場が、一瞬にしてシンと静まり返った。

イカロスも、何がなんだかわからなかった。

リングスが何かを仕掛けたのかと思って目配せしたが、リングスもぽかんと口を開けたまま眉間に皺を寄せていた。

リングスもまた、困惑の目をイカロスへと投げ返してくる。

イカロスが何かしたのではないかと考えているようだった。

男二人でしばし見つめ合っていたが、あまり周囲に勘繰られてもよろしくないと考え、さっと目線を離した。

「…………仮病か?」

イカロスが訝しげに呟いたのとほとんど同時に、領民達によるブーイングの嵐が巻き起こった。

イカロスの側近の部下の魔術師達も、今が好機とばかりにあることないことを口汚く罵り、領民達を焚きつける。

ヴェルナッセ式決闘は、アベルの病欠により中断の危機を迎えていた。