軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

十一歳②

自室に引き籠ってから五日が経った。

予定を二日ほどオーバーしてしまったが、なんとか作ろうとしていた魔術の基礎が完成した。

寝不足で頭がガンガンしていたのだが、達成感から来る興奮によって一気にすべて吹き飛んだ。

ただ興奮のおかげか疲労感や苦痛は感じなかったのだが、急にがくんと身体全身から力が抜け、その場にへたり込んでしまった。

おかしい、足が動かない。立てない。

寝不足と魔力の使い過ぎ、栄養の偏りが原因か。

俺は床に落ちていた小杖を拾い、部屋の隅にあるオーテムへと向ける。

「 ……পুতুল(……人形よ) দখল(踊れ) 」

呪文に反応してオーテムが動き、身体を引き摺りながら俺の傍にまで寄ってくる。

俺は杖から手を離し、オーテムの上部を押さえつけて立ち上がる。

それから机の上にある小瓶へと手を伸ばした。

中に入っているのは自家製元気ドリンクである。

最近アベルポーションと命名した。

俺は小瓶を掴んでからまた床に這いつくばり、歯で噛んで雑に蓋を取っ払った。

一気に中身を飲み干すと、身体に力が戻ってきた。

まだ、まだ俺は動ける。

アベルポーションの力でなんとか立ち上がる。

足と手の震えが止まらないが、これくらいならばちょっと根を詰めればよくあることだ。

ぐっと肘や膝を五分ほど強めに握り絞めていると、とりあえずは震えが治まった。

とりあえず、今は身体のことよりも魔術の完成を祝うことにしよう。

とはいっても、今回完成したのは基礎の基礎である。

ここから実験を繰り返しての細かい調整、情報の付加、応用、短縮などなど課題は尽きない。

だが、これ以上引き籠るのは危険だ。

外で父がどんな顔をしているか、わかったものではない。

それにそろそろ、俺の身体も持たない。

死んでは元も子もない。

食事だって、パンを乾燥させた保存食とイーブの実、それからアベルポーションだけだ。

そのせいか、最近味覚がおかしくなってきた。

あと、なんか世界の色がおかしい。睡眠時間が人間としての限界を迎えつつあるのだろう。

ジゼルも巻き添えにしてしまっている。

ジゼルはしっかり睡眠を取っているので俺よりはマシだろうが、特にすることもなく箱詰め生活は苦しいだろう。

食事だって当然、俺と同じものしかない。

……苦しいよな?

むしろいつもより肌がつやつやしている気がするが、気のせいだよな?

まぁ、とにかく今はジゼルに魔術の完成を報告しよう。

「ジゼル、完成したぞ!」

声を掛けた途端、俺のベッドで寝ていたジゼルが飛び起きて机へと走ってきた。

「ついに、兄様が以前より作りたいと言っておられた魔術が完成したんですね!」

ジゼルはぱたぱたと手を動かしながら、我がことのように喜んでくれる。

「ああ、参考にした書物は多いが……それでも、俺が独自に作りあげた魔術だ」

また族長にも報告に行こう。

あの人からも意見がほしい。

「凄いです! 兄様なら、いつかはできると思っていました! でも……その魔法術、聞いただけではよくわからなかったので、早速見せてもらってもよいですか?」

「勿論だ。よく見ておけ」

俺はさっき投げたばかりの小杖を拾い直し、振るう。

まだこの魔法陣をイメージするのに慣れていないため、少し時間が掛かる。

脳内で組み立てながら、ゆっくりと転写していく。

「 আম(我を) প্রকাশিত(表せ) 」

魔法陣が完成してから、呪文を唱える。

俺の目前に、ふっと小さな四角い平面が浮かぶ。

――――――――――

『アベル・べレーク』

STR(筋力):2

MAG(魔力):865

――――――――――

「これ……兄様の名前が書いてありますけど……いったい、なんなのですか?」

「ステータス表示だ。いやぁ、苦労した。表示形式から文字まで全部魔法陣に組み込まないといけないからな」

「すてーたす? えっと、これってひょっとして……」

「ああ、この魔術を使えば、対象の持つ筋力と魔力をチェックすることができる。最終的には種族名を表示できるようにしたり、数値項目を増やしたりしたい。簡単な説明文なんかも添えたいところだな」

異世界転生といったら、俺の中ではステータス表示が定番だ。

これは外せない。なければ作るしかない。

思えば、ステータスがなくて落胆したのがもう十年ほど昔の話になるのか。

因みに数値の基準は、どちらも20が平均的な成人マーレン族の値である。

小さい頃からオーテムを作り続けた成果が、俺の魔力値に表れていた。

……それには満足なのだが、まさか筋力がここまでへっぽこだとは思わなかった。

自分の開発した魔術ながら、誤数値であると信じたい。

いや……でも、俺はまだ今世では十二歳だから、こんなものなのだろうか。

父の言う通り、今度久々に狩りの手伝いに出掛けてみることにするか。

「よく、こんなものを作れましたね……」

「魔力の強さを色で判別する魔術があってな。そこからヒントを得たんだ」

「私、私のも出してください!」

「よし、動くなよ」

俺はジゼルに杖を向け、宙に魔法陣を浮かべる。

……この魔法陣、細かすぎて転写に難がある。

表示できる情報量を増やそうと思ったら更に複雑化させるしかないのだが、大丈夫なのだろうか。

どうにかして短縮できる術があればいいのだが。

簡単に筋力と魔力だけを表してくれる、即席用の簡易版も作った方がいいかもしれない。

まだまだ改良の余地がある。

――――――――――

『ジゼル・べレーク』

STR(筋力):8

MAG(魔力):37

――――――――――

俺ほどではないが、ジゼルも魔力の値が高い。

大人の平均を20として、それを基準に設定しているのだ。

少しなりと、幼少の内から魔術に触れておくことが大切なのだろう。

父も魔法陣を扱い始めたのは二十を越える頃だったと言っていたか。

マーレン族はもっと、小さい内からびしばしと魔術訓練を義務付けるべきだ。

そうすれば最強魔術師軍団を作りあげ、世界を狙うことも……うん?

あれ? ジゼルの筋力……俺より、上……?

「やっぱり兄様は、すごく魔力が高いですね!」

ジゼルは、声を高くしそう言った。

それは興奮しているというよりも、勢いで誤魔化そうとしているようだった。

ジゼルも自分の方が筋力値が高かったことに気付き、そして気を遣ってくれているのだ。

そのことが俺としては辛かった。

「……ああ、でも、一般的なマーレン族の成人が20だから、ジゼルも十分高いぞ」

「一般的なマーレン族の平均が、20……」

ジゼルは表情を曇らせ、ぽつりとそう呟く。

やめろ、そんな目で俺を見ないでくれ。

ジゼルは俺の視線に気付いてか、さっと表情を変える。その気遣いがまた辛い。

「兄様のそばで魔術の修行を見よう見まねで真似ていた成果ですね!」

「そう……だろうな、うん」

俺はさっと杖でステータスの表示を掻き消した。

まさか、妹に筋力値で四倍差をつけて負けているとは思わなかった。

これは堪えた。かなり堪えた。

久々にかなりショックを受けた。

当然、ジゼルがゴリラだということではない。

恐らく、ジゼルはほとんど平均だ。

俺は父に狩りを誘われても隠れたり理屈を捏ねたりを重ねて逃げ回っている。

農作業を言い付けられても、オーテムにすべてやらせていた。

他はずっと引き籠って魔術研究である。

オーテム彫りにもほとんど力はいらない。

マーレン族の木彫用ナイフは、この辺りの木の持つ魔力を利用して木を簡単に切ったり削ったりすることができる。

ジゼルも似たようなもののはずだが、母の買い物に付き添っているだけ俺よりいくらかはまともな生活を送っている。

控えめにいって、俺がゴミクズなのだろう。

…………

「ようやく出てきたかこのバカ息子がぁっ! そんなにお前は、狩りに行くのが嫌いなのかぁっ!」

部屋の外に出ると、父から説教をもらうことになった。

「父様! 兄様はただ、魔術の開発をしていたのです! きっと父様も兄様の開発した魔術を見れば……」

「そういう話ではない!」

「兄様を怒るんだったら、たまには私も怒ったらどうですか! 私だって、兄様に加担していたようなものです!」

「その必要はない」

「なぜです!」

「アベルだけを叱った方がお前には効果的だとわかっている」

「ぐ……そ、そんなやり方……」

さすが父、ジゼルのことをよくわかっている。

「ジゼル、もういい。今回悪かったのは、完全に俺だ。……父様、申し訳ございませんでした。今件のような真似は、二度と起こしません」

「……む、妙に素直だな。何か企んでいるのではないだろうな」

「に、兄様? どうしたのです? 兄様が魔術関係のことであっさりと非を認めるなんて……兄様らしくありませんよ? また風邪でもひかれたのですか?」

……そこまで言われるとは思わなかった。

普段、どんな目で俺を見ているんだ。

「いえ、狩りの重要性がわかったのです。やはりオーテムに狩りをさせるのではなく、自ら動いて身体を鍛えることが重要なのだとわかりました。明日からは、きちんと毎日同行させていただこうと思います。これまでご迷惑をおかけしました」

俺の言葉を聞いて、ジゼルがはっとしたように表情を変えた。

俺と目が合うと、ジゼルはすぐに表情を取り繕う。

「兄様は、このままでも素敵だと思いますよ!」

……気遣いありがとう。

でも、兄として俺が許せそうにないんだ。できればその気遣いもやめてほしい。

しかしこの後、結局俺の宣言はまたもや三日坊主に終わる。

ジゼルの気遣いに縋るように身体を甘やかし、再び扉越しに父と言い争いをする日々を送る羽目になるのだった。