軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三十三話 連弾のイカロス①

俺はメア、ラルク、ユーリスと共に広場へと向かった。

広場では、イカロスを中心に領民達が群がっている。

領民達は不穏な様子で、何やらざわついているようだった。

イカロスの傍には、錬金術師団のイカロス派である魔術師が四人と、二人組の男が立っている。

恐らくあの四人の魔術師が、錬金術師団の中でもイカロスが信用していた面子なのだろう。

リノアへの支持を表明していた魔術師もいるが、探りに入ってきただけだったのかもしれない。

二人組は若い男と初老の男であり、若い男が初老の男の身体を支えている。

魔術師はわかるが、あの二人はいったい……。

そう考えて注視してみれば、若い男がリーヴァイ教の宣教師、リングスであることに気が付いた。

「なっ……」

リングスの支えている初老の男は、血の滲んだ包帯を身体にぐるぐると胸部に巻いていた。

リングスは目に涙を湛えて初老の男を支えていたが、俺と目が合うと口許を僅かに歪めた。

「おお、ようやく来ましたか領主殿と……この領地に害を為す、狂魔術師が!」

イカロスが大声で怒鳴り、俺を指差した。

領民達の視線が一斉に俺に突き刺さった。

あいつら、手を組んでいたのか……。

いや、それはない。即急に手を組んだ可能性の方が高いか。

俺の中で揺れていたが、これではっきりした。

ファージ領に仕掛けらていた悪意の数々には、間違いなくリングスが噛んでいる。

領地への攻撃の障害となっていた俺を排除するため、退場寸前であったイカロスを利用することにしたのだろう。

そうでもなければ、リングスに自分の立場を悪くしてまでイカロスに加担する理由はないはずだ。

最終的な自分の目標が達成できなくなることを恐れ、一か八かの賭けに出たのだろう。

失敗すれば巻き添えになることを覚悟の上で、人望のある自分の立場を利用し、今のイカロスに欠けている信用を補おうとしたのだろう。

「な、何の騒ぎだこれは!」

ラルクが狼狽えながら言う。

イカロスが頬骨を上げて笑みを作る。

これまでの、こちらを小馬鹿にしたような笑いではない。

眉間には汗が滲んでおり、目は血走っている。

心の底からこちら側の不幸を望んでいる、憎悪の顔だった。

「いいだろう、教えてやる! 皆も今一度、よく聞くがいい! そして目を覚ますのだ! こちらのムルク殿は、深夜に不審な物音を聞いて外に出たところ、貴様らのあの、バケモノ瓜に身体を噛みつかれたのだ!」

イカロスが叫べば、領民達が不安そうな目で俺を見る。

なるほど、領民の不安を煽る方法できたか。

「ムルク殿は、親しかった宣教師リングス殿に相談した。領主殿が揉み消すことを恐れたリングス殿は番人を説得し、倉庫に囚われていた俺に相談してくれたのだ!」

親しかった、ね……。

大方、心酔していた信者を協力させたのだろう。

「や、やっぱりあの作物、まずかったのでは……」

ラルクまで心配そうに俺を見る始末だった。

オーテム瓜の異常な成長速度に、どこか不安は感じていたのだろう。

恐らく、領民達もそうだ。

しかしリターンがあるからと、リスクを見ないようにしていたのだろう。

ましてや今は、領地の状態は決していいとは言えない。

もしかしたら……なんて不安は、みんな押し殺してきたはずだ。

そこをイカロスが穿り返して突き付けてきたのだ。

いや、この場合は、リングスが計画して持ちかけ、焚きつけたものか。

今回の攻撃は、今までのイカロスの単純なやり口とはやや異なる。

責任を丸投げして第三者視点で非難するのがイカロスの常套手段だったが、今までよりも数段陰湿な搦め手を仕掛けてきた。

「リングス殿の判断は聡明であった! 領主殿は、どうにもその魔術師に肩入れしているようであるからな。この俺に冤罪を被せて追放し、代わりに錬金術師団の団長を任せようとするほどには!」

その言葉を聞いて、ラルクが顔を青くした。

「い、いや、それは……」

「なんだ? 違うというのか? んん?」

「な、なぜ……いや……」

ラルクが妙に困惑している理由はわかった。

恐らく、俺を団長にするつもりであったということは、誰にも喋っていないのだ。

イカロスを団長から解任したのが昨日で、俺も団長の話を持ち掛けられたのがついさっきである。

他の魔術師に伝えるくらいなら、先に俺へ伝えるはずだ。

リノアくらいには相談したかもしれないが……話が漏れるにしても、早すぎる。

ただ順当に考えれば予想はできていたことなので、勘で当てたのか、言いがかり、ということも考えられる。

何にせよ、意表を突かれてついどもってしまったにしても、今この場で返答が遅れるのはマズい。

どのような内容でも、領民に不信感を抱かせてしまう。

しかし否定するにしても、後々俺に団長を任せることを考えれば、悪手である。

かといって肯定などできるはずもない。

こういった印象が物を言う場では、部分否定、部分肯定というのは非常に難しい。

向こうもそれがわかった上で、わざと絡めて出してきたのだろう。

かなり手慣れている。

リングスが吹き込んだのだろうか。

「待ってください。今の話、あまりにもあなたに都合がよすぎます。事故が起きてからこの場までの流れが早すぎる。そもそもオーテム瓜は、一定以上の大きさの生物を捕食しないよう制限を掛けています。人間どころか、子犬だって襲いはしません。そもそも、そんな大怪我に繋がるほど大きい花など咲くものなのかどうか、ムルクさんの家の周辺を調べさせていただきます」

「ふん、ムルク殿を襲ったオーテム瓜など、危険なものを放置できるものか。俺がすでに……」

「燃やした、なんて言いませんよね。他の魔術でどうとでもできるのに、わざわざ燃え広がる恐れのある火の魔術を使うなんて……そんなわけ、ありませんよね。まるで、証拠でも隠すかのように」

イカロスの表情が歪み、押し黙った。

勝った、押し切れる。

イカロスはかなり口が立つが、所詮は急ごしらえのでっち上げた。

おまけに自分主体の計画ではない分、自由な言い逃れもし辛いはずだ。

イカロスの様子を見て、リングスが歯痒そうに口許を動かす。

リングスを相手にするより、イカロスを相手取った方が楽そうだ。

リングスは放置して、今はイカロスを徹底的に叩こう。

リングスは当事者ではないし、口出しをできる立場ではないはずだ。

「そういうところも含めて、都合がよすぎると言っているんですよ。なんなら、傷口の検証もして見ますか?」

俺はドヤ顔で言い放ってやった。

領民達の方からも、「やっぱりイカロスのでっち上げだったのではないか」、「しかしそれにリングスさんが加担するはずがない」といった声が聞こえてくる。

こっちに風は吹いている。

今はギリギリ、リングスの信用で成り立っている状態だ。

このまま押し切れば、イカロス越しにリングスの信用も削ることができる。

イカロスは顔を真っ赤にしてプルプルと震えていたが、フーッと息を吐き、呼吸を整える。

「……凶暴なバケモノ瓜の種を残すのは、危険だと思ったのでな。しかしまぁ、確かに俺の浅慮だった、それは認めよう。まさか諦め悪く喰い下がってくるとも思わんかったのでな」

言いながら、イカロスは左側にいる魔術師の一人を小突く。

魔術師は薄ら笑いを浮かべながら、一枚の紙切れを渡す。

どこか見覚えがあるが、あれはなんだったか……。

イカロスの右にいる魔術師は、いつの間にか紙のドン束を抱えている。

なんだか嫌な予感がした。

「この紙は、あの狂魔術師が領主殿に出した、生体魔術の行使許可の要請書である! 幸いにも領主殿が却下したが、この要請書が通っていれば、この領地がどうなっていたことか! もう一枚は、この要請書を解説したものである! あの狂魔術師は卑劣にも、要請書の文面を回りくどく複雑に書いて誤解の生じやすい表現を多用し、責務に忙殺されていた領主殿へ無理矢理これを通そうとしてたのだ!」

ぶわっと冷や汗が噴き出してきた。

あの紙、いつの間にイカロスに回収されていたんだ。

かんっぜんに前回の意趣返しをされた形になった。

「そ、そういう場ではなかったはずです! 今件に関係のある話だけをしましょう! それにそれはほら、失敗さえしなければ特に害はないと言いますか……限りなく抑えられると言いますか……えっと……つまり……とりあえず、その紙は駄目って言うか……俺なりに、少しでもファージ領を豊かにしたいという一心で……別にそんな、辺境地だからちょっとはっちゃけてもいいよねなんて考えていたわけではなく……」

「今回もそれが上手くいっていなかったから怪我人が出たのだろうが! あのバケモノ瓜の開発にも、ヒデラという凶暴な人喰らいの魔獣が用いられていたのだ! 開発中に怪我人が出たという話も聞いている!」

「う、うぐ……」

内部事情がだだ漏れである。

おまけに悪いように悪いように言ってくれる。

だいたい事実だから否定もし辛い。

正確にはヒデラは魔草であり、正式な分類でヒデラを魔獣としていた時代や土地は存在しないはずだとくってかかりたかったが、そんなところを修正している余裕もない。

「俺だって、ヒデラを使えば二日もあればあれくらいのものは作れた! だが安全を考慮すれば、あんな危険な魔獣を用いようとはまず思わん! あのガキは領民の安全を度外視して禁忌を平然と踏み抜いて近道をし、真面目に開発を行っていた俺を領主殿は怠慢扱いして追い出そうとしているのだ! あの研究報告書の訂正も、言いがかりだ言いがかり! 俺の権威を貶めようとした奴が仕組んだのだ! 俺の権威を!」

俺の権威二度も言ったよ、どれだけ権力に拘ってるんだ。

もはや正当性の口論ではなく、相手の貶め合いである。

領民達ももう、こうなってしまえばどちらが正しいのかわかりはしない。

「言いがかりはそちらでしょう。お互い少し、冷静に話をしましょう。勢いで悪印象を捲し立てて、場を誤魔化すのはやめませんか。不毛な言い争いにしかなりません」

イカロスの勢いを削がせて場の熱を冷やせば、弁解できる点はいくらでもある。

オーテム瓜にしたって、万が一の危険性がないように徹底的に配慮している。

もっとも魔術師以外から見れば完全にブラックボックスである部分なので、説明には少し時間が掛かるが。

「ただこれだけは言わせてもらいたいのですが、あなたの研究報告書を見るに、ヒデラを用いたところで後十年研究を続けたところで無理です」

冷静な話し合いを持ち出しつつ、最後に脛を軽く蹴ってやった。

余計な一言ではあったかもしれないが、イカロスに言わせたままにしておくのは、俺の魔術師としてのプライドが許さなかった。

イカロスがそのとき、ニマァッと嫌な笑みを浮かべた。

さっきまで顔を引き攣らせていたリングスの表情にも、微かに安堵の色が見える。

あれ……何か俺、失言したか?

「なるほど、貴様は自分の腕が、この俺よりも優っている。俺の言っていることは出まかせで、正当性は自分にあると、そう言いたいのだな?」

「え、ええ……そうですけど」

「その言葉、俺もきっかりそのまま同じことが言いたいのだ。魔術への学が浅いガキが、その場凌ぎの邪法でこの俺を貶めている……とな。しかしこのまま貴様が正反対のことを喚き続けるのならば、並行線になるだけだ。ならば、実力で決めようではないかと提案したのだ」

ここに来て、実力勝負?

それを持ち出すためのここまでの前振りだったのか?

だとしたら、話は早い。

確かに、お互いに格下が言いがかりをつけてきていると主張しているのならば、実力勝負で明らかにするのが手っ取り早い。

「よかった……どうにかなりましたね。メア、どうなっちゃうことかと……」

メアがほっと息を漏らす。

もう解決したかのような口ぶりである。

正直、それなら俺も全然負ける気はしない。

ラルクをちらりと見ると、ぶんぶんと首を振っている。

断ってくれと言いたげな様子だ。

「わ、罠だ……」

ラルクは小さく、そう零した。

少し引っ掛かりはしたが、俺としてもここまで来てまた言い争いに戻したくもない。

「内容は……そうだな。魔術都市ヴェルナッセに伝わっている型の決闘方法がいいだろう。一番わかりやすく、はっきりする」

「ヴェルナッセ式の決闘ですか? わかりました、それでいいですよ」

あまり詳しくはないが、そう奇抜なルールはなかったはずだ。

そもそも、妙なルールを持ち出せば領民達とて納得はしまい。

「ふ、ふふ……ではヴェルナッセ式に従い、一日の精神統一の後、決闘を開始する。その間、俺は大人しくまた倉庫にでも入っておいてやろう。いいな、逃げるのではないぞ」

「ええ、わかりました」

まずはイカロスを今度こそ追放し、オーテム瓜の安全性をゆっくりと丁寧に説き直し、それからオーテム瓜の花に噛まれたというムルクを問いたださねばなるまい。

ムルクを問いただすに当たってリングスを相手取る必要もありそうだが、オーテム瓜の安全性を充分に示した後ならば、そう苦戦することもないはずだ。