軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三十二話 錬金術師団⑭

オーテム瓜の発表から一日が経った。

あの後、イカロスは使われていない倉庫を使って勾留された。

今日の昼頃には他の地へと送り出される予定になっている。

これで表面的な問題はすべて解決した。

領地もすっかりお祭り騒ぎである。

オーテム瓜は領地の至る所で育てられており、領地の作物を腐らせていた魔草を片っ端から喰い散らかしている。

じきにあの魔草もファージ領から姿を消すだろう。

オーテム瓜は時間がなかったので細かい調整を後回しにしていたため、味にやや難がある。

しかしすでにオーテム瓜の美味しい食べ方が領民達の間で談義されているそうだ。

ラルクの館に生卵が投げられることもなくなったし、俺も外を歩けば領民から頭を下げて感謝される。

別に名誉がほしかったわけではないが、悪い気はしない。

後は胡散臭い宣教師をマークすることと、領地に害を為そうと目論んでいる誰かを炙り出すか、自主的に出て行ってもらうことである。

後者の存在は雲寄せの際の露骨な反発によって確実なものとなったが、こちらは領主には伏せている。

どこに敵が潜んでいるか特定できていないため、裏目に出る可能性が考慮してのものだ。

向こうは今まで領地を潰さず、あくまでも弱らせて腐らせに掛かっていた。

これは直接潰すよりもずっと手間が掛かることである。

下手に追い込めば実力行使で領地を潰しに来る可能性もあるので、刺激したくなかったのだ。

ただ現時点で余裕はできているし、牽制の意味を兼ねて領主へ報告するのも悪くはないかもしれない。

「アベル、眠そうですけど大丈夫ですか?」

考え事をしていると、メアが顔を覗き込んでくる。

「一昨日も眠れていませんでしたし……昨日くらいは、しっかり眠ったらよかったのに……」

「まだまだやることがあるからな。いや、むしろこれからが本番だから」

問題ごとが去ればそれでお終いではない。

厄介な問題が片付いてから本格的な魔術実験……領地の改善に勤しむことができるのだから。

今はマイナスがゼロになっただけである。

敵からの妨害を凌ぐだけでせいいっぱいだったが、それがなくなれば開発に着手できる。

そしてそのための第一歩が、錬金術師団の教育である。

今でもすでに、イカロスを切り捨ててリノア派に鞍替えを申し出ている元団員が出ている。

魔術師は限りある資源であるし、今後の領地開発のためにも人数が必要である。

イカロスを支持していたからといって、ばっさり切り捨てるというわけにはいかない。

その辺りの諸々の考えや計画を纏めていると、結局一睡もする余裕がなかったのだ。

というか、興奮して眠れなかった。

「でも、身体は気をつけてくださいよ?」

「ああ、わかって……ひぇく!」

俺は鼻を押さえる。

ちょっとくしゃみが出そうになった。

「……ア、アベル、本当に大丈夫ですか?」

「あ、ああ、多分大丈夫。ほら、もう全然出ないし」

「他に身体、悪いところありませんよね?」

メアが心配げに、俺の額に手を添える。

メアがここまで過剰に心配してくれるのは、以前ロマーヌの街にいたときも一度風邪で倒れてしまったからである。

あのとき、メアにはかなり迷惑を掛けてしまった。

ちょっと疲れが溜まっているのか身体が重いが、せいぜいそれくらいである。

俺の風邪は一回引くとダメージが大きいが、その分一度罹かったらしばらくは罹らないというジンクスがある。

問題ないだろう。

ただし一応、気が向いたら病魔散らしのオーテムでも彫っておこう。

俺はまた数枚の書類を持って、ラルクの執務室へと訪れた。

扉をノックして声を出すと、ラルクから入室の許可が降りる。

執務室では、ラルクが使用人のマリアスと一緒にチェスをしていた。

休憩中だったらしい。

「今日も負けてしまいました……。さすが、ラルク様です! 私、父にはいつも勝ってたんですけどね」

「マリアスはいつも、農民の守りに入るのが遅いからな。明日はもう少し、私の兵の数を減らしてやってみるか」

ラルクはやや得意気に言う。

マリアスはそれを聞いてにこにこと笑いながら、チェス盤の台に取り付けられている引き出しへと駒を片付けていく。

農民……?

ああ、あれはチェスじゃなくて、正確にはリルス盤というんだったか。

ルールも俺が知っているものとは大きく異なるのだろう。

ちょっと気になる。

ラルクも今までは一日中気を張っていたようだったが、大分余裕ができたように見える。

「さて、すまない。よく来てくれたね。実はこの局が終わったら、私の方から声を掛けに行こうと考えていてね」

ラルクは俺を見てさっと席を立つ。

「いや、立ったままでいいですし……」

なんなら領主が声を掛けに来るというのもちょっとおかしい。

呼びつけてくれたらそれでいいのに。

魔術師と領主というのも、微妙な力関係なものだ。

イカロスがあそこまで増長していたのも、そういう背景があったのかもしれない。

「私はお席を外した方がよろしいでしょうか?」

「別に構わないが……」

ラルクが言い掛けてから、ちらりと俺を見る。

俺は少し考えてから、一応首を横に振った。

「すまないマリアス、席を外してくれ」

「承知しました」

マリアスはラルクに礼をしてから扉まで歩いてくる。

俺は半歩下がり、出口を開ける。

マリアスはにこりと笑って俺に一礼をしてから、部屋を去って行った。

俺が部屋に入り、扉を閉めたところでラルクが話しかけてくる。

「さて、悪いけど、私の方の話からさせてもらっていいかな? そっちの方が、スムーズになると思うのだが」

「ええ、どうぞ」

「実は、イカロスが退いて空いた席に君が入ってほしくてね。錬金術師団、団長の。君が入れば全体の士気も上がるし……元イカロス派の集団も、制御しやすいと思うんだ。これから先に問題になってくるオーテム瓜の扱いに関する取り決めも、君が中心になってくれないとまったく進まないというのも正直な本音だし……。引き受けてもらえないかな?」

「しゃあああっ!」

俺は思わずガッツポーズを取る。

ここまで苦労した甲斐があったというものだ。

魔術研究の援助金もかなり期待できる上に、他領地との交易が復活すれば商売ルートやコネも領主経由で確保することができる。

おまけに部下まで手に入る。

俄然テンションが上がってきた。

ずっと夢だった 魔導携帯電話(マギフォン) の開発も、最早すぐそこまで見えている。

「…………」

ラルクが、若干不安そうな顔で俺を見ていた。

「ああ、すいません。つい……」

俺はすっと上げた腕を降ろす。

と、そのとき、ドタバタと足音が聞こえてきた。

慌ただしくノックの音がする。

「も、申し訳ございません! 急ぎの報告が!」

この声はユーリスだ。

「な、なんだ、どうした? 入ってきてくれ」

ラルクがやや狼狽えながら答える。

ユーリスが扉を開け、中へと入ってくる。

「イカロスが、倉庫を抜け出したようです! 見張りを何らかの手段で懐柔したようで……」

またイカロスかよ……あのオッサン、なんでもやるんだな。

でもそんな、今更抜け出したって……。

「逃げるわけではなく、なぜか広場の方に人を集めているようです! 私は遠目からイカロスの姿を見たのですが、なんだか様子もおかしくて……」

鼬の最後っ屁か……。

確かにまだ諦めていなさそうな気はしたが、ここからどう仕掛けて来るつもりなのか。

行動から狙いがさっぱり読めないのが少し怖い。

自棄を起こしているだけなのか、まだ盛り返せると本気で思ってるのか。

しぶといというか、見苦しいというか……この執念は、ある意味見習うべきところがあるかもしれない。