作品タイトル不明
二十八話 錬金術師団⑩
研究室に籠ってから丸一日近くが過ぎ、時刻は昼過ぎとなっていた。
研究室内はすっかり蔓塗れになっている。壁に身を埋めている蔦もあれば、箪笥を貫いている蔦もある。
ヒデラに噛まれて治療所へ運ばれた魔術師もいたが、まぁ問題はあるまい。
多くの失敗作を乗り越えた成果があり、ついにヒデラの成長性を持ったパーキンを作りだすことに成功した。
オーテムの頭から垂れた蔦が床へと伸びて周辺を覆い、真っ赤な花を幾つもつけている。赤い花のすぐ下の茎はぷっくりと丸みを帯び、赤紫に変色している。
この部分に瓜がつくのだ。
「できましたよ錬金術師団の皆さん! ついに、完成しました! とりあえずはこれでいけるはずです!」
俺が付きっきりで魔力を供給すれば、五分と経たぬ間に種から花をつけるまでに至る。
土地の魔力だけに任せても、種から花をつけるまでに一時間もあれば十分だろう。
なにせこの領地には、花枯らしと呼ばれる魔草が蔓延している。
花枯らしは土を経由し、周辺の植物の魔力を奪って枯らしてしまう性質がある。
これは領地の不作の問題の一つとなっていた。
しかしこの特製パーキンは、周辺の小さい虫や雑草を根ごと喰らって自らの糧にしてしまう。
ヒデラの食肉植物としての特徴を残し、調整しておいたのだ。
特性パーキンが大々的に育てられるようになれば、文字通り根こそぎ花枯らしを喰らい尽くしてくれるはずである。
パーキンの餌がなくなった頃には、花枯らしもここら一帯にはなくなっているはずである。
「…………」
ようやく完成したというのに、皆押し黙るばかりで、反応が乏しい。
不気味に思って振り返ってみると、錬金術師団の魔術師達は、虚ろな目で自分の担当しているヒデラの様子を記録しながら、ぶつぶつと小声で何かを呟いている。
「ちょっと……リノアさん、大丈夫ですか? 何かあったんですか?」
とりあえず、近くにいたリノアの肩を掴んで揺さぶってみる。
「もう……無理……」
リノアは手からノートを落とし、その場に仰向けになって倒れた。
ばたんと、大の字に腕が開かれる。
「メア、何か妙だぞ。イカロスに何か薬でも盛られてたんじゃ……」
俺は横にいるメアへと声を掛ける。
「多分……寝不足だとメアは思いますけど……」
メアが目を擦りながら、力なく言う。
目の下には薄っすらながら、隈ができていた。
「おかしいな……ちゃんとポーション配ったのに」
完成が間に合うかどうか不安だったこともあり、俺のお手製ポーションを錬金術師団の皆に振る舞ったのだ。
あれさえ飲めば、一日やそこらで倒れるはずはないんだが……。
この領地で許可されている薬草や魔草を調べ、急ごしらえで作って用意したものなので、想定していた効能を十分に発揮できなかったのかもしれない。
「集中力が限界だったんじゃないですか? 魔術って、かなり神経使うんですよね?」
確かに魔術には集中力を要するし、それ相応に神経をすり減らすこともある。
メアには序盤はオーテム彫りを手伝ってもらい、中盤以降は錬金術師団の魔術師が取ってくれたデータの整理、報告を行ってもらっていた。
その分、彼らに比べて疲労が少なかったから比較的元気なのかもしれない。
「ちゃんと集中力が限界を迎えないように作ったつもりだったんだけどな。興奮作用の強化と……後は、疲労感を麻痺させてみるか?」
「……集中力の限界を迎えなくなるのは不健全だと思います」
「まぁ、とりあえず完成したから……しばらく休んでおいてもらおう。その間に俺はラルクさんへの報告を済ませておくか」
領民を集めてもらい、今日中に発表の場を設けてもらわないといけない。
それまでリノア一派の連中には身体を休めておいてもらわないと困る。
特にリノアは、今回の作物開発の名目上のリーダーである。
形式上とはいえ領主に許可をもらっているのはリノアであるし、それに長くこの地にいたリノアを立てておいた方が話を進めやすい。
俺が雲寄せの魔術を使ったとき、イカロスは領民達の魔術への知識が薄いのをいいことにリノアへの不信感を散々煽っていた。
ここでイカロスと同じ分野でリノアが結果を出せば、イカロスが前回いい加減なことを言っていたことの裏付けにもなる。
水の配給と作物開発への期待があったからこそ、領民達も弁が立って態度がデカいだけのイカロスを許容して来たのだ。
今となってはもう、ただの口だけで態度のデカいオッサンである。
あの人にはもう退場してもらおう。
俺としても散々言われた恨みがあるし、たっぷり意趣返しさせていただく。
「名前はどうしようかな……何かあった方が広めやすいし。そういやイカロスはイカロス芋を開発してるんだったな。こっちも対抗して、リノア瓜にするか」
これならこちらが開発していたことは一目瞭然だし、イカロスにも精神ダメージを与えやすいだろう。
俺の名前はやっぱりなんか恥ずかしいし。
イカロスほど思い切れる自信はない。
アベルポーションと違ってこっちは大きく広まることが前提である。
この先、領外への輸出も考えられる。
それにアベル瓜はちょっと無理……というか、嫌。
「リノアさん、名前借りていいですか?」
「……」
仰向けになっているリノアの首が、わずかながらに左右に揺れた。
やっぱり嫌か、そりゃそうか。
オーテム瓜あたりにしておくか。
これならば、瓜を広めると同時にオーテムの宣伝を行うこともできる。
オーテムを餌に、イカロス派の残党の魔術師を根こそぎ引き抜けるはずだ。
「あっ! アベル! 上、上!」
メアが顔を真っ青にして叫ぶ。
ぱらりと肩に砂が落ちてきたので、咄嗟に顔を上げる。
「オオオオオオオン!」
天井を突き破り、頭上から真っ赤な花が俺を強襲する。
どうやら魔術師の誰かが開発していたヒデラの一つが、壁を伝って天井にまで移動していたらしい。
「ちょっ、杖……杖っ!」
地面に置いた杖を拾おうと身を屈めるが、俺の肩を蔓が搦め取る。
蔓が俺を持ち上げようとしたところで、矢が蔓を射抜いた。
蔓が千切れ、床に落ちる。
俺は杖を拾い、振り向きながら振った。
「 ফুল(花よ) কটান(枯れろ) 」
俺を強襲していた花が、端から順にみるみると水気を失っていく。
あっという間に茶色掛かり、拉げていく。
天井の穴から逃げようとしていたようだったが、引っ込むよりも先に枯れ果てて動きが止まり、砕けた。
蔓と葉の破片がぱらぱらと振ってくる。
「……思ったよりも危ないな、失敗作は全部枯らしておかないと。いや、メア、マジで助かったわ」
弓を構えて、冷や汗を浮かべているメアへと礼を述べる。
メアは地面の蔓の残骸を見直し、ようやくほっとしたらしく弓を降ろす。
それから表情を輝かせてパタパタと手を動かす。
「メア、メア、役に立ちましたか! よかった……弓、練習してて……」
手で、そうっと愛おしげに弓を撫でる。
そ、そんなに気負わなくてもいいんだけどな……。