作品タイトル不明
五話
ユーリスに連れられ、ファージ領内を歩く。
エリアも馬車を停め、俺達の後をついて来ている。
領民達がこちらを見て、ひそひそと噂話をしていた。
怪しんでいる、というよりは単に興味を持っているようだった。
俺もメアもノークスからしてみれば目立つ容姿だから、今まで領にいなかった人間だとすぐにわかったのだろう。
一人の男が走って近づいてきて、俺に声を掛けてくる。
「お、おい、お前、見たことのない顔だが、領の外から来たんだよな? まさか、ナルガルンを切り抜けてきたのか?」
「はい、平原の方に亡骸があるので、後で冒険者支援所の方に回収を手伝ってもらおうかと……」
冒険者支援所が機能していたら、の話なのだが。
一応この地にも冒険者支援所は存在するはずだが、領の状況からして真っ当に役割を果たしているかどうか怪しい。
「亡骸……? ナ、ナルガルンは、死んだのか?」
変に目立ちたくはなかったし、あまり言わない方がよかっただろうか。
いや、じきに明らかになることだし、下手に隠す必要もないか。
「ええ、こう、プチプチッと首を捥いで」
しゅっしゅと手を動かしながら、俺はナルガルンとの戦いをこの上なく簡単に説明する。
「よ、よくわからんが……ナルガルンは、もういないのか? そうなんだな!」
男が俺の肩を力強く掴む。
話を盗み聞きしていた連中がざわつくのが見える。
「ああ、うん、そうなんだけど……あの、ちょっと、あんまし力入れないで、外れそう」
「わ、悪い兄ちゃん……」
男が俺の肩から手を放す。
一応肩を回し、関節に問題がないか試してみた。
ごきりと嫌な音が鳴った。気のせいだと思うことにした。
「おい聞いたかお前らぁ! ナルガルンはもういないらしいぞぉ!」
男は様子を窺っている他の領民達へと振り返り、大声で叫ぶ。
「も、もうラルクの言うことに従う義理もねぇのか!」
「ああ、そうだぁっ! あの赤髪の馬鹿面拝まなくていいんだぞ!」
「わ、私達の前で、領主様を貶めるような発言は……」
ユーリスが困ったようにオロオロする。
「うっせぇぞラルクの犬がぁ!」
「デカい顔できるのも、今日までだと思えよ!」
領民達の数人が、ユーリスの言葉に反発してくってかかってくる。
……あまり穏やかではないご様子だ。
「でもあんなデカブツがそうそうくたばるもんか? ナルガルンの死体を見るまでは信じられねぇぞ!」
「……あ、村の入り口の方にありますよ」
「「うおおおっ!」」
俺がナルガルンの亡骸の場所を伝えると、聞いていた領民達が我先にと駆けて行く。
領民の中でも気性の荒そうな層が全員去り、騒ぎが落ち着いた。
……どうやら、本当にラルクは嫌われているらしい。
この領地、内乱寸前なんじゃないだろうか。
ユーリスは引き攣った顔でしばらく棒立ちしていたが、俺と目が合うと思い出したように首を振るい、頭を下げてバツが悪そうに笑った。
「み、見苦しいところを見られてしまいましたね、ははは……。で、では、領主様の屋敷へ急ぎましょう」
「……やっぱり、挨拶は別の日にさせてはいただけないでしょうか?」
正直、どんどん会いたくなくなってくる。
下手に関わったら、俺まで他の領民から目の仇にされそうな気さえする。
「い、いえ! 時間は取りませんので、安心してください! 本当に、顔を少し見せるくらいでもいいので!」
「…………は、はぁ」
……まぁ評判が悪かろうと、性格が悪かろうと、支持が薄かろうと、ここの領主には違いない。
向こうが無茶を言い出さない限り、友好的に接しておいた方がいい。
問題があることくらい、ファージ領に目的地を定めた時点で、ある程度は覚悟していたことだ。
それでもここならジゼルやドゥーム族に嗅ぎつけられるリスクも低く、安全だと判断してのことだ。
ただ付け上がられるのは嫌なので、その点には気をつけておきたい。
第二のガストンを生み出したくはない。
「ん、あれは……?」
ユーリスについて領内を歩いていると、広場に人が集まっているのが見えた。
人集りの中心には、糸目の優しそうな顔した男が立っている。
淡い青色のローブを纏っており、首には三又の槍を模した飾りのついたネックレスが掛かっていた。
「あの飾りの槍、水神の持ってる奴じゃ……」
海を創り、世界に生命を与えたとされている、水の神リーヴァイ。
その姿は三つ目の巨人で、身体は青く、鱗に覆われているという。
大抵三又の大槍を持っている姿で描かれる。槍は単に、『リーヴァイの槍』と呼ばれることが多い。
ファージ領の奥にある、リーヴァラス国が主に信仰している。
「宣教師のリングスさんです。修行のためにリーヴァラス国を出て、険しい国境の山脈を越えてこの領地までやってきたそうです」
修行の旅というより、内部の戦争に耐えかねて逃げてきたんじゃなかろうか。
いや、今は一応落ち着ているという話だったか。
「へぇ、あっちの国の……単身で渡ってくるなんて、凄いですね。魔獣が多いって聞きましたけど」
「リングスさんは気配を消す魔術が得意なそうでして。それでも、かなり危ない道のりではあったそうですが……」
俺はリングスへと目を向ける。
「苦境にあるときにこそ、その人の本来の価値が試されているのです! 無暗に嘆いたり、他者を締めつけたりと、周囲に当たってはいけません! それらはいずれ、自分に返って来るでしょう。リーヴァイ様が仰ったとされる言葉の一つに、こんなものがあります。『全ては循環する。水も、行為も、また同じ』と」
リングスは青い分厚い本を手に、領民達へとあれこれ、言葉に熱を込めて語り掛けている。
聴衆達は、皆随分と熱心に見えた。
「リングスさんには助けられていますよ。あの方がああして領民を諭してくれるお蔭で、領主様に暴力行為を働こうとする人も随分と減って……」
「……その口ぶりだと、今でもたまにいるんですね」
ユーリスはしまったというふうに口を押さえ、誤魔化すように引き攣った笑みを浮かべた。
「いつもありがとうございます、リングスさん!」
強面の男が、リングスへと頭を下げる。
リングスは微笑みながらその手を取る。
「いえいえ、皆様の宗派とは違うでしょうに、こんな話しかできずに申し訳ございません。ほんの少しでも、皆様の心の支えになっていればよろしいのですが……」
「そんな、謙遜なさらないでください! リングスさんがいなかったら、この領はもっとギスギスしていたはずです!」
……ラルクと違って、あの宣教師さんは随分と慕われているらしい。
苦しいときほど心の拠り所が必要なものだ。
無能領主よりはよっぽど価値があるか。