軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二話 三つ首竜ナルガルン②

俺は馬車から外を覗き、ファージ領までの道の風景を眺めていた。

「この辺り、結構木の品質がいいかもしれないな」

木から程よい魔力を感じる。

さすがにマーレン族の集落に生えている木の質には遥かに及ばないが、ここらの木ならオーテムの製作にも向いていそうだ。

やっぱりオーテムを彫るなら田舎だな。

集落を出てからあまりオーテムを彫っていないから、腕がムズムズして仕方がない。

ロマーヌの街近辺の森はその点まるで駄目だった。

魔力場自体が弱いのだろう。

「……アベル、アベル」

メアがとんとんと、俺の肩を叩く。

それから声を潜め、言葉を続ける。

「後ろのアレ……どうにかなりませんか? 馬が、ちょっと怖がってる気がします。エリアさんも、時折不審そうに振り返ってますし……」

「……ファージ領まで、結構距離が開くからなぁ。転移の魔術って、長距離にはあんまり向かないし」

アレ、とは、背後から追いかけてくる六腕の大型オーテム、元イーベル・バウンことアシュラ5000である。

ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、と、奇怪な音を打ち鳴らしては馬達の気を引いて馬車の走行を阻害していた。

転移の魔術の必要魔力は、距離に累乗比例して跳ね上がる。

元々、長い距離を運ぶための魔術ではない。

俺でもロマーヌの街周辺に埋めてあるアシュラ5000をアッシムの街まで転移させるのが限界であった。

それもごっそりと魔力を消耗した。

馬車に積むにも大きすぎる上に重すぎるし、ファージ領へ運ぶには、こうやって後をつけさせるしかないのだ。

「じゃ、じゃあ仕方ありませんね……」

「フィフニーグの臓器があれば、自在に持ち運べる袋を作れるんだけどな」

フィフニーグとは、暴食竜の異名を持つ伝承にのみ名を残すドラゴンである。

第二の胃と呼ばれる臓器があり、そこにいくらでも食糧を貯蔵することができるといわれている。

『収集家』と恐れられた一時代前の冒険者が、暴食竜の臓器を使った、いくらでも物を収納できる道具袋を持っていたという噂がある。

俺だって喉から手が出る程ほしい。

その後も木の質を観察していると、遠くに、青い子鬼が五体程集まっているのが見えた。

あれは……クエルゴブリンか。

通常のゴブリンが緑なのに対し、クエルゴブリンは身体が青い。

通常種より力が強く、好戦的であるという。

『ゴブリン入門書』(エドナ・エルバータ著作)によれば、そこそこ珍しいゴブリンだったはずだ。

古い本なのでそういう意味ではアテにならないかもしれないが、少なくとも冒険者支援所ではあまり名前を聞いた覚えがない。

早速目にした希少ゴブリンに、少し胸が弾んだ。

この地で俺の新生活が始まるのだ。

嘆いてばかりもいられない。

シェイムの協力もあって、ドゥーム族も上手く撒けたはずだ。

マーレン族は……そこまで気にしなくていいだろう。

昔集落を出たマーレン族が、ホームシックになって三日で帰ってきたという話を聞いたことがある。

前世補正のある俺ならともかく、一般のマーレン族は都会の荒波の中を生きてはいけないだろう。

悪いなジゼル、兄ちゃんはまだ捕まってはやれないんだ。

誰か、婿を見繕っておくことだな。我が儘かもしれないが、式は俺が帰るまで延期しておいてほしい。

ノズウェルだけは絶対に嫌だが、ジゼルもまず選ばないだろう。

後……シビィもなんか嫌だな。悪い奴ではないのだが、知り合いとジゼルがくっ付くと思うとどうにもムズムズするというか。

どうせなら全然知らない奴がいいような気もするけど、全然知らない奴にジゼルを任せるというのも気が引ける。

まったく口出しできる立場ではないとわかってはいるのだが、どうにもあれこれと考えてしまう。

俺の選んだ道なんだから、もう少しどっしり構えていないとな。

「……それにしても、弄りがいのある魔獣がいそうだな」

俺はクエルゴブリンの群れを眺めながら、そう呟いた。

ファージ領は、ロマーヌと違って田舎の辺境地である。

領主が余程の魔術嫌いでもなければ、条例もそれだけ緩いはずだ。

ひょっとしたら生体魔術が使い放題かもしれない。

クエルゴブリンの群れは悪寒を感じたようにぶるりと身を震わせたかと思うと、こちらを指差して走って逃げて行った。

「ん? 意外と臆病なんだな」

『ゴブリン入門書』によれば、クエルゴブリンはかなり好戦的な性格のはずなんだけどな。

俺はちょっとがっかりしながら、懐の杖へと伸ばした手を引いた。

「アベル、何かいましたか?」

俺の背にメアが声を掛けてくる。

「いや、ゴブリンがいたんだけど、目が合ったらすぐに逃げて行っちゃってな」

「……勘のいいゴブリンなんですね」

「そうか?」

俺は答えながら、首を引っ込めた。

「変な魔獣、いなかった? 噂通り、三つ首竜がいたらすぐ退けるようにしたいんだけど……」

御者台の方から、馬車の操縦者であるエリアが声を掛けてきた。

いつも通りの、平坦でクールな口調である。

エリアは最初ファージ領に行くというとかなり嫌がっていたが、他に頼めそうな当てもいなかったのでかなり喰い下がらせてもらった。

お金を握らせ、頭を下げても首を縦には振ってくれなかった。

しかし『俺とメアの実家が俺達を連れ戻しに来た』と言うと、何を勘違いしたのか、『……わかった。なら、力になる』とスムーズに了承してくれた。

悪いとは思ったが、こちらも色々と生活が懸かっているので遠慮はしていられない。

ただし、噂通り危険な魔獣がいたらすぐ引き下がるという条件付きであった。

「いなかった……と言い切りたいところですけど、この辺りは結構丘が大きいですからね」

「ナルガルン」

俺の返事に、エリアは短く固有名詞で答える。

「うん?」

「本当に三つ首竜がいるとしたら、ナルガルンじゃないかって言われてる。この辺りに、昔ナルガルンを封印したっていう伝説の沼があるらしいから、その封印が解けたんじゃないかって」

ナルガルンの名は俺も知っている。

ファージ領の情報収集中に何度か耳に挟んだ覚えがある。

とんでもなくタフで強い魔獣であり、推定指定危険度はA級上位である。

倒しきれないから沼に沈めて封印した、というのはあり得ない話ではない。

「……でもそれ、アベルがいるから、心配しなくていいんじゃ」

メアがぽつりと口を挟む。

「あんまり考え難いですけどね。そんな大事になっていたら、とっくにどうにか応援要請を試みているはずですよ。本当にナルガルンがいるとしたら、誰かが外部へ知らせる機会を潰してるか、ファージ領がとっくに壊滅してるか、領主が物凄く無能か……」

……そういえば、領主のラルクは相当なロクデナシなんだったか。

いや、それでも所詮、人間の兵が囲んでるわけではなく、大型魔獣が気紛れに居座っているだけなんだから、いくらでも隙は突けるはずだ。

そんなA級上位の魔獣が、その辺りにぽんぽんと出て来るはずが……。

「ギシャァァァァァァッ!」

大きな轟音が辺り一帯に響いた。

その鳴き声を皮切りに、ダン、ダン、ダンと地を揺るがす足音が近づいてくる。

「ヒィァァァァァァアッ!」

「ヒィィィィインンッ!」

馬車を引いていた馬が叫ぶ。

各々に逃げようとしてか動きが乱れ、馬車が大きく揺れる。

元々アシュラ5000で神経をすり減らされていた馬達は、謎の鳴き声を聞いてついぞ精神の限界を迎えたようであった。

「あっ! だ、ダメ! 言うこと聞いて、お願い! メッ、ダメッ!」

「マ、マジか……」

俺は馬車の背凭れを押さえて揺れに耐えながら、布地の端を掴んで捲り、外に首を出す。

「ギシャァァァァァァッ!」

巨体の三つ首のドラゴンが、こちらの馬車へ目掛けて走ってきているところだった。

噂通りの青、黄、赤の長い三つの首を持っている。

ナルガルンで正解だったようだ。

話には聞いていたが、実際に見るとまるで信号機を連想させる配色である。

「ど、どうしよ! 馬、言うこと聞かない! おっ、落ち着いて! チョコ! パフェ! いい子だからっ!」

エリアさんは安定の取り乱しっぷりであった。

……あの馬達、そんな可愛らしい名前だったのか。

俺は揺れる馬車にしがみつきながら杖を取り出し、ナルガルンへと向ける。

「ううっ……くそ、安定しない……」

A型上位の、大型魔獣。

今まで俺が対峙した中で一番の大物である。

ただ最悪魔術が効かなくとも、伝承通りならば大きめの沼を作り沈めて封印術を掛けておけば時間を稼げるはずなので、さして危惧はしていなかった。

「ギシャァァァァァァッ!」

黄色い頭がこちらへと首を向け、大きく息を吸い込んだ。

何か、仕掛けてきそうだな。

「 বাতাস(風よ) ফলক(刃を象れ) 」

魔法陣を組み換え、威力を底上げする。

範囲を狭く、一点突破型へと整える。

馬車が揺れるせいで狙いがつけ難いため、広範囲の方がいいかもしれないとも考えた。

しかしA級上位魔獣なので、まずはナルガルンの防御性能を確かめたかった。

これで多少なりともダメージが通るようなら普通に戦ってもいいし、弾かれたら沼を作って沈めればいい。

魔法陣が浮かび上がり、風の刃がナルガルン目掛けて一直線に飛んでいく。

「くそ、ちょっとミスったか!」

風の刃が、ナルガルンの突き出している黄色い頭の首の横を通過する。

外れた――そう思った瞬間、ナルガルンの黄色い首が裂け、血肉が飛んだ。

「ギャァァァ! ギァアアッ!」

黄色い頭が痛みに耐えかねてか、首を我武者羅に振って苦しむ。

ナルガルンは足を止めた。

「……あ、割とどうにかなりそう」

風の刃が押し出した風の圧力が、ナルガルンの首を抉ったようだった。

タフだと聞いていたが、別段長期戦を覚悟する必要もなさそうだ。

馬車の揺れが止まった。

馬が、呆然とナルガルンを見上げていた。

主人であるエリアも同様にナルガルンを見て、口をぱくぱくとさせている。

「ギシャァァッ!」

青い首が鳴くと、黄色い首の血が収まる。

黄色い首が苦し気にこちらを睨んで息を荒げていたが、先ほどまでの苦しさはかなり緩和されているようだった。

怒気と敵意を孕んだ目でこちらを睨んでいる。

エリアははっと気が付いたかのように、俺を振り返る。

「ナ、ナルガルンは、青い首から倒さないと駄目! すぐに魔法で回復するから、こっちが消耗戦に……」

「 বাতাস(風よ) ফলক(刃を象れ) 」

馬車が止まったので、充分に狙いをつけることができた。

風の刃は、こちらを睨んでいた黄色い首をあっさりと撥ね飛ばした。

ナルガルンの血が大きく飛び散り、頭がごとりと地に落ちる。

主を失った長い首が、だらりと地へ垂れる。

「エリアさん、さっき何か言い掛けてたけど……」

「あ……うん、ごめん、なんでもない」

「「ギシャァァァァァアアァァアアッ!!」」

ナルガルンの残された青と赤の首が、狂ったように鳴き叫んだ。

長く連れ添った頭がすっ飛ばされたんだから、色々と思うことはあるだろう。

「うし、後二つだな」

さっさと終わらせるか。

そんなことを考えていると、ナルガルンの黄色い首の切り口が、突如禍々しい光を放ち始めた。

「……あれって」

光が凝縮されていき、やがてそれは魔法陣の術式へと変化した。

魔法陣を描いていた光が変化し、失ったはずの首を象る。

「あ、あ、あ……そ、そんな……あり得ない」

エリアが口を手で覆う。

「ギシャァァアァァアアァァアアアアッツ!!」

生え変わった黄色い首は、前代の意志を継いでいるのが、俺を睨んで怒り狂ったように咆哮を上げる。

「う、嘘……首が、元通りに……あ、あんなの、あり得るんですかアベル!? メア、聞いたことありませんよあんなの!」

「こ、これって……」

俺は言葉を途切れさせ、ごくり、思わず息を呑む。

「ナルガルンの首、集め放題じゃないのか?」

「「えっ……」」

メアとエリアの声がハモった。

魔法陣の形からして、ナルガルンの魔力を大きく消費しているようだったので狩れば狩る程価値は下がるだろうが、それでも何かと使い道という物はある。

かなり危ない領域に踏み込んだ生体魔術なので、どこの地方にも関わらずぶっちぎりで禁魔術だろうが、仕掛けたのは俺じゃないし、いくら利用しても文句を言われることはないだろう。

俺は再度杖を構え、怒りを露にするナルガルンの黄色首へと杖先を合わせた。